夢を追う
知らない夢を見た。痛いくらい優しい笑みだった。
届かない声を聴いた。苦しいくらい穏やかな言葉だった。
映らない笑顔だけど。泣きそうなくらいその表情が柔らかいことを知っている。
「 」
閉ざされた空からどこまでも広がる自由のそこへ。遠く遠く、手放した後悔だけを映して虚空を眺めていた。天地は交差し、溢れた決意は千々になったけど。本当に大切なものだけ残して後はもう全部擲ってしまった、全部全部天秤に乗せて、そうしてようやく土俵に上がれるってんなら喜んで受けて立つ。欠けた決意は見ないふりして手を伸ばす。
「?」
ふに、と。変に柔らかい何かに触れた。
寝苦しさで目が覚める。……なんだろう、この布団のふくらみは。やけに生暖かいというか、僅かに上下しているというか。何だろうかこの塊は。そろそろと掛け布団をめくりあげる。
「……」
「?」
とろんと眠たげな瞳とふくふくとしたまろい頬。思わずつついてみたくなるような、……流石にそんなことをすればこの可愛らしい生き物も抵抗するような気はするのでしないけれど。
「……遣霊か?」
まさかまた迷子か。流石に一日で二度も職員に要らぬ疑いをもたれることは避けたい、頼むから知らない新人の元に潜り込むことは勘弁してくれ、こちらは新人であるというだけで当たりが強いのに。ぐるぐると思考を回している間に、小さな侵入者は眠たくなったのかめくりあげた毛布をもう一度頭からすっぽり被って眠ろうとしている。おいここで寝るな。
「警戒心ど……おい寝心地の良いポジションを探るな、俺をクッション代わりにすんな」
引き剥がそうとすればもしゃもしゃと短い腕がへばりついて服を伸ばす。何なんだこの無駄に強情な侵入者は。ちらりと時計をみれば深夜を回ってすぐの頃である、そりゃ眠い。
「アランさん……に、言われたんだっけか。……起きてるかな」
本当は朝になってからの方が良いのかもしれないけれど。たくさんの人がいる中で遣霊を連れ歩くなんてそれこそ目立たせてくれと言っているようなものだ。むぐむぐと顔をこすりつけてくる遣霊を抱えてそろりと廊下に出る。少し肌寒かったのでブランケットで遣霊を包み込めば、不満そうながらも大人しくなった。
出来るだけ人とは会いたくない。職員ですら遣霊に対して善い感情を抱いていないとわかった以上、頼れるのは遣霊を連れているアランさんだけだ。少なくともあの人は遣霊をぞんざいに扱わない。
「あれ。……何しているんだ?」
人の声。思わず遣霊を包み込んでいるブランケットをしっかりと抱き締めれば、寝心地に変化が生じたのか丸い頭がもぞもぞと動き出した。大人しくしてくれ。
「……入江、か?」
「確か……皇、さん?こんな夜間にブランケット持って……どうした?」
背後から声を掛けられているため迂闊に体を向けられない。何せまだ頭がもぞもぞと居心地の良いポジションを探っている。声を掛けてきた同期の入江もまたブランケットを肩から掛けているが、……純粋に眠れなかったのだろうか、現状怪しいのは間違いなく俺の方である。
「いや……ちょっと、用事があって」
「用事……?この時間帯じゃ先輩方も眠っていると──」
「だんな?」
第三者の声。息を飲んだのは俺と入江の両方で、もぞりと入江の肩から小さな頭が覗く。驚くべきはその小ささで……目視だが手のひらの上に乗るほどの大きさじゃないだろうか。
「ちょっ、レン……!?」
「んなー」
「遣霊……?」
「?」
「あっ」
溢れた遣霊というワードに抱えていた遣霊も反応してしまった。大きく仰け反ってわざわざブランケットを落とした相手に、入江もしっかり固まってしまう。
「レン以外の遣霊……?初めてみた」
流石に誤魔化しきれない。自ら落としたくせに肌寒かったのか顔を埋めようとする遣霊にブランケットを掛け直しつつ、腹を括って巻き込むことを決める。
「……時間あるならちょっとついてきて欲しい。アランさんに報告しに行くから」
「え、あ、ああ……」
「だんなー」
「ああ抱っこね、ほらおいで」
ちらりと横目で見ても明らかに小さすぎる。みうと呼ばれていた遣霊や今抱えている遣霊は幼児くらいの大きさだが、レンと呼ばれている遣霊はどう見積もっても小人サイズである。ふにゃふにゃと入江の手の中で楽しそうに触れ合っている。
アランさんが指定した部屋の扉をノックする。どうぞ、という覚えのある声に心なしか安堵しつつ扉を開けた。
「……成程、どちらの想定もしていましたが」
「?」
「だんな?」
動揺はあったが少なかった。扉を閉めて椅子を勧められる。自分のことだと分かっているのかいないのか、遣霊はまた居心地の良いポジションを探ってもぞもぞと動いている。レンの方は入江が敷いたハンカチにちょこんと座り大人しくなった。
「遣霊がいる以上お二人は個別で実力測定をしないと……混乱が生じてしまいますね」
「いやっ、あの、……コイツ俺の遣霊じゃないです」
そう、元はといえば勝手に寝床に潜り込んできた謎の遣霊である。今も我関せずで微睡んでいるくらいにはマイペースだ。アランさんは俺の言葉を聞いて一瞬沈黙、しかしすぐに遣霊と目を合わせるように視線を下げた。
「……失礼。あなたの主人を聞いても?」
「……」
びし、と小さな指が俺に向けられる。思わず後ろを向いたが誰もいなかった、俺か。
「俺なのか……」
「(コクリ)」
無言で頷く遣霊。寝惚けていることも一瞬考えたが完全に起きている。遣霊に嘘をつくメリットはないだろうから疑うことも難しい。
「すみません。俺らしいです」
「でしょうね」
話の腰を折ってしまったことについて謝れば、アランさんは特に気にすることもなく話を再開する。遣霊はもう話を聞く気がないのか体をゆらゆらと揺らしていた。
「詳細は朝になってから話しましょう。隣が……仮眠室になっているので、そちらを使っていただければ」




