第十八話 水底へ、穏やかな眠りを
「──お前は、あの黄色に似てる」
「え?」
とくん、と心臓の音が跳ねる。特段突拍子もない言葉ではなかった、ただ、一瞬だけ見えた過去への面影が思っていたよりも柔らかくて。
情報は開示された。準備は整った。そんなタイミングでぽつりと零された言葉。私の困惑を見て慈しむように微笑むひと。
「今度こそ……いや、今度は、手を伸ばしてくれ」
「手を……」
「ああ。約束だ」
「みみみ」
それ以上の言葉はないまま、ゆっくりと膝をつき目を閉じる。まるで祈るような格好なのに、目の前にいるのが俺だという事実に目眩がしそうだ。
「……では、アレンを正気に戻します」
「ああ、頼む」
「み……」
両手で頬を包んで、額を当てる。意識を向けさせて声に魔力を乗せた。抵抗なく染み渡る声は欠けたものを補い、ひしゃげたものに寄り添う。出来ることは修復ではなく補助、謡うような毒を囁くような薬で中和する。
「アレン」
祈るのはどちらだろう。縋っているのはどちらなんだろう。穏やかに意識の海へ溶ける彼を惜しいという声がある、息も吸えない彼の人を早く探せと急かす声がある。どちらも同じ魂だけれど、強く刻まれた自我が溶けないまま眠っている。
「────アレン・アンシエント」
決意は沈められ、願いは腐り落ちた。意味が、意図がすげ替わり都合の良い悪夢を描く。選別された救済という毒を、アランさんは最後まで拒絶していた。
「すみません」
「あ、皇くん!」
「朱鳥さん。あの、アランさんは……」
「ええとね、今は寝てる……あ、でも東雲くんが言うにはもう大丈夫!」
「……良かった」
「(ほっ)」
研究部門への潜入から帰還してすぐ、情報だけが東雲へと流された。細かい調査や細々とした後始末は雪代さん達がやるらしいので、俺はスミレとイデアをつれてそのままオーシャンに戻ってきた形となる。出来るだけ急いでは来たが、流石に東雲の方が早かったのか。
「ここだよ」
「ん、ありがとう」
「(ぐっじょぶ)」
朱鳥にお礼を言ってから室内へと入る。すやすやと、苦しむ様子もなく眠っているみうとアランさんに思わず安堵の息を吐いた。
「皇さん。お疲れ様です」
「ああ。東雲もお疲れ」
「つたえー!」
アランさんに膝を貸している東雲に変化はなかった。普段通りの穏やかな表情を崩さないまま、こてんと首を傾ける。とあも困惑なく元気に挨拶している辺り、本当にいつも通りなんだろう。
「アランさんを背負って帰還しますか?リアムさん達も心配しているでしょうし」
「そう……だな。うん。俺が抱えるから、スミレ頼めるか」
「分かりました」
スミレの反応もおかしな点はない。……アランさんをアレンと呼んでいたときはどうにも違和感が拭えなかったが、東雲もまたアランさんが落ち着いたことで普段通りに戻るのか。
「もう帰るの?」
「はい。協力要請から今まで、ご協力ありがとうございました」
「どういたしまして!僕らもアランが動けなくなっちゃうの困るからね、また何かあったら言って!」
「はい」
「(こくこく)」
朱鳥とひいらぎさんに見送られながらオーシャンを後にする。水中に差し込む光が、きらきらと帰り道を示していた。