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秩序の天秤  作者: 霧科かしわ
序章 幻想を追い、現実を歩む
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門出を祝い、幼子の手を取る

 わいわいがやがや、分かっていたけど騒がしい。常人よりも少し拾う音が多い自分にとっては少し辛い環境だ。許可されているヘッドホンをぎゅ、と握りしめる。こんなことしても大して変わりはしないのだけど。

 人ならざる敵対者、怪異と呼ばれる異形を退治するために設立された組織”ヒュリスティック”。年に一度の入所式、故にここにいるのは自分含めて新人ばかりだ。まだ実力もない子供、多分一ヶ月もすれば半分位になる程度にはまだ一般人の割合も多い。

 カツ、と静かな靴音が聞こえてそちらを向いた。騒音の中でもちゃんと響いて、音が鳴る度に周囲も静かになっていく。黒紅色の髪が揺れて、薄紫色の瞳が凪いだままこちらへと向けられた。

「初めまして。ヒュリスティック本部、通称”セントラル”勤務のアランです」

 妙な気配の人だ。只人のようでいて、底知れない雰囲気もある。息を呑むような圧はあるけれど記憶に残るような印象がない。ただの職員、そういうには少し違和感が強い、ような。

「職員はそれぞれ実力に応じて軽、中、重の戦闘区域へと配属されます。初めの一週間は全員軽戦闘区域で実力を測定され、その後本配属となりますので」

 軽戦闘区域、一番安全な戦闘区域であり、一番職員が多い場所。……一週間はこの喧騒に身をやつさなければならないのか、実力がなければそれ以降も。……それは、少し困る。

 戦う理由と、強くならなきゃいけない理由があった。ただ漠然とした不安に急かされて、少しでも早く安心したくて、いつのまにかここまで来てしまった。強くなれば息が楽になる、強くなれば心が楽になる。そう自分に言い聞かせていれば、いつのまにか話は終わっていた。

「みゅ……」

 白雪のような白銀の髪にとろりとした蜂蜜のような瞳。場所が違えば何処ぞのご令嬢のようだ。こんなところにいなければ。

遣霊(けんれい)……か?」

 強者のもとへ現れるという精霊のような存在、まるで天の遣いだといつのまにか”遣霊”と呼ばれるようになった彼らは、無垢な幼子の姿で現れる。人の言葉を話すことはなく、無邪気に微笑み純粋にただ一人を慕う。

「みー、み」

「……お前、迷子なの?」

「みぃ」

「主人は?」

「み……みゃーぁ、ん」

「……分かんね」

 自分ではないことだけは確かだ。職員のところへ連れていけば分かるんだろうか、同期に遣霊を連れていた仲間なんていなかったから、正直よく分からない。

「まだ時間……あるかな」

放っておいても主人のもとへ帰るんだろうが、遣霊に対する認識が世間的にはあまり善いものではないことを知っている。拉致被害や傷害とか、兎に角話題に事欠かないのだ。ゆっくりと歩き出せば遣霊もちょこちょことついてくる。

「おい」

 呼び止められたから足を止めた。遣霊もまた足を止めて……少しだけ隠れるように移動する。服装的に職員だ、この人に遣霊を預けてしまえば良いはず。

「はい」

「その後ろにいるのはなんだ、遣霊か?」

「はい」

「新入りのくせに遣霊?実に生意気だな」

いやな視線が降り注ぐ。嘲るような、見下すような。歪に上げられた口角も、品定めするように細められた目も、全部全部いやなものだ。腹の底がスっと冷えて、何も言えずに言葉を飲み下す。

「あからさまに遣霊を連れ歩いて、自分が強者だと自慢してるのか?待機場所からわざわざ抜け出してまで主張したいだなんて、随分と腕に自信があるらしい」

「……いえ、この遣霊は」

「それとも、遣霊を連れ歩くことで上官殿に媚を売るつもりか?生憎重戦闘区域の悪魔はここにいないがな。いるのは片割れの権力だけの無能しかいないさ。ああ、権力に媚びるってんなら合理的かもな?」

「み……!」

 遣霊が僅かに憤ったのを気配だけで察知した。何に対する怒りだろう、そもそも遣霊に怒りという感情があったのか。俺の遣霊だと勘違いしている職員は、遣霊の怒りを主人を侮辱されたが故だと判断したのだろう、ひりついた気配に思わず遣霊を庇う。

「すみません。説明が遅れました。この遣霊は、俺の遣霊ではないです」

「は?」

「待機場所近くで迷子になっていたみたいなので、主人を捜していました」

嘘は言っていない。本当は職員に預けるつもりだっただけだ。ただそれを言った場合目の前の職員へ預けることになるが、流石にそれは不味いだろうと理性が判断を下す。このままどうか立ち去ってほしい、気にくわない相手に長々と時間を掛ける必要性はないはずだ。

「チッ……舐めやがって」

 ああ不味い。視界にははっきりと殴りかかる職員が見えている。避けようと思えば避けられるだろう、ただそんなことをすれば余計に絡まれるだけだ、黙って一発貰っておいた方が後腐れはないだろうな。

「何をしているんですか」

 するり、声が拳を止める。説明をしていたときよりも声音は硬い、感情は見えないが、後ろにいる遣霊が思わず、と言った風に飛び出した。

「あ……」

「みう?何でここに……」

「みーみ、みぃ……!」

「……成程」

何かを主張する遣霊にアランさんは耳を傾けて頷く。この人の遣霊か、ただの職員に思えないという直感はあながち間違いじゃなかったらしい。

「すみません。私の遣霊を保護してくれたようで」

「あ、……はい」

「彼については話があるので此方で引き取ります。……ええ、速やかに仕事に戻った方が宜しいかと」

「クソッ……」

 明確な圧。言外に込められた意味を取り損ねるほど相手も愚かではなかったらしい。逃げるように立ち去った職員をなんとはなしに目で追っていたら、みう、と呼ばれた遣霊が控えめに近寄ってきた。

「みぃみ、み!」

「ありがとう、だそうです。私からも感謝を。……職員といえど遣霊の存在は珍しいので」

「あぁ……いえ」

迷子だった遣霊も無事に保護されたし早めに戻らないとまずい。この目の前にいる職員が強者であり恐らく……それなりに高い地位にいるのなら余計に。変な噂流されてやっかみを受けるのはもう散々だ。

「あの、じゃあ俺戻るんで……」

「はい。……もし何かあったらこちらの場所へ。時間は問いません、特に遣霊絡みの案件ならば、他の職員に相談することも厳しいでしょうし」

 かさりと、小さな紙を手に忍ばされる。正直二度も遣霊絡みの事案に関わりたくはないのだが。……もしかしたら先程の対応で遣霊に対して無害だと認識された可能性もあるのか。事実だが流石にもう迷子は勘弁して欲しい、切実に。

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