理不尽な捕食者
それから丸一日、善輝は木の上から彼らを監視し続けた‥‥
光学迷彩と気配遮断の魔法を併用し、息を殺して観察する。
(武器は錆びた槍のみ。魔法を使う様子はない。身体能力は人間より高いが、魔物には劣る……)
彼らの行動は原始的だが、規律があった。
少ない食料を子供と老人に優先して与え、動ける若者が不寝番をして仲間を守っている。
好戦的な種族特有の殺気はない。むしろ、極限状態でも仲間を見捨てない結束力の強さを感じる。
(害意はないと見ていいだろう。労働力としても、あの忠誠心は有用だ)
善輝の中で、警戒レベルが下がる。
これなら接触しても問題ない‥‥だが、念には念を入れるべきだ。
あと数時間、夜間の行動パターンを確認し、完全に安全だと確信してから接触を試みよう――。
そう結論を出した、その時だった。森の奥から地響きのような轟音が轟いた。
「グオォォォォッ!!」
現れたのは、体長5メートルを超える巨熊‥‥「赤熊」だ。
全身が赤い剛毛に覆われ、その爪は岩をも切り裂く。この森の生態系の頂点に君臨する魔物である。
「逃げろ! 子供たちを連れて逃げるんだ!」
リーダー格らしき片耳の獣人が、錆びた槍を構えて前に出る‥‥だが、その足は恐怖で震えていた。
赤熊の豪腕が、虫を払うように振るわれる。バキィッ! という嫌な音と共に、リーダーが吹き飛ばされ、岩盤に叩きつけられた。
「あ、あぁ……!」
逃げ惑う女性や子供たちが、川岸の岩場へと追い詰められていく‥‥赤熊はすぐに彼らを殺さなかった。
逃げ場のない獲物を見て口の端を歪め、楽しむようにゆっくりと距離を詰めていく。
強者が弱者を、ただの娯楽として踏みにじる。
(……ッ)
その光景を見た瞬間、善輝の脳裏に強烈なフラッシュバックが走った。
『君が生身で通過した時の身体データ……それが、5年後の我々の旅路を安全にするのだ』
シャンパングラスを傾け、安全圏からこちらを嘲笑う文本たちの顔‥‥
何も悪いことをしていないのに、理不尽にゴミのように捨てられた自分自身。
目の前の獣人たちが、かつての自分と重なった。
(よせ!まだ観察中だ。介入するメリットよりもリスクの方が……)
理性がブレーキをかける‥‥
だが、赤熊が子供を踏み潰そうと足を上げた瞬間、善輝の中で何かが弾けた。
「――チッ!!」
善輝は舌打ちと共に、木から飛び出していた‥‥
安全確認も、損得勘定も、すべて放り投げて。




