箱舟の選別
※登場する人物、地名、団体名等はすべて架空のものです。実在のものとは関係ありません。
また、作者は専門的な知識は無く、インターネット等で調べた程度です。その為、矛盾等があるかもしれませんが、ご理解ください。
冷たい金属の感触と、消毒液の臭いで善輝は目を覚ました‥‥
目を開けるとそこは、映画で見るようなハイテクな実験室だった。
だが、善輝の状況は観客ではない‥‥
全身を拘束衣で巻かれ、直立した姿勢で頑丈なフレームに固定されていて、身動き一つ取れない。
「目が覚めたかね、神代くん」
強化ガラスで仕切られた制御室から、スピーカー越しに声が響いた‥‥
ガラスの向こうに、白衣の男が立っている。
かつて善輝がその論文を読み漁り、憧れ、そして今は軽蔑の対象となった男‥‥文本彩斗だ。
その隣には、恰幅の良い政府高官が葉巻をくゆらせて座っている。
「文本……! ここはどこだ! 俺をどうする気だ!」
「ここは『アーク』。人類最後の希望の地だよ」
文本は穏やかに微笑んだが、その目は爬虫類のように冷たかった。
「単刀直入に言おう。君には人類の偉大なる進歩のために、少しばかり危険な旅に出てもらう」
文本が顎でしゃくった先には、巨大な円形のゲートがあった‥‥
その中心には漆黒の闇が渦巻いている‥‥
小型化されているが、あれは間違いなく‥‥ブラックホールへの入り口だ。
「……あれに入って、生きて戻れるわけがないだろう! 正気か!?」
「戻る必要はない。あれは一方通行のゲートだ。理論上、ホワイトホールへと繋がっている」
「理論上だと!? そんな不確定なものに……! それに、国民はどうするんだ! あと10年で地球が滅びることを、隠し通すつもりか!」
善輝の悲痛な叫びに、隣にいた高官が鼻で笑った。
「君は勘違いしているようだね、青年」
高官がモニターのスイッチを入れる‥‥
そこに映し出されたのは、善輝が見たこともない極秘ファイル‥‥『プロジェクト・ノア』‥‥の全貌だった。
「情報を隠したのは、パニックを恐れたからではない。『選別』を邪魔されたくないからだ」
「選別……?」
「地球の資源は枯渇寸前だ。70億人全員を救う手段など、物理的に存在しないのだよ」
文本が淡々と説明を引き継ぐ‥‥
画面には巨大な宇宙船の設計図と、残酷な円グラフが表示された。
「我々が助けるのは、優秀な遺伝子と資産を持つ上位0.0003%の人間……約2万人だけだ。残りの『持たざる者』には、資源が尽きるその瞬間まで、何も知らずにいてもらわなければ困る。我々の脱出が円滑に進む為にもね」
善輝は言葉を失った‥‥
隠蔽の理由は、保身ですらなかった。最初から、助ける気など微塵もなかったのだ。
「そんな……そんなことが許されると思っているのか……! 俺たちは同じ人間だぞ! 」
「許されるさ。歴史を作るのは生き残った者だからね」
文本は薄く笑い、ゲートの起動スイッチに手をかけた‥‥
ブウン、と重低音が響き、目の前の闇が広がり始める。
「誇りたまえ、神代善輝!君の名前は選抜者リストにはないが、君の死は、選ばれし我々の未来への架け橋となる!君が生身で通過した時の身体データ……それが、5年後の我々の旅路を安全にするのだ」
「ふざけるな……! 貴様ら……貴様らぁぁぁ!!」
警報音が鳴り響く‥‥
固定されていたフレームごと、善輝の体はゲートへとスライドしていく。
圧倒的な重力が全身の骨をきしませる。
視界の端で、高官と文本がシャンパングラスを掲げているのが見えた‥‥
あいつらは祝杯を挙げているのだ!!
一人の若者の命を捨て石にして、自分たちだけの輝かしい未来に乾杯しているのだ!!
(殺す……)
恐怖は消えた‥‥
事象の地平線を超える寸前、善輝の心を満たしたのは、マグマのように煮え滾る純粋な殺意だけだった。
(絶対に死んでやるものか……。地獄の底から這い上がってでも……)
善輝は血の涙を流しながら、網膜に二人の顔を焼き付けた。
(お前たちが来るのを、待っていてやる……!!)
次の瞬間、善輝の視界は完全な闇に塗りつぶされ、意識は途絶えた‥‥。




