初めての誘い
「おはよう、桐野君!」
「おはよう皆川。今日は誘ってくれてありがとうな」
「ううん、私の方こそありがとうって感じだよ。急に呼んだのに来てくれて嬉しいな」
今日は日曜日。明日に体力測定と最初の練習を控える、高校生活が始まって最初の週末だ。
そんな日の昼前。横浜駅の中央改札にて、俺は皆川と待ち合わせていた。午後からは間宮と乾も合流することになっている。
この集まりが企画されたきっかけは、金曜日の帰宅後に皆川から届いたLINEだった。
『今日の四人でグループ作ってみたよ!』
そこから間宮と皆川が何ターンか会話して遊ぶことが決定し、皆川が俺を誘い、乾が来ることも強制的に決まったので日曜日に四人で遊ぶことになったのだ。間宮と乾は予定が午前中にあったので、昼は俺と皆川の二人で食べてそこから四人で遊ぶことになった。
「で、何食べる? 俺引っ越してきたばっかで土地勘ないから任せた」
「私も横浜より上大岡で遊ぶ方が多かったからあんまり分からないんだ……だから一緒に探そう?」
「了解。近くのレストラン街を教えてくれたらそっから安くて美味そうな店なんとなく引き当てるから任しとけ」
「お、流石食通!」
なんて大きく出てはみたけど、横浜は本当に広いし人も多いからな。土日の昼間という混雑が予想される時間帯で安く美味い空いている店を見つけるというのはだいぶ難しいミッションだ。
「とりあえず、この辺のレストラン街を検索してみたよ。東口方面とポルタとSOGO、西口方面のジョイナスと、ビブレの辺りにたくさんあるみたい!」
「服屋の多いショッピングモールの中の店って大概高いんだよな……西口の方に行こうぜ」
「オッケー!」
そして、やってきたのは横浜駅周辺で一番の賑わいを見せる繁華街、横浜駅西口。調べてみたところ有名なのは一番街と五番街らしいがどちらも飲み屋が多いので却下。結果ビブレのある大通りを順々に見て行ってピンと来た店に入ることに。
マップによると食べ放題で有名なシェーキーズとスイパラ、しゃぶ葉なんかが学生の拠り所になっているらしいけど今日は二人だし無しかな。
一蘭は美味いけどシステム的に論外、吉野家、はなまるうどんも美味いけど女子と二人で行くには適さない側のチェーン店だろう。二郎系で有名な豚山や、マクドナルドにファーストキッチンなんかもあるけどイマイチ今はピンと来ないな……
こうしてみると、東北と関東って人の多さとスケールが違うだけである店のラインナップはそこまで変わらないんだろうな。人が多いし街はデカいけど。
そんなこんなあって、やってきたのは……
「ここ、麺が無料で倍にできるよ! 行こうよ!」
油そば、元祖油堂と書いてある店だった。マクドナルドの隣に入り口があって、地下へと続く階段の先に店舗があるらしい。どうやら関東エリアで最近勢力を拡大中のチェーン店のようで、評価もかなり高い。仙台にも一店舗あるみたいだけど、俺は今の今まで知らなかったな。麺類は結構食べ歩いてきた自信があったから結構不覚だ。
ガッツリ系の麺類の店に女子を連れて行くのは抵抗感があるが、本人がだいぶ乗り気っぽいのでこの店を信じて飛び込んでみるとしよう。
「オッケー、行こうか」
階段を降りて店内に入ると、そこには券売機が。そこそこ腹が減っていたこともあって、俺も皆川も二玉の特大を選択。案内されたカウンター席に並んで座る前に、俺は二人分のコップを持って片方に水、片方に烏龍茶を注いでおく。
「あ、ありがとう!」
「烏龍茶と水あるけど、どっちにする?」
「じゃあ、烏龍茶にしよっかな」
お、大丈夫なのか。苦手だった場合に備えて片方水にしておいたけど余計なお世話だったみたいだな。まあいっか、こういう些細な優しさはラノベ主人公ポイント高いし自己満足の親切としては一級品だ。
「店に入ってみて思ったけど、男女比半々くらいの客層なんだな。結構意外かもしれん」
「意外かな? 女の子も結構こういうところ来たりするんだよ? 私はラーメンとかたくさん食べに行っちゃうし」
この子本当に俺と趣味合うよな。バスケもラーメン巡りも俺にとっては大事な趣味だし、それについて同時に語れる女の子なんて滅多にいない。本当に出会いに感謝だ。
「そっか、それなら安心。横浜に来るってなった時、一番気になってたのはやっぱラーメンだし」
「家系とか、たくさんあるよね神奈川は。私も好きだよ!」
「仙台は辛味噌とかダブルスープが多かったからあんま家系食べてこなかったんだよな俺。休みの日とか、また一緒に食べに行こうぜ。良い店見つけたら間宮と乾も連れて行ってやろう」
「良いね、それ! たくさん出かけようよ!」
アカン、この子といるのマジで楽しい。
「お待たせしました特大二つですどうぞ!」
さて、ここで着丼したのは先程俺達の注文した特大油そば。細長く裂かれて混ぜやすくなっているチャーシューや、ネギとメンマが美味そうにトッピングされており、早くも食欲をそそる香りが鼻に抜けていく。
油そばといえば、卓上調味料でカスタムを効かせていく自由さが人気の理由だ。それはこの店も例外ではなく、むしろ他では見ない程に多い種類の卓上調味料の山が目の前に広がっていた。
俺はまず酢、ラー油、カエシの液体調味料三つを程々にかけてみることにした。隣の皆川は店側のおすすめ通りに、最初の一口を酢とラー油で食べることにしたようだ。
「「いただきます!」」
その言葉と共に勢いよく麺を啜った俺達は、その瞬間口に溢れる麺の旨みとよく絡んだ汁の味に圧倒される。
チェーン店でこのクオリティ、しかも千円以下で麺量300グラム。卓上調味料も豊富……もしや一発目でとんでもない大当たりを引いたか?
「なあ、皆川……」
「うん、言わずともわかってるよ」
「「また来よう」」
女の子とデートに行っても、2回目になかなか誘えない。誘えたとしても、一度目の出来が悪いとなかなかその誘いを受けてもらえない。そんな悩みを抱える男子は多いことだろう。
そんな時は、油そばに連れて行こう。一口で2回目のデートが確定するぞ。
「そろそろまた味変してみるわ。美味かった教えるからやってみ?」
「オッケー、私も一個試してみるよ。お互い情報共有してこっか!」
ここで俺と皆川は同時に玉ねぎを少し投入し、俺は更に魚粉、皆川は一味唐辛子をイン。
そこからしばらく食べ進めてみると……
「魚粉、いいぞ。これはマジで美味い」
「うーん、一味はちょっと余計だったかも」
見事に明暗が分かれたので、皆川はここで味の修正を図って俺の勧めた魚粉と、更にカレー粉を投入。俺もそれを見てカレー粉を投入する。
すると……
「うまっ!」
「美味しいね、カレー粉! もっと入れなきゃ」
ここでやっと最高の大当たりを引いてしまった。油そばにカレー粉、というと少し邪道に感じてしまうかもしれないが、ここの麺はパスタに使う粉が少し入っていて洋風の味付けにも対応できるのでむしろベストマッチとすら言える。その前に入れていた魚粉と共に、和洋の旨みをそれぞれ俺の口に届けてくれた。
絶品。その一言に尽きる。
この言葉をB級グルメの筆頭格である油そば、それもチェーン店に使う日が来るとは思ってもいなかった。
リピートしよう、今度は乾と間宮も連れて。親父にも紹介しよ、この店。
「「ごちそうさまでした!」」
特盛を軽々と平らげてしまった俺と皆川は、そう元気に言い残して満足げな表情で店を去った。
これが、この先俺達の高校生活を彩る思い出の飯の一つになることを祈って。最大限の感謝と共に通い詰めるとしよう。
そう誓った。
次回から月木投稿に変えます。




