第十九話 抑圧異常
「……?」
「え、鳥飼さん……?」
ふらふらと、覚束ない足取りでどこかへと歩いている鳥飼。……いやおかしいな、鳥飼は気絶して医務室にいたんじゃなかったのか。そもそも俺達より先の通路にいる筈がないんだが。
「どうしてここに……?」
「偽装……?にしては不自然だけど。東雲はここで待機」
「は、はい」
警戒は解かずに鳥飼へと近付く。いつ豹変しても対応出来るようにと構えていたのだが、結局俺に明確な反応を向けることなく、目の前で対峙してしまった。
「……鳥飼?」
「……」
反応がない。これは意識があると判断していいものなのだろうか……東雲も困惑しながらゆっくりと近付いて来る。念入りに本人かを確認したが違和感もなかった。仮に精神に異常をきたしているのだとしたら俺には判断がつかない、一歩下がって東雲を招き入れる。
「これは……」
「どうなってるか分かるのか?」
「恐らくですが……鳥飼さんに掛けられていた抑圧が外れかかっているのではないかと」
「抑圧が……」
「はい。反動で異常が発生するのはよくあることですし」
「よくあることなのか……」
反動。以前アランさんが言っていた「遣霊が現れる前後に、主人の方が周囲に壊滅的な被害を与えてしまう事例」というのも反動の一種なんだろうか。確かにあれも異常ではあった。
「一先ず医務室に戻りましょう。鳥飼さんがここにいるということは、リアムさん達も捜索に出てしまうかもしれません」
「そうだな。……鳥飼、医務室に帰るぞ」
「……」
依然として反応の薄い鳥飼の手を引いて来た道を戻る。一応先に連絡を入れておこうと思い立ち回線を繋いだが、不思議なことにリアムさんからの応答はなかった。代わりにアランさんが反応したかと思えば医務室で合流することを告げられる。
「……?」
「皇さん?」
「いや……アランさんも合流するって」
「アランさんも?」
東雲もアランさんが合流するというのは予想外だったらしく、困惑したような声を上げる。流石に遣霊が見つかっていたらそう言うだろうし、このタイミングでの合流は理由が分からない。
鳥飼のペースに合わせて医務室に辿り着いた時には既にアランさんは室内にいた。しかしそれよりも真っ先に視界に入って来たのは真剣な表情で地面にしゃがみ込んでいる雪代さん。
「何で雪代さんがここに……?」
「遅延術式に引っ掛かったらしくてな。今解析してる」
「リアムと宇月さんが、術式に取り込まれました」
「え!?」
成程、だから雪代さんは小さな紙を持って大量に勾玉を生成しているのか。魔術に関しては無知に等しい俺には何も分からなかったが、東雲は動揺を隠さずに雪代さんの方へと近寄り、何らかの会話を交わしている。アランさんもまた魔術にはそこまで詳しくないんだろうか、俺が手を引いている鳥飼に気が付くと、視線を合わせるように屈みこんだ。
「鳥飼さん」
「…………」
「鳥飼蒼空さん」
「……あ、」
「おはようございます、蒼空さん」
「お、はよう……ござい、ます……?」
視線を合わせ、名前を呼んで意識を引きずり出す。手際が良いな、そうぼんやりと思考していれば、段々と意識がはっきりしてきたのであろう鳥飼の困惑した声が聞えた。
「あれ……私は何を……?」
「おはようございます鳥飼さん」
「っ……だ、誰ですか!?」
「えっ」
思わず驚いて声を上げれば手を掴まれていたことに気付いたんだろう鳥飼は振りほどいて数歩下がる。そこに乗る感情が困惑と恐怖であることを確認し、俺はアランさんへ視線を向けた。
「抑圧が消えたんでしょうね。恐らくですが、まだ正気であった頃の記憶しか残っていないのでしょう」
「正気?抑圧?」
今目の前で見せられている反応を見るに、鳥飼は重戦闘区域で働いている事実どころかヒュリスティックに所属していることすら把握してなさそうだ。それなりに長期間抑圧され続けていたという事実を明確に突きつけられる。
「っていうかスイ!スイは!?」
「説明しますので、少し話を聞いていただいても?」
「……スイに何かあったの?」
「はい。私達からも聞きたいことがあるので、少しお話ししましょう……申し遅れました、私はヒュリスティック本部重戦闘区域勤務、アランです」
「同じく皇志葉です」
「ヒュリスティック…………」
悩むように沈黙した鳥飼だけど、結局疑問を解決することが先だと判断したのか反発することなく勧められた椅子へと腰かけた。
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