3 風来坊、共闘する
「リリィの赤ちゃんが、さらわれたの!」
妹の子が怪鳥にさらわれたと聞いて、リフの酔いは一気にさめた。カウンターから金色の銃をひったくると、店の外へ飛び出していく。方向を指示するエスの声にしたがって家々や木々の間を駆け抜けると、二人が通り過ぎるたびに風の流れが変わった。葉のざわめきが波のように遠くへ流れていく。
自警団だろう、戦うエルフたちの声が聞こえる。リフはさらに加速して、街角を曲がった。
「おいこらテメェ!」
妹の子をとらえた怪鳥を目にした途端、リフは大声で叫んだ。奇襲を狙っていたらしきエスが、横でぎょっとした。
「オレのかわいい妹の娘に手ェ出すとはいい度胸だ!」
これは八つ当たりだ。本当ならリリィの夫に同じ勢いで叫んでやりたい。リフは金色の銃を構えて安全装置をはずす。
多くのエルフが空を飛ぶ怪鳥に、次々と矢を放つ。リフも照準を合わせようとするが、酔いのせいでどうにもぶれる。
「何やってるの!」
エスフィアが他のエルフにならって弦を引く。びん、と空気を切る音がして矢が放たれた。怪鳥が大きく羽ばたく。エルフの放った矢を叩き落としていく。
「うっせぇ、お前らこそ魔法でカタつければいいだろ!」
「赤ちゃんに当たってしまうもの!」
純血種の魔力は強すぎて、子供まで巻き込みかねない。
怪鳥が羽ばたくたびにすさまじい風が起こって、自警団員たちがよろめく。真正面にいるわけでもないのに、風と砂粒で目を開けるのがやっとだ。飛ばされかねない。リフは大きく舌打ちをすると、一度深呼吸をする。詠唱とともに大地の精霊の力が発動して、そこから生えてきたツルで足場を固定した。
「ちょっとリフ、助けなさいよ」
「うるせぇ、こっちはそれどころじゃねぇんだよ! つかお前、オレを風よけにするつもりか! ちゃっかりしてんな!」
すばやく後ろに隠れたエスの目の前を、風にあおられたリフの髪がかすめていく。ムチのようにしなる金髪をひょいとかわしたところで、エスがバランスを崩した。襟首をつかんで助け起こす。
「……ありがと」
口の中でもごもごとつぶやいたエスの声は、突風に流されてリフの耳には届かない。暴風のなか、薄目を開けて勝機をうかがっていたリフは、怪鳥が羽ばたきを一瞬やめたのを見逃さなかった。即座にもう一度構えて、氷の精霊に呼びかける。精霊が金色の銃に魔力をこめると、空だった弾倉に魔法弾が装填された。
左手を添え、目の前へ突き出す。風のせいか酔いのせいか、足場を固定してもまだ的が定まりきらない。
「ああくそ、飲み過ぎたっ」
歯ぎしりをするリフの腕の中にするりとエスの頭が入りこんで来て、ハーフエルフはぎょっとした。少女の細い腕が銃を支えるべく伸びる。
「私が手伝ってあげるんだから、絶対外さないでよ」
「……おう」
金色の銃を構えて、リフは吹きつける風に負けないほど大声で怒鳴った。
「リリィはなァ、そりゃもう、やさしくてかわいくて清楚かつ可憐で、そこらの女とは比べ物にならねェほどいい女だ! でもお前、いくらいい女だからって、できちゃった婚とかありえん! しかも相手が次期里長候補だあ? ただでさえハーフエルフで肩身がせまいってのに、色々とありえん!」
背中を預けるようにして銃を支えていたエスは、リフの魂の叫びを聞いて小さく笑った。
「そうよ! 婚約者を捨てるなんてひどい! たとえ親同士が決めた相手でも、イヤならイヤって早く言ってくれなきゃ、私にだって気持ちの整理ってものがあるんだから! それにこれからずっと、婚約者に捨てられた女って言われ続けるのよ。どれだけ肩身がせまいと思ってるのよ!」
黄金の銃は二人の八つ当たりを氷の魔力に変え、また別の魔法弾を作り出す。
「こんな田舎、出て行ってやる!」
引き金にかけた指に力をこめる。氷の魔法弾が飛んでいく。エスは弾丸射出の反動でぶれた照準をすぐに修正し、続けざまに魔力をこめる。リフが二発目を撃つ。怪鳥の暴風でバランスを崩すエスを支えると、リフは「走れ!」と叫んだ。エスフィアはすぐさま意図を理解し、全速力で駆け出す。
「人使いが荒い!」
一発目の魔法弾を追いかけるように、二発目が怪鳥に向けて飛んでいく。片翼に直撃した弾丸から冷気がほとばしり、徐々に怪鳥を凍りつかせて動きを封じこめる。全身が凍りつく前に二発目の炎の弾丸が当たれば、リリィの娘ごと氷の塊になることはない。
「あーあ、恋敵の娘なのに」
「奇遇だな、俺の仇の娘でもある」
すぐ後ろを走るリフに気付いて、エスフィアは緑色の目を細めた。左右の脚を伸ばして、次々に地面を蹴って進む。炎の魔法弾が発動して、怪鳥の爪から赤ん坊が落ちたのを、できる限り両手を伸ばして抱きとめると、エスフィアはくるりと受け身をとって体勢を整えた。
「リフ!」
「任せろ!」
リフが怪鳥の真下で魔法弾を放つ。空へ向けた黄金の銃口から、氷の弾丸が飛び出した。氷は徐々に怪鳥の全身を覆う。リフが赤ん坊を抱いたエスの襟首をつかんでその場を離れると、数瞬後、大きな氷の塊が地面に激突して砕けた。