第十八話 ”もしも”の相対
何が起こるか分からないからと医務室にいたレンとなつを避難させる。どこか不安そうな表情なのは錯覚ではないのだろう、鳥飼の遣霊がいるとき、あの二人はずっと固い表情を崩さなかった。
「……」
眠っている鳥飼の傍にいる宇月が何を思い、何を考えているかまでは分からない。心の傷がみえる宇月が鳥飼が遣霊を連れていることに違和感を抱かなかったということは、確かに鳥飼は傷付いていたのだ。遣霊がいてもおかしくない程に心を壊しているのは事実で、けれどその遣霊は真贋定まらぬ曖昧な存在。
「…………」
「宇月」
「鳥飼に、遣霊が現れた切っ掛けを聞いたときに気付くべきだった」
ぽつり、と溢された言葉に口をつぐむ。受け答えに異変がなくとも、根幹に関わる話題なら大なり小なり傷に抵触する……そういう意味だろうか。
「知り合いじゃないからって油断した。名前時点で分かってたのに、分かってたはずだったのに」
「宇月?」
独白に違和感を覚え声を上げる。知り合いじゃなくて油断、だけど名前の時点で分かっていた……。何かが、噛み合わないような。
「薬だって、材料時点で気付いていれば……」
「待て宇月。……お前は、何を言っている?」
無理にでも言葉を止めれば、宇月は少しの沈黙を経てからゆっくりと口を開く。
「……鳥飼氷雨が最後に辿り着いた診療所。白糸家の……忘れ形見が、俺ですよ」
「忘れ形見……?記録上では存命だったはずだが」
「死にましたよ。殺されました」
淡々と告げる宇月の声は遠い。白糸診療所のその後の資料は少ないが存在していて、私も目を通したことはあった。少なくとも彼らは善良な夫婦で、殺されるようなことはないはずだったが。
「今白糸夫婦を騙っている奴らが何なのかは知らない。藍沢先生も教えてくれなかったし、調べようにも情報がなかったから。けど、……お父さんとお母さんが殺されたのは氷雨お兄さんを匿ったからで、二人の存在が奪われたのは、俺が生き延びたからだった」
「……」
「あいつら言ってた。俺には『利用価値がある』って。まだ幼かった俺はそんなこと言われても知ったこっちゃなかったし、逃げたくても逃げられなくて……結局、藍沢先生に救ってもらったけど。……俺が逃げたせいで、鳥飼は目を付けられたのかも」
「それは――」
ない、とは言い切れなかった。関係者である以上、どこかで接点は生まれる。診療所を襲撃した相手がそれこそ楽園教でないという確証はない。藍沢先生が宇月を重戦闘区域に連れてきた理由にもなってしまう。
言葉を返せず、沈黙が降りる。当時まだ幼かった私達は鳥飼の事件に関わっていない。だからこそ余計に安易な慰めの言葉すら口に出せなかった。
「……うづき、さん」
「あ、……鳥飼さ」
「っ!」
ざらつくような殺気を感じて立ち上がる。出所を確認しようと気配を探った瞬間だった。
「あ……」
「っ……」
足元から、絡めとられるような闇が拡がる。せめて宇月達だけでも逃がそうと伸ばした手すら延びてきた闇に縋り、引き摺られ。
そのまま、全てが分からなくなった。
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