第十話 噛み合わず、影は増す
「……成程、薬品を探しに……」
「はい」
翌日、東雲が何者かに襲われたという事実に俺とスミレは揃って眉をひそめた。時刻を聞けば丁度備品室にいた前後、鳥飼の所在が知れていることで事実は複雑化する。
「たぁてぇ、たぁい?」
「ううん、大丈夫だよ」
「みぃ……」
「(なでなで)」
くっきりと残った跡が目立つから、と首元と腕に巻かれている包帯。とあは泣きそうな顔で東雲にしがみつき、スミレは労るように小さな手で何度も包帯を撫でる。みうも心配そうに顔を覗き込んでいた。
「青藍がいうには、侵入者の気配はなかったそうです。ですが……最近しきりと空間を弄っているので万が一もある、と」
「認識阻害がかかってたってことは……魔術に心得があるか、そういう特性ですかね?」
「あるいは呪具……でしょうか」
「あの勢いで気絶していない辺り、何らかの仕掛けはあるとみるべきかと」
「そんな勢いつけたんですか」
「手加減する気がなかったので」
アランさんが本気で吹き飛ばしていたのなら、成る程逃げられたのはおかしい。俺も正直視界の外から全力で来られたら多少行動に支障が出ると思う。
「増援がいた可能性は?」
「どうでしょう……見ていた限りでは、自力で逃走したように見えましたが」
「みー」
「現場検証は……雪代に任せたままでしたね。今から行きましょうか」
「あ、はい」
「分かりました」
移動すると理解したスミレが自発的に近寄って腕を広げる。地面を徘徊してるイデアはいいのか……と思っていたら、するすると足元から這い上がってきた。……ちょっと見た目がよろしくない。
「イデア、その挙動は反射的に掴むぞ」
宣言しながら片手で持ち上げれば、しゅるしゅると縮んで手の中に収まった。反省してないなコイツ……スミレにそのまま預ければいつも通りブランケット代わりにして微睡みはじめる。ぶれないなスミレ。
「ありゃ呪具っつーよりは人形みたいなモンだな。専門は布袋」
「ホカクシテキタ」
「してきたー」
「あ、これ俺連行されてた感じ?」
両腕を掴まれた布袋さんがそんなことを言ってから雪代さんが持っている紙を覗き込む。ワカバさん達の動きに興味を持ったのか、とあが小さいイデアと一緒にみうの腕にくっついている。……あの小さいイデア、大抵とあと一緒にいるような気がするな。
「あー……?え、確かに人形っぽいけど……この材質許可されてないはずだよ」
「許可ぁ?」
「うん。幻獣の幼体はただでさえ数が少ないからね、特にこの幼蛇の生皮は所持自体が禁止されてる。加工してあまつさえ使用したとなったら……紗弥に報告した方がいいな、うん」
「キラクル?」
「季良も来ると思うよ?」
「季良来る~」
ふわふわとした会話を要約するに、どうやら相手は”生身ではない”上、お世辞にもまともだとは言えない存在らしい。紗弥さんが何をしている人かは生憎知らないが、恐らく絶滅種の保護などを生業にしているんだろう。
「情報はとれますか?」
「一応やるだけやってみるよ。流石にこれはまずいからね」
頼もしく頷いた布袋さんを見ていれば、不意に雪代さんが俺に向かって声を掛けて来る。今日の予定を話すような気安さに、思わず言われた単語の理解が遅れた。
「そうだ皇、ちょっとお前のこと調べさせてほしいんだけど」
「……え?」
俺の返答より先に、スミレが微妙な表情を浮かべて俺のことを叩いたのが答えだった。
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