一文さん
昔々、とある国に一文さんという読書家のお坊さんがおりました。
一文さんはとんちで様々な問題を解決する事で有名で、その名前は遠く離れた国にまで伝わっておりました。
ある時、一文さんのうわさを聞いたお殿様が一文さんを城に呼び出しました。
お殿様は一文さんに簡単な挨拶をすると
懐から一冊の本を取り出し、「実は…」と話しを切り出しました。
「この小説に書かれた虎が、夜な夜な小説から抜け出しては悪さをして困っておる。
お主のとんちで虎を見事に捕らえてもらえぬか。」
もちろん小説から虎が抜け出すという話は一文さんのとんちの腕を試すための方便であり、そのため小説の中の虎を捕らえるなどできるはずが無いのですが、そこは一文さん。
「分かりました。」と頷くと、
「それではお殿様、その虎が描写されているページを開いてもらえますか。」
「これで良いか?
一文。」
お殿様は言われた通りのページを開きました。
「では、その虎の描写を読んでもらえますか。」
お殿様は虎の恐ろしい姿を語った文章を読み上げました。
「それでは、今読み上げた通りの姿の虎を思い浮かべてもらえますか。」
お殿様は想像力を振り絞って、描写通りの虎を思い浮かべました。
「思い浮かべたぞ。
一文。」
「はい。
これで、お殿様の心の中に虎を捕らえる事
ができました。
後は煮るなり焼くなり、お殿様のお好きな
ようになさってください。」
「儂の心の中に虎は捕らえられたと申すか。
これは一本取られたな。
天晴れじゃ、一文。」
こうして、とんちを披露した一文さんはお殿様から褒美として、それなりの額のお金を受け取り、お殿様と朝まで小説ととんちについて語り合ったそうです。
昔々、とある国のお話でした。