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秩序の天秤  作者: 霧科かしわ
第六章 静寂の水底へ
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閑話その10 小さな体で大きな祝福を・後編

 行き場のない手がふらふらと空を彷徨って戻される。別に取って食うわけでもないし、そんなに怯えられる筋合いはないのだが。

「……ええと」

「立ち話もなんだし、座るか」

「え、うん……」

総一郎からの話では、あまり主張が強くない相手だと聞いていた。あの言い方だとどちらかといえば感情を内に秘めるタイプだと読んでいたのだが、目の前にいる相手は動揺を隠すことなくこちらに視線を向けている。

 控えめで、抑圧気味の子供。弟達に負い目があって、博士に対して不信感を抱いているタイプの。一番隠すのが上手くて、一番預けるのが下手。

「……さっき、札木博士のことを総一郎と呼んでいたけれど……仲が良いの?」

「仲良し……かは分からないが、普通に会話する仲だ」

「……仲良しだね」

俺達はついぞ会わなかったが、式野博士はかなりの曲者だと聞いている。穏やかな物腰で他者を都合の良いように洗脳してくるタイプ、とも。そんな相手と総一郎を比べれば流石に総一郎がまともに思えるだろう……実際は総一郎も大概な性格をしているという事実は棚に上げておく。

「先程ミツバがお前のことを姉なのかと聞いた時、不自然な反応をしていたが」

「……あはは、気のせいじゃないかな。重戦闘区域では兄と呼ばれることが多いから、反応が遅れただけだよ」

「……」

 反応に整合性を求めるならばそうなのだろう。だが、今のは確かに踏み込んでほしくないという拒絶が見えた。きっとあのとき、弟が否定しなければ何も言わず受け入れていただろうに心の底ではそう呼ばれることを嫌がっている、気付かなければそのままそう呼ばれていたであろう事実を黙認している。

「処世術……と、いうやつか?」

「え?」

「いや違うな……この場合はただの我慢か」

「……」

恐らく、拒絶することで自分を知られるくらいなら黙秘することで踏み込ませないという判断なんだろう。大体兄の思考と一緒……兄の場合は単純に面倒だから否定しない可能性もあるが、アイツは基本的に全部が適当過ぎる。

「子供は理由が二転三転するらしい」

「え?」

「今日は笑顔で食べていたピーマンが、明日になったら泣くほど嫌いになっている、だなんてこともある。自分で食べたくなくて嫌がったり、逆に自分で食べたくて騒いだり。ちょっと緑が濃いからといって嫌がったって子供だからしょうがないだろう、って」

「ええと、何の話……?」

「お前が姉と呼ばれることを嫌がったとしても、それが内面をさらけ出すことには繋がらない、ということだ」

「???」

 パチパチと瞬きする夏音。なんだ伝わらないか……言葉を口に出せと言われたから出来るだけ口にしたんだが、やはり難しいらしい。総一郎にも散々言葉が足りない、表現に突拍子がなさすぎると言われてきたが……会話相手が兄弟と総一郎しかいなかったんだぞ、一般基準が分からん。

「今日はたまたま虫の居所が悪くて姉と呼ばれることを嫌がったのかもしれない。兄、という単語の方が格好良く聞こえたのかもしれない。みんな弟と呼ばれるのに一人だけ姉なのが納得いかない……理由なんてそんなものでいいんだ。後付けでもこじつけでも、本当の理由を言いたくないのならそれはそれで良い」

「あ……」

足りない言葉を補って更に言葉を重ねる。嘘は悪いこと、と言われてるが必要経費として落とせる嘘もあるとか総一郎が言っていた。よく考えたら必要経費で落とせる嘘ってなんだ、多分嘘に使う単語じゃないだろ。

「正直、黙って受け入れる方が辛いだろう」

「……うん。そうだね」

 す、と真っ直ぐに向けられた視線が俺を映す。少しだけ見えた強い光は、目に焼きつくほど印象的だった。

「ぼくは四兄弟の兄だ、決して、姉ではない」

「そうだな。お前は兄だ」

「きっとこれからも多分……こうやって無意識のうちに口を閉ざしてしまうことがあるけど、出来るだけ言えるように頑張る、よ」

「ああ。俺も気付いたら指摘するから、一緒に頑張ろうな」

これからは一緒にいれるのだから、そう思っての発言だったのだが。

「……ふふ、そうだね」

 何故だか、夏音は耳まで赤くして柔らかく微笑んだのだった。

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