第四話 闇夜に提灯
深い深い、海の底にも似た藍の髪。薄暗い部屋の中で瞳だけが煌々と光を湛えている。穢れのないまっさらなシャツがいっそ目に焼き付いた。
「……誰」
「失礼。私はジャック、この部屋の主だ」
「んなぉ」
「そしてこいつはおねこ。私の遣霊だよ」
「遣霊……?」
猫じゃなかったのか。……いやどう見ても猫だな。目の前の相手……ジャックもおねこって言っていたし。まぁ遣霊が子供の姿であることが一般的だとしても、レンのように大きさが違う遣霊もいるのだから猫の姿をした遣霊がいてもおかしくはないのだろう、多分。
スミレは眠そうだが視線を真っ直ぐにジャックの方に向けている。イデアはもぞりとポケットから頭?体の一部を出しているがそれだけだ。……敵意はない、寧ろ俺達が警戒しないようにと出来るだけ配慮してもらっているような気がする。
「……皇志葉、です。こいつはスミレでこっちがイデア」
「……」
「ほう、礼儀正しいな」
口角を上げて賞賛の言葉を口にする。手短にいこうと言っていたのは間違いじゃなかったのか、すぐに気配が切り替わった。
「わざわざ貴様を呼んだのは他でもない。入江綾華の案件が進みそうなのでな、貴様の情報も少し流しておこうと思ったのだよ」
「俺の……?」
入江の案件というのも良く分からないが、それで俺の情報を流そうとなるその思考もよく分からない。入江が何らかの目的があって重戦闘区域で働いているのは分かるが、俺はそんな大層な理由なんてない、強いて言うなら強くなるため……どこかに辿り着くため、の筈だ。
「貴様自身は自己のルーツになど興味はないだろうがな。知っていることは罪ではあるまいよ」
「……いつか必要になるかもしれない、と?」
「さて、どうであろうな?」
揶揄うような声音で、柔らかい視線を向けて来る。……どうも俺達のことを慈しむような視線がひっきりなしに注がれていてくすぐったい、口調はこちらを試すようなのに、気配がどこまでも俺達の背を押すようなものだからかもしれない。
「貴様を守り、そしてそこに眠るもの。砕き隠し、気付かれてしまえば逃げられないと知っていて尚、全てを賭けて貴様は逃がされた」
「……」
「悩む必要などないさ。始めたのはあちらが先なのだから」
穏やかに、日常の日々を綴るような何ともない拍子のまま道は肯定された。言いようのない感情は形になることなく胸の内で解けて消えて、ただ一言、納得の声を出すのでせいいっぱいだった。
「そう、か」
「ああ。思うがまま、定めたまま進むと良い。相手はもっと独り善がりだぞ?何せ、合理を笠に着て自分の意思を通すような奴だからな!」
「んなぉ」
空っぽの器だと、まだ届きそうもない遠い先の話だと思っていた。けれど、それこそが本当に大切なものだったのだ。誰かが、あの懐かしい人影が、全て擲ってでも守ろうとしたもの、そこでまだ、眠るもの。
「……俺だけが、探してる訳じゃ、ない?」
「ふふ、そうだな。相手もまた、理由は違えど進んでいるよ」
「…………分かった」
今度こそ、探して、その手を取ろう。今までのような漠然とした願いじゃなく、自分の意思で、ここにいる理由として。落ちた一滴は、今ここで漸く意味を得る。
「安心したまえ皇志葉。その言動は、いつかどこかで誰かの救いになっているのだから」
「――――ああ。ありがとう、ジャック」
言葉に背を押されて踵を返す。もうそれ以上の言葉は必要なかった。
パタン、と扉が閉まる。最後まで複雑そうな視線を向けていた生き物だったが、心のどこかで迷いも感じ取っていたのだろう、結局口を挟むことはしなかった。
「……救いだよ、その言葉は」
「なぁん」
誰かに道を示すのも、誰かの道を照らすのも。他者に影響を及ぼすことが出来るのは一種の才能だ。元は楽園種族といえど今は人間、同じ脆さを持ちながらもときに誰よりも強い輝きを放つ。
「進みたまえよ皇志葉。迷うことなく進んだ先で――――」
「どうか、あの子供を救ってくれ」
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