契約の成立
「それに‥‥俺は人間は食わない」
善輝は短く告げると赤熊の死体に近づき、ナイフで手早く解体作業を始めた。
狙いは心臓付近の魔石だ‥‥だが、その手つきがあまりに手慣れているため、獣人たちは身動き一つ取れずに震えている。
「……お前たち、この森の住人か?」
作業の手を止めずに善輝が問うと、リーダーが恐る恐る答える。
「い、いいえ……。西の帝国人たちに村を焼かれ、ここまで逃げてきました。ですが、もう行く当ても食料も……」
「そうか」
善輝は切り出した巨大な赤熊の肉(肩ロース部分)を、ドサリと彼らの前に投げた。
「え……?」
「食え。死なれたら迷惑だ」
獣人たちが目を見開く‥‥それは彼らにとって、数週間ぶりのまともな食料だった。
「こ、これを……我らに? しかし、対価がありません……」
「対価ならある。労働力だ」
善輝は血のついたナイフを拭いながら、彼らを見下ろした。
「俺はこの近くに拠点を構えている。だが、手が足りない。木を切り、石を運び、俺の実験の手伝いをする手が必要だ」
彼は冷徹な瞳で、しかし明確な「取引」を持ちかけた。
「俺の下で働くなら、衣食住と、外敵からの安全を保障してやる‥‥どうする? このまま森で野垂れ死ぬか、俺と契約するか」
リーダーは、目の前の男を見た‥‥
その瞳に宿っているのは慈悲ではない。合理的な計算だ。
だが、その合理性こそが、今の彼らにとっては何よりも信頼できる「希望」だった。
気まぐれな神の慈悲よりも、明確な契約の方が裏切られないからだ。
「……従います」
リーダーが深く頭を下げた。続いて、他の獣人たちも一斉にひれ伏す。
「我らの命、貴方様に捧げます。……主よ」
(主、か。まあ悪くない)
善輝は、足元に跪く彼らを見下ろしながら、遠い空‥‥地球のある方角を睨み据えた。
これでさらに研究が加速する。あとは時間をかけて、この場所を奴らの墓場へと作り変えるだけだ。
これが、後に地球からの来訪者を迎え撃つことになる『魔導要塞』その最初の礎が築かれた瞬間だった。




