2 風来坊、かわいい妹の里での様子を知って飲んだくれる
せっかくリリィの産んだ娘を抱かせてもらったというのに、リフはすぐに音を上げた。まだ首もすわらぬ赤ん坊の抱き方など、さっぱりわからない。教わっても妙にぎこちないし、赤ん坊を落とすのではないかとハラハラする。もともと我慢は得意ではない。リフはすぐにリリィとその家族の住む屋敷を出て、酒場に直行した。
日が暮れれば酒場になる食堂のカウンターに腰をかけて、頭をかきむしる。まとめた髪があっという間にぐしゃぐしゃになった。
「あれ、リフじゃないか。久しぶり。ハーフエルフが昼間から酒なんて飲んでたら陰口叩かれるよ」
酒場の主が声をかけると、リフは「ああ?」と眉間にしわを寄せた。嫌味には慣れている。
「ちゃんと妹に会って来た? 娘、かわいかっただろ?」
「ちっこくてモゴモゴしてた」
貧乏旅行の最中、いっぺんぶちのめしてやると固く心に誓ってきた妹の夫にも会った。彼はリフを見るなり深々と頭を下げた。仏頂面のリフに対し、妹夫婦はハーフエルフと銀果樹の里の次期里長候補との結婚にかなりの反対が出たこと、結婚を認めさせるために先に子をもうけたことを打ち明けた。立場があるなら、なおさらそんなことをするなとリフは腹を立てたが、妹・リリィの成長への驚きが勝ってしまった。子供のころ、いつも後ろに隠れてぴいぴい泣いていたヒヨコのような妹が、そこまで大胆な真似をするとは思いもしなかったのだ。目の前で恐縮して頭を下げる優男のために、リリィは兄の想像もつかないほど大胆な真似をした。
「許すしかねェだろうがぁ」
カウンターに置かれたジョッキを一気に飲み干して、リフは目の縁を赤く染めた。深いため息がカウンターの上を滑っていく。壁に半ばもたれかかって次々と酒をあおる合間に、リフは何度も深く息を吐き出した。
「昼間っから暑苦しいねぇ」
机には空のジョッキが森の木々のようにずらりと並んでいる。背中を丸めてクダを巻くうち、酔いのせいか、愛用の金色の銃がどんどん重く感じられるようになり、ホルスターをほどいた。銃ごとカウンターの上に置くと、酒場の主は物珍しそうに目を細めた。
「物騒だなぁ。銃なんて人間しか使わないよ」
「その割には興味津々じゃねェか」
「こんなもの持ってると、またハーフエルフがって言われるぞ」
酒場の主らしいさっぱりとした口調に苦笑しながら、リフは重い金色の銃を手渡した。
「よっく見てみ? 魔力の低いハーフエルフだからこそ、必要な道具だから」
「そんなもんかねぇ」
酒場の主は金色の銃をためつすがめつしながら、リフにおかわりをよこす。旅をするエルフは珍しい品を持っているものだ。酒場の主は他の品にも期待しているらしい。
「これ安全装置? これで固定するのか。人間の道具がいくら進歩したって言っても、物騒だねえ」
「エルフの弓は百年単位で変わらないな。今日は朝っぱらからエスに狙われた」
「エスフィアが? まあ、リフが帰ってきたんじゃ仕方ないかな」
「こっちはとんだ迷惑だ」
リフが鼻の頭にしわを寄せると、酒場の主は声をひそめてリフに耳打ちした。
「リフの妹の旦那さんって、元々エスの婚約者だったんだよ」
婚約者を奪われた純血のエスが、リリィやリフにトゲトゲしい感情を抱いても仕方がない。リフの心配は真っ先に妹に向かった。
「リリィはエスにいじめられてるのか?」
「いやあ、エスにも女の意地があるからそんな露骨なことはしないよ。でも不満はたまってるでしょ。だから文句を言いやすいリフにぶつけたんだろうし」
酒場の主の言葉にリフはしばしあっけにとられ、それからがしがしと頭をかいた。里に戻ってからというもの、頭をかくのがすっかり癖になっている。
「ああくそ、代わりに的になってるわけだ」
「そうそう。おとなしく引き受けてやりなよ。君の妹もだけど、エスもつらいよ。ずっと噂の的だもの。モテる男は何かと火種をまくからね。僕、モテなくてよかった」
からからと笑って、店主が金色の銃を食堂の入り口に向ける。途端に勢いよく扉が開いた。自然と客に銃を向けた格好になって、酒場の主は「ごめん。いらっしゃい」とあわてて銃を下げる。
「リフは!?」
平謝りをする店主に嫌味の一つでも言うはずのエスフィアがあわてた様子で叫んだ。リフは酔ってカウンターにつっぷしたまま、はあいと気だるげに手をあげた。
「酔っぱらってる場合じゃないの!」