第五話 それは偶然か、それとも
「万物が持つ固有の能力である特性。人によって違うその能力はときに──”怪異を誘引する”という、非常に危険な性質を有することがあります」
「怪異の誘引……」
「はい。実際は怪異の誘引以外にもいくつか周囲を巻き込み影響を及ぼす特性がありまして、かつてのヒュリスティックはそういった方々を”収容”する役割も担っていました」
淡々と語られるのはかつての話。特性が無条件で当人の利となる訳ではないことは事実として知っていたけれど、怪異の誘引だなんていうかなりデメリット寄りの特性があるとは思わなかった。
アランさんの手には複数枚の書類。どうせ邪魔にはならないからと室内で自由に動き回っていたスミレ達は、せっせと資料やファイルを整理している。恐らくみうは慣れていてとあは得意なんだろう、スミレはというと途中で飽きたのかパラパラと資料をめくっては小さくあくびしている。
「まだヒュリスティックが”収容所”と呼ばれ……どことも知れぬ場所に拠点を構えていた頃、ですよね?」
「はい。正直あまり認知度は高くなかったので、一般区域では神隠しだと恐れられていたそうです」
ヒュリスティックが”収容所”と呼ばれていた頃……と言われてもあまりピンと来ない。どれくらい昔なんだろう、残念ながら北にそんな余所の情報が流れてくることは滅多にないし、仮にあったとしても俺に興味関心がなさすぎた。
「どんなに恐れられようとも、一般区画での被害を防ぐためには隔離するか制御を覚えていただくしかありません。確か当時は……外担当の職員が直接赴き、説明していた筈」
「外担当の職員……?」
「今でいう宣伝担当みたいなものですね」
そんな人もいるのか。でも確かに一般区画である程度ヒュリスティックのことを認知させるなら職員が直々に赴いた方が良い……良いのか?
「それで。そんな時代に収容されることを拒否し逃走を始めたのが……鳥飼氷雨さんです」
鳥飼氷雨。収容拒否ということは周囲に影響を及ぼすタイプの特性持ち。実は、とアランさんは書類を纏めながら言葉を続ける。
「収容拒否からの逃走、という事例は他にもありました。説明を受けたところで納得が出来ない、あるいは自覚がないなど……大抵はすぐ対応できたんですが、鳥飼さんの場合は少々厄介な状況に陥ってしまいまして」
「……楽園教の介入、ですね?」
「はい」
楽園教、その単語を聞いた瞬間スミレががばりと顔を上げる。俺も流石にその単語は聞き覚えがあった。
「師匠が言ってた……反乱勢力、ですよね?」
「一応表向きは研究団体ですけどね。今は……いや、まぁ実情と言いますか、被害者も多いので反乱勢力という認識は強ち間違いではありませんが」
俺達の会話の方が気になったんだろう、めくっていた資料を閉じてスミレは俺の方に寄ってくる。勝手によじ登られる前に抱え上げれば、ちゃっかり居心地の良いポジションに収まった。
「楽園教に関しての詳細に関しては省きますが、ざっくりいうと彼らは自らの目的のために鳥飼さんの身柄を確保しようとしました。それにより鳥飼さんは逃走を開始、外担当の職員は楽園教との交戦もよぎなくされ……結果的に鳥飼さんは最重要危険人物として認定され、警備隊からも追われる存在になりました」
「相当大がかりでは……?」
「ええ。歴代でも上位に入る大騒動です。始まりは西でしたが、東と北、果ては南すら巻き込んで……最終的には西のとある家族経営の診療所で、大量の血痕が残されていたのを確認されました」
「えっ」
「(えっ)」
南まで巻き込んだというスケールの大きさに驚く前に大量の血痕、というワードで思わず変な声が出た。スミレも声こそ上げなかったがきょとんとした表情を浮かべている。東雲はある程度把握していたからか驚く様子は見せなかった。
「つまり……保護出来ないまま、行方を眩ませた、と?」
「そうですね。生死不明、詳細も不明……俺は生憎関わっていないので詳しいことは分かりませんが、とても凄惨な現場だったそうですよ」
「……それと鳥飼に何の関係が……?」
俺の疑問にアランさんは緩く首を傾ける。する、と抜き出した紙がひらりと舞って、視界の端に写り込んだ。
「鳥飼蒼空は、鳥飼氷雨の妹です」
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