第二十三話 眠りを妨げない方法
「邪魔するぞ」
「っ」
「まぁ落ち着け藍沢。今この場で暴れるのは得策ではないことくらい分かるだろう?」
重戦闘区域にいてはいけない人物の襲来に、思わず息を飲んだ。俺が警戒するよりも先に藍沢先生が庇うように前に出て、そんな俺達の反応を相手は目を細めながら窘める。
「……何の用でしょうか、札木総一郎職員」
「ちょっとした嫌がらせと、まぁなんだ。軽い興味だよ、アラン・アンシエント職員」
研究部門の責任者の一人、札木総一郎。特段接点がある訳ではないが、式野職員に対して強い対抗心を抱いているという噂は知っていた。……嫌がらせとは、どういうことだろう。
「帰ってくれ。今アランは面会謝絶だ」
「まぁそう殺気立たなくていい。俺がここにいるだけで研究部門への呼び出しは終わるんだからそちらにとっても好都合じゃないのか?」
「は?」
札木職員の発言に思考を回す。……確かに、研究部門に俺が赴かずとも研究部門の職員が来るのならば日数の消費にはなるだろう。それが責任者の一人であるならば猶更。
「心配しなくとも俺が何か研究することはない。寧ろ、何もせず無為に消費させた方が奴にとっては大打撃だろうからな!!!」
「……アラン、どうする?」
「ここから出ないと約束出来るなら。私も当分は療養しますので」
「構わん」
さらりと頷かれたことで藍沢先生は一つため息を吐いてから札木職員に椅子を勧める。札木職員一人ならば制圧も容易い上に重戦闘区域内ならば青藍の監視が行き届く。正直断る理由はないに等しかった。
「……そうだ、研究をする気はさらさらないが馬鹿正直に嫌がらせだと答える趣味もないんでな、最近観測された擬態型怪異についてでも討論しておくか」
「おい本来は面会謝絶だぞ」
「構いませんよ藍沢先生」
嫌味や小言などに比べたら事務的な会話の方が余程良い。下手に情報を探られたり、懐柔されたりしないだけマシだと言えるだろう。
「一応サンプルが送られてきたのでな。少し細胞を調べたんだが、不思議なことにあの怪異は幽霊型という結果が出た」
「え、でも確かあれは――――」
「ああ。そもそも擬態型で且つ幽霊型など特別変異にも程がある。擬態型は大抵怪異内での競争に負けた結果生活圏に紛れ込まざるを得なかった奴がなるものだからな、そもそも競合しようのない幽霊型はならないのが通常の筈だ」
「幽霊型同士で競合はしないのか」
「戦闘時にしか姿を現さないので、幽霊型は互いを認知すらしないんです」
好戦的な幽霊型は姿を現すため討伐対象となる。よく勘違いされるが、そもそも幽霊型は怪異の中でも一際数が多く、また殆どの場合は非好戦的なのだ。姿を現さないから認識されていないだけで。一方で擬態型は非常に弱い個体か狡猾、好戦的な個体しかいない。
「一体だけならば珍しいで済んだが、複数個体、しかもオーシャンではなくセントラルに出たとなれば話は変わって来るだろう?」
「そうですね。接近した時点で襲い掛かってくる辺り知能は低いと踏んでいましたが……」
「擬態が液体である以上知能指数は高めなんだよな」
「はい」
オーシャンでは特に同様の怪異が発生したとの報告は受けていない。擬態型である以上水棲とはいえ管轄が違う……幽霊型なら一度レイスに連絡を取るべきかもしれない。
「……話題が白熱するのは良いが、一応療養中ということを忘れるなよ?」
「あ、すみません」
「ごめんなさい」
藍沢先生に叱られ、揃って口を噤む。……まさか研究部門の職員とこんな話が弾むなんて、思ってもみなかった。
面白かったらブクマや高評価お願いします。喜びます。