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秩序の天秤  作者: 霧科かしわ
第二章 この名を呼ぶのなら、貴方の剣となりましょう
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第七話 片割れなれど、残滓とは言わず

 カツ、と靴音が鳴る。先程からいやにしつこく「アランを出せ」と騒ぎ、同調していた職員達が水を打ったように静まり返る。遠巻きにしていたもの、我関せずを貫いていたもの、野次馬根性で共に騒いでいたもの。その誰でもない、誰もが口を挟めない。……なにせ当事者が現れたのだから。

 重戦闘区域の職員、最も身近で、最も遠い存在。悪魔と呼ばれる存在の片割れ、現場においての最高権力者。凡その範囲で嫌悪、忌避される存在でありながら、問題が発生すれば真っ先に呼び出される存在。

「お待たせしました。――――何か、御用で?」

「何かじゃないだろう!なんの脈絡もなく攻撃、しかも無抵抗の相手を気絶させて放置するとは何事だ!?」

「何事……と、言われましても」

 相変わらずの心情を読めない返し。後ろで控えている新人はただ空気が読めていないのかそれとも単なる無知なのか、澄ました顔で立っている。キレ散らかしている相手が上層部の関係者だということを知らないんだろうか、アラン上官程の実力者ならばともかく、新人程度なら嫌がらせで左遷させられてもおかしくないのに。……それとも、平然と出来るくらいにアラン上官の寵愛を受けているのだろうか。

「私は今回、死霊型の怪異が憑依した職員を拘束した、という話を聞いて中戦闘区域に足を運びました。ですので、私と、私の指示によって動いている志葉の行動は全て、事態の解決のためのものだと思っていただければ」

「拘束した職員の怪異を倒したとの報告が来ているが?そもそもなんだ、私に怪異が憑依していたとでもいうつもりか?」

「いえ」

「じゃあ何故!」

「まだ、終わってませんよ」

 万人を魅了する、恐ろしいくらい完璧な笑み。上官が一歩下がれば代わりに新人が一歩前に出る。ぬるりと、滑らかな動きで腕が交差する、光を鈍く反射させる銀の刃が、周囲の緊張ごと切り裂いた。


 動きは最小限ながら舞踏のように。飛び散るは黒い靄、赤い雫かと見間違うような派手さを纏っているが、やはり地面を濡らすことはない。一種の清浄さを保ちながらも心なしか咽返(むせかえ)るような血の匂いが漂ってきそうな、今も尚輝きを失い銀の刃に違和感を覚えてしまうような。そんなちぐはぐな光景。

 鼻歌でも歌い出しそうな表情で暴れ回る新人を眺めている上官。目に映る全てを切り捨てんと嵐のように立ち回る新人。決して他の職員が無抵抗な訳じゃない、追いつけず、届かず、純粋に実力が離れすぎていて一方的な蹂躙と化しているだけだ。これほど明確に実力差があるのだとしたら、成程新人ながら重戦闘区域へと配属された意味も分からなくはなかった。

「志葉」

黒い靄が粗方収まってきた段階で、アラン上官が声を出す。ゆらりと反応する新人――――しかし、そこからの行動は明確な敵対行為と思えるもの。

 当然の様に斬りかかる新人と、何の驚きもなく受け止める上官。一瞬の鍔迫り合いの後新人は二撃目の為に一度距離を取り、再度衝突。遠目だから辛うじて認識出来るほどの高速戦闘、何故、が形になる前に上官の一撃が新人の意識を刈り取った。

「お疲れ様」

 労わるような声に一切の悪感情はない。ぽすん、と腕の中に新人を収めた上官は惨状など気に留める様子もなく……しかし、視線に気付いたのか此方を向いた。

「おや。……成程?」

「は……?」

今の納得は何に対するものだろう、カツカツと靴音を鳴らして目の前に来た上官は、想像よりも長めの前髪の奥で薄い紫の瞳を試す様に細めている。

「今回問題となった死霊型の怪異に関して、本体を叩いたことで解決しました。医務室の方から人を派遣しますので、詳細はそちらへ」

「は……はい」

「では」

 踵を返して去っていくその背から、ほんのりと甘い、ミルクのような香りがして。……その香りだけが、過去の記憶をくすぐるように、いつまでも私の中で残っていた。

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