欲するものはチート能力?スローライフ?──いいえ、自堕落な生活です。(1)
気が付いたころには、俺———川崎智也の視界は闇に包まれていた。
呼吸はできているし、手の感覚も……ある。なのに生きている心地がしない。
実際の死後の世界とは、こういうものなのだろうか。
天国と地獄なんて、所詮人間の妄想に過ぎなかったのだろうか。
「……なんて今更考えても意味ねえよな。」
俺はそう自分に言い聞かせ、重い足を一歩、また一歩と踏み出した。
歩き続けば何かあるかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら———
歩き始めてからどれほど経っただろう。遠方で何かが白く光っていることに気付く。
その瞬間、俺は反射的に走り出していた。それが例え罠だとしても、俺は無視することは出来なかっただろう。それほど俺の精神状態は限界だった。
そしてその白い何かに近づくにつれ、輪郭がはっきりとしていく。
「え……女の子?」
白い何かの正体は、うつ伏せで倒れている女の子だった。頭には輪っか、背中には立派な純白の羽を付けている。現実でこんな子が倒れてたら迷わず通報案件だが、ここは恐らく現実離れした異空間。こういうのもまあ………アリなのだろう。
「あ、あのー大丈夫ですか?」
どう見ても大丈夫には見えないが、こういった場面では常套句を言っておけば何とかなる。
「…」
やはり現代社会では、臨機応変に対応出来る者こそが求められているらしい。
あまり使いたくない手ではあるが───
「………ふぅ、すぅぅっ───今から三秒数える間に反応がなかったら、すごいことしますからね!?いいですか!?」
「さーん…にーい…いーち…───」
「あ……の、エネルギーぶそくなの、で、しゃべれ、ない………です。」
ようやく発せられた声は、弱々しく、今にも消えて無くなりそうだった。
「だから……すごいこと、やめて…です。」
俺はなんてことを言わせてしまったんだ。だが不思議と後悔はしていない。
「最初から何もするつもりなかったから安心しな。卑怯だけどこうでもしないと一生死んだふりしてただろ?」
「しんだ、ふり………なんで、わかった……ですか?」
「だって羽ぴくぴくしてたし、輪っかもふわふわ動いてたし───ってなんか君と喋ってると可愛い言葉しか出てこないんだけど。」
「ふふ、かわいい……だって、ふふふ、かわいい、かわいい……」
え、急にどうしたのこの子………まあ機嫌が良くなったならそれに越したことはないか。
色々と聞きたいことがいっぱいあるからな。
「………それで?君はいつまでそうしてるつもりだ?」
彼女は、出会ってから今に至るまで一度も姿勢を変えていない。
よくもまあ、見知らぬ男の前でそんな無防備でいられるもんだ。
「エネルギー、………ぶそく。」
あーそういえばそんなことも言ってたっけ。
「これでも食べるか?二つしかないけど。」
そう言ってポケットに偶然入っていたキャラメルを二つ取り出し、そっと差し出した。
「…」
「はぁ……はいはい、手貸しますよっと───ほら、立てそうか?」
「…………はい、なんとか───ありがとう、ございます。」
彼女が、生まれたての小鹿のようにおぼつかない足取りで立ち上がった瞬間──
俺は、不覚にもその姿に見惚れてしまった。
今まで隠されていたその顔立ちは、二次元から飛び出してきたと錯覚するほど現実離れしていた。肩にかかる白銀の髪と、澄みきった水色の瞳。
彼女は、その自分の危険性をまるで理解していないのか、完璧な上目遣いをしてくる。
「………?どうか、しましたか?」
「あっ、いやなんでもないよ───それよりほら、はやくこれ食べな。」
「これは………」
「もしかして、キャラメルを知らないのか?」
彼女は俺の問いにこくっと頷いた。
「まったく………とんだ箱入り娘だなあんた。まずこの銀色の包み紙を開けてだな───ほら、味はこの俺が保証してやる。」
「………では、いただきます。」
彼女は恐る恐るキャラメルを一口かじり、もぐもぐと味わったあと、残りを一気に放り込んだ。
「どうだ、結構うまいだろ?」
「………むっ!おいしい──美味しいです!」
「おっ、そうかそうか。それはよかっ─────」
「今までわらびスライムやミノタウロスの生き血プリンなど、数々の甘いものを食べてきましたが、これほどまでに美味しいものは初めてですよ!これはいったいどのモンスターからできているのですか!?」
………ん?わらび………ミノタウロス………なんだって?
てか、明らかテンションがハイになってるんですけど。俺が渡したのただのキャラメルだよね!?
「………なあ、さっき倒れていた大人しくて、守ってあげたくなるぐらい小柄な女の子が、どこに行ったか知らないか?」
「え?いるじゃないですか、目の前に。」
『…』
「あいにく俺は、わらびなんちゃらだの、ミノタウロスなんちゃらなど、意味不明な言葉を話す頭のおかしい女の子を助けた覚えはない。ほら、帰った帰った。」
「─────なっ………!初対面の人に向かって、頭のおかしいとはなんですか!頭のおかしいとはー!はっ───さては、最初の優しさはピ、ピ、ピンクな欲望から生まれた優しさだったんですね!?」
怒りに満ち溢れた彼女の目には、涙が浮かび、頬はほんのり赤くなっていた。
泣かせてしまったのは悪かったが、性欲に塗れたケダモノとまで言われて引き下がれるほど、俺は安くない。
ここは一発、びしっと言ってやろう。
「おい、人が善意をもって助けたっていうのに、そんな言い方はない─────」
「最初は転生させてあげようと思ってましたけど、もー許せません!あなたは、地獄行きです!じ・ご・く・い・き!」
へ………?この子今転生とか言わなかったか?それに地獄行きって………
「お、おいちょっと落ち着けって!!」
「今更許しを乞おうだなんて遅いです!私を侮辱したこと、地獄で後悔していてください!」
「おいだから話を─────って、なんか足元に魔方陣現れたんですけど!これ絶対だめなやつ!だめなやつじゃん!」
彼女が何かを唱え始めたと同時に、俺の足元に漆黒の魔方陣が浮かび上がる。
「くっそ!何か手はないのか………!何か………─────はっ!そうだ!」
俺は、ポケットから最後の望みであるキャラメルを取り出した。
「おい!今すぐこのヤバそうな魔方陣を引っ込めろ!さもなくばこいつが俺の胃袋に入ることになるぞ!」
「うっ───!なんて卑怯な!ですが、そ、そのような手で女神であるこの私が矛を収めるとでも!?」
くっ、もはやこれまでか………!
いや待てよ─────なんか魔方陣薄くなってない?
『………』
「ふっ」
勝ちを確信し、調子に乗った俺はニヒルな笑みを浮かべる。
そして何を血迷ったのか、キャラメルを口に放り込んだのであった。




