50年の猶予
拠点のログハウスに戻った後も、しばらく重苦しい空気が流れていた‥‥
獣人たちが用意した新しい衣服と食事を口にし、結衣はようやく少し落ち着きを取り戻していた。
善輝は、窓辺で外の闇を見つめていた‥‥これからのことを話さなければならない。
彼女に生きる目的を、絶望の先にある希望を示さなければならない。
「立花」
善輝は振り返り、重要な事実確認を行った。
「辛いことを思い出させてすまないが、確認させてくれ。君が捕まったのは、俺の書き込みがあった直後と言ったな?」
「はい……。間違いありません」
「それから、施設に閉じ込められて、船に乗せられるまで……体感でどれくらい時間が経っている?」
結衣はカップを両手で包み込み、記憶を辿るように答えた。
「ずっと窓のない独房でした。でも、食事の回数や、爪や髪の伸び具合からして……3ヶ月くらいだと思います」
「……3ヶ月」
善輝は、壁に掛けたカレンダー(木板に刻んだもの)に視線を移した‥‥
そこには、この世界に来てからの日数が刻まれている。1000日以上。つまり約3年。
「3ヶ月だと? ……俺はここに来て、もう『3年』経っているんだぞ」
「えっ……? 3年?」
「俺が落ちた直後に、君が捕まった。タイムラグはほぼゼロだ。なのに、君が3ヶ月過ごしている間に、ここでは3年が過ぎた」
善輝の脳内で、数式が組み上がる‥‥重力干渉による時間の遅れ(ウラシマ効果)の逆バージョン。この世界の時間の流れは、地球よりも圧倒的に速い。
「……そうか。奴らは俺たちに、とんでもない『武器』を持たせてしまったらしい」
善輝は低く呟いた。それは狂喜ではない。冷徹で、確実な勝算を得た者の声だった。
「武器、ですか?」
「ああ。時間だ」
善輝は結衣の前に歩み寄り、片膝をついて視線を合わせた。
「いいか、立花。あいつらの計画では、移住船団が地球を出発してここに到着するまで、地球時間で5年かかる」
「……はい」
「地球で5年。だが、この世界ではその10倍……計算上は約12倍の時間が流れている。つまり、奴らが到着するまでに『50年以上』あるということだ」
結衣が目を見開く。
「50年……?」
「ああ。たった5年で準備を終わらせなきゃならないと焦っていたが、状況が変わった」
善輝の瞳に、静かだが激しい炎が灯る。
「50年あれば、何ができると思う? 文明が作れる。軍隊が作れる。魔法と科学を融合させた、奴らの想像を絶する超兵器だって開発できる」
善輝は窓の外、建設途中の要塞を指差した。
「今はまだ、数百人の獣人と石壁だけの砦だ。だが、50年後にはここを『処刑場』に変える」
コンクリートの城壁、対空ミサイルのような魔導砲列、空を飛ぶワイバーン部隊、あいつらが「未開の惑星だ」と鼻歌交じりで降りてきた瞬間、我々の怒りのすべてを叩き込むのだ。
「立花。君のご両親を奪った連中は、50年後、必ずここに来る。のうのうと、新しい土地の支配者になるつもりでな」
善輝は結衣の手を取った。
「泣き寝入りなんてさせない。君の3ヶ月の苦しみも、ご両親の無念も、俺が50年かけて倍にして奴らに返してやる」
結衣の手が震える‥‥だが、その瞳から迷いが消えていく。
帰る場所はない。家族もいない。けれど、ここには「目的」がある。
「……勝てますか?」
「勝たせる。俺が魔王になってでも、君を勝たせてみせる」
善輝の力強い言葉に、結衣は涙を拭い、強く頷いた。
「はい。……一緒に戦います。私から全てを奪った人たちを、絶対に許しません」
こうして、二人の復讐者は手を取り合った‥‥滅亡まで10年。
だが、復讐の準備期間は‥‥50年。
「復讐」へのカウントダウンが、ここから本当の意味で始まったのである‥‥。




