心臓を侵すタイプの病原体
朝の教室。席につくと、隣にいるはずの騒がしい男が、やけに静かだった。
「……おはよう、レイナ。今日の君、目つきが8割増しくらいでキレてる気がするけど、気のせい?」
「あいさつと同時に感想文を出す癖は、病院でも直らないの?」
声がかすれていた。目の下には軽いクマ。珍しく、彼の口数が控えめだった。
(風邪──らしい)
「……そっか。今日は“無駄口エコモード”なのね。多少は空気が澄むかも」
「はは……いつもより静かにしてるのに、その分刺してくるんだね……新手の看病かな?」
「違うわ。せっかくの沈黙モード、誰かがツッコミしないと相対的に君が消えるかと思って」
「レイナ、今日も愛が斜め上だね。咳しながらツッコむと呼吸が削れるんだけど……」
「黙っていれば酸素の消費を抑えられるわよ。“生存率の向上”ってやつ」
「……看病スタイルが軍事用語ベースなの、君くらいじゃない?」
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その後の授業中、彼は一度も手を挙げなかった。
いつもならノートに意味不明な落書きをして私に見せてくるのに、今日はただ静かに寝ていた。
少し、拍子抜けだった。
(……体調不良でここまで大人しくなるのも、逆に不気味ね)
昼休み。彼は自席で保温ボトルを抱え、何やらおかゆ的なものをすすっていた。
教室中の女子が騒ぎ立てる。「レン様でも風邪引くんだ!」「その顔で咳とか尊いんだけど!?」
(つまりただの“顔面偏差値ブースト”ね。健常時より倍モテてるあたり意味不明)
彼は、視線を感じたのかこちらを見て小さく笑った。
「ねえレイナ……もし僕が感染源だったら、君、隔離するタイプ? それとも粛清?」
「そうね。病原体は早期に排除するのが基本。“愛とか友情とか挟むと手遅れ”って、教本にもある」
「うん、やっぱり今日も優しい……(咳)」
「咳き込む前に黙りなさい。声帯ごと休ませて」
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(体調不良でも、皮肉は通じるらしい)
彼とのやりとりに感情を揺らされることはない。
だけど、沈黙の中で成立する“毒舌だけのキャッチボール”には、妙な心地よさすらあった。
(……まあ、病人の暇つぶしに付き合ってやってるだけ)
彼を排除するまで、残り73日。