表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秩序の天秤  作者: 霧科かしわ
第三章 己が目的のために、嘘偽りなく盾となる
77/571

第十八話 糸切れる前に、救えるのなら

 聞き覚えのある声だった。忘れるはずもない、忘れていいはずがない。からかい交じりの言葉が、ゆっくりと俺の鼓膜を揺らす。

「……」

『なんて顔してんの。幽霊でも見ちゃった?』

「…………」

『まぁその目、割と見えちゃいけないものまで見えるもんなぁ。ほら、疲れる前に一旦切っときなよ』

「………………」

『んー?切り方忘れた?』

「……………………そう、だね」

声にふわりと笑みが乗る。細められた瞳に慈しむような甘さが乗って、目尻をなぞる指がある。

『大丈夫。ゆっくり目を閉じて』

 従いたかった。促されるまま懐かしい声に浸って、溺れてしまえば。……でも、冷静な思考が残酷な事実を突きつける。逸らすなと、痛みから逃げ出すなと俺自身が呪い続ける。

「……ずっ、と」

『ん?』

「夢なら、良かったって、思ってた」

『……』

「悪い夢だったって。目が覚めたら、笑い合えるような」

 やめて、そんな沈黙は要らない。ただ甘い言葉だけを囁くのなら諦めもついた、都合が良すぎる夢なら、俺の弱さとして切り捨てられたのに。

『……夢じゃないよ』

嘘だと、まやかしだと。有り得ないことだと理解してるのに。ここで屈したら、俺は()()()()()()()()()()()()()()ことを認めてしまうのに。

 困ったような声。違うと分かっていても脳をぐらぐらと揺らす言葉。まるで本当にただ心配してくれているような、本当の、言葉のような。

「……前を向くから。辿り着くから」

『うん』

「っ、だから、お願い。……その声で、その言葉で、俺の脳を揺さぶらないで」

息遣いにすら面影を見てしまうんだ、理解していてもきっと動けない。言葉はなかったけど、優しい呼吸が聞こえて面影は霧散する。生ぬるい風が手のひらを撫でて、確かな重みがその手に宿る。

『ドウシタノ?綾華』

「……」

 もう懐かしい声は聞こえない。きっと、さっきまでの声は痛みが見せた幻。一瞬でも諦めようとした俺への罰だ。

 取り戻した重みを握る。首にかけられた腕を折る。視界はぼやけて見辛かったけど、やけに気分は清々しかった。知らず知らずに乾いた笑いが口から溢れ落ちる。

「馬鹿みたい。俺も、お前も」

『痛イヨ、綾華』

「やるなら完璧に似せなよ。せめてテンションくらい揃えたら?」

『俺ノ事、嫌イ?』

「ああ。下吐が出る程嫌い」

どうして重ねてしまったんだろうな。幻でも、もっとましなものに重ねられたら良かったのに。華蓮を穢す全てが醜く映る、俺自身も含めて処分するべきだった。

 耳障りな音を出す口がついた頭部を切断する。待望の静寂、しかしすぐさま鼓膜を破かんばかりの大音量で叫びだした。胴体と頭部は離れている、それ故に対処法が分からない。何度も何度も、何度も何度も何度も斧で顎を砕く。まだ足りないのか、叫びが耳から離れない。

「綾華」

 頭がおかしくなりそうだ。ぐちぐちと生温い感触が手にも頬にもこびりついて離れない。どこから音が出てるんだろう、皮を剥いでも肉を抉り取っても音が消えない、飛び散った肉片全てが叫んでいるように、沢山の音が木霊する。

「綾華」

 ふと、音が止んだ。後ろから引かれて、抵抗する間もなく天井が映る。生温さが拭われる。手を取られて熱いくらいの温もりに触れられる。穢れなど知らない指が、俺の頬に触れては熱を移す。

 穢れてしまう、と判断したはずの身体はそれでもその柔らかさに抗えず。子守唄を歌うような穏やかな旋律が、少しずつ、少しずつ俺の意識を流していった。

面白かったらブクマや高評価お願いします。喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ