プロローグ 狙撃可能範囲、机2つ分。なのに息が詰まるのはなぜ。
世間では、私は“無表情の氷姫”だそうだ。
いつも一人で、感情を見せない。周囲のざわめきにも耳を貸さず、涼しげな目で教科書をめくる。クラスメイトが話しかけようものなら、軽く目線ひとつで黙らせる。
でも、彼だけは、違う。
「おはよう、レイナ。今日もその表情、刺さるよ。僕の心にね?」
……氷堂レン。
学園中の女子を悶絶させてきた、完璧すぎる王子様。
成績トップ、スポーツ万能、笑顔は国宝級。だけど私は彼が気に食わない。
「……あなたの心臓、いつから私の管轄になったの?」
「え? だいぶ前からずっと不法占拠されてますけど」
軽く流された。言葉尻に毒を仕込んだつもりが、まさかの笑顔で返ってくる。
この男……やはり危険。
(任務よりやりにくいってどういうこと)
ちなみに私は、政府直属のエージェント——表向きは高校生、裏では暗殺者。
本来ならこんなにこの男に関わるべきじゃない。でも、奴は毎日嬉々として私に話しかけてくる。
「レイナ、僕にだけはもう少し人間らしい反応、見せてくれない?」
「……殺意なら今すぐ向けられるけど?」
「やだ、照れてる? かわいい」
(殺していいですか)
この距離、机2つ分。狙撃可能範囲内。
だけど、本当に厄介なのは、どうやら心の射程らしい。
君を殺すまで残り49日