第二十三話 静かに毒は廻り
「……」
「(もちもちもちもち)」
二度目の失敗を経て手を止める。普段扱うのは双剣だが、万が一を考慮して投げナイフの練習も欠かさない。普段ならそう外れないはずのナイフは、思考の迷いを示すかのように的へ刺さることなく地面へと落ちる。
今日はアランさんが不在だから自主練にあてていて、同じく暇になった東雲は秋音達と一緒にいると言っていた。自主練だからスミレがついて来たことについては別に問題はない。自分の中で未だ残る疑念を誰かに指摘されたくなくて、こうして悩んでいることすら知られたくなくて、敢えて一人になろうとした事実は否定できない。
「……」
ナイフを回収してくるりと指先で回す。東雲との会話で少しだけ自分の迷いについて方向性を経た、けれど、それだけだ。迷う理由が知れても解決方法は分からない。アランさんに聞けば良いだけなのに、きっと口を閉ざすだろうという確信を抱いてしまっている。
「重戦闘区域の過去、それと────」
『今度こそ……!』
「…………あの、東雲の言葉」
秋音が東雲と似ている理由。そこに確証がないことと東雲が以前今度こそ一緒にいたい、と言ったこと。ひとつだけ可能性はある、あるけれど、きっとそれは仮説としても最悪に近いものだ。
「ああそうだ、それとアランさんの東雲への態度もあるか……」
アランさんはきっと東雲の言葉を正しく理解していた。多分秋音のことも疑惑どころか確信がある可能性もある。何かを重ねぬように、何かを見出ださぬように、丁寧に丁寧に引かれた線は、どちらに対する遠慮なんだろう。
「?」
「……ん、どうしたスミレ」
さっきまで熱心にイデアを捏ねていたはずのスミレが、いつの間にか足元でうろうろと俺の様子を伺っている。よくここまで来たな……あまり自分で動き回るイメージがなくて思わず面食らった。
ナイフを片付け、スミレを抱え上げる。意外にもそのまま眠る体勢にはならず、ごそごそと胸ポケットをまさぐり始めた。
「おい何……飴?」
「(ぺりぺり)」
以前アランさんから譲り受けたマスカット味の飴。器用に包装を剥いて俺の口に押し込んで来たから噛み砕いて欠片を舌に乗せる。少し大きいかと思ったがスミレはちょうど良いと感じたらしく、満足そうに口に含むとむぐむぐと食べ始めた。
「……珍しいな、腹でも減ってたのか?」
「(ころころ)」
機嫌良いなスミレ。普段から何を考えてるのかよく分からない奴ではあるが、流石に飴を舐め始めたのは空腹だったから……だと思いたい。少しは食べる量が増えたんだろうか、それとも急に飴の存在を思い出したのか?
「……」
口に残った飴の欠片を溶かす。舌に残らない甘さを以前は食べやすいと感じていた筈なのに、今は寧ろその残らない感覚が気になって仕方なかった。
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