第六話 底の檻
「……ここが支部」
「そうですね。オーシャンは水棲……もとい、水中に拠点を構えていると聞いています」
見渡す限り水。海ではないらしいが……対岸が見えないほどの湖は流石に大きすぎやしないだろうか。底に支部があるのだから大きくて然るべきか?覗き込んでみても姿はない。
「……水中にどうやっていくんだ?」
「魔力で空気を確保するか、幽撃で空間を固定するのが一般的……ですかね」
「成程。……スミレは出来るとして、みうは?」
「み」
「とあもいるので今回は魔力で周囲に呼吸可能領域を作ります。みうさんも病み上がりですので」
「それもそうか」
ちゃぷん、と濡れないままに水中へと落ちていく。……なんだか変な感じだな、きょろきょろと思わず周囲を見渡してしまったのは不可抗力だろう。曖昧に落ちていく光が気になったのかスミレは小さな手を伸ばしている。隣の東雲の腕の中からはとあが感嘆の声を上げていた。
水中に生き物は見当たらない。深く深く、陽が届くギリギリの位置に入口はあった。東雲と一度頷きあってから扉をくぐる。通路には空気があったので、そのまま幽撃を解除した。
トンネル状に象られた通路しか存在しないんじゃないかと錯覚するような側面の水槽。姿はないが気配はある、伺うような視線が四方八方から突き刺さっていた。照明は薄暗い、靴の音が微かに反響して通路の長さを物語る。
「皇志葉重戦闘区域担当職員と、東雲泰誠重戦闘区域担当職員ですね」
硬い声が俺達の名を呼ぶ。見れば、紫の髪をポニーテールにした職員が通路の奥から歩いて来ていた。俺達が抱えている遣霊を少し見て、すぐに視線は逸らされる。特段指摘する気はないらしい。
「オーシャン所属、木本ひいらぎです。ここには木本姓の者が数名在籍しているので、ひいらぎと呼んでください」
「分かりました」
「分かりました」
表情も声音も硬い。だが、敢えてそう見せているような振る舞いにも思える。そのまま奥へと誘われたので素直に従った。
「アランさんはこちらです」
一際重厚な扉の向こう、気配を探るとくぐもったものが一つと、傍にもう一つ。……オーシャンに所属する他の職員だろうか、一旦東雲を下がらせてから先行して扉を開ける。
黒い、光を返さない物質が視界に映る。その瞬間、記憶の蓋がひび割れる錯覚を覚えた。
「――――」
あれは、怖いものだ。
あれは、俺達を奪う嫌なものだ。
あいつにとってはただ苦しいもので、俺にとっては欠けて零れてぐちゃぐちゃにされる、絶対に沈められたくないものだ。
触れるのは不味い、だがこのまま緩慢に立っているだけでは二人共奪われる。術者はどこだ、根源は。昔と違う、今なら俺はあれを躱せる、殺せる。思考を回せ、迅速に、的確に――――。
「(ぺち)」
「……」
「(もちもちもちもち)」
「す、ミレ」
「(ふんす)」
……頭がくらくらする。少し頭を振ってから、何事もなかったかのように俺は室内にいる職員へと声を掛けた。
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