第二話 過去を憂う
「妖怪と人間の違いは主に番への執着と言われてるが、それが真実であるのかは定かではない。一説によると人間は番の代わりに遣霊を従えるらしいが……そうなると、遣霊も番もいない存在は何になるのだか」
カランと氷が鳴る。ぺたぺたとグラスを触っているレンを眺めるリアムさんは一体何を思っているのか。うぱーの姿もないし、何故か俺しかいないことを知っていた。我関せずと言わんばかりに飲み物を飲んでいる青藍さんは多分助けてはくれない。
「遣霊をつれた妖怪は……いないんですか?」
「……さてな。私達部外者に番の有無を把握する術はないのだから」
番の有無。遣霊は殆どずっと傍にいるから分かりやすいが、番というのは……ルコンさんが妖怪だというのなら、成程番の有無など分からない。逆に言えば、妖怪だって番を公言しなければ人間として扱われる世界なのだ。酷く曖昧な線引きである。
「番、というのは酷く曖昧な定義だろう。言ったもん勝ち、証明出来ないことを良いことに…………いや」
す、とリアムさんが一度言葉を切った。不自然な空白、息を吸って開いた口は空気を震わせることなく、もう一度閉ざされる。視線を地面に落とし、何かを呑み込んだリアムさんは何でもない風に言葉を続ける。
「実際は違うな。妖怪であれば他者の番も分かる、人間であっても、虚偽かどうかは分かる。ただそれが、全人類、全妖怪の基本能力ではないだけで」
「リアムさんは……」
言葉は最後まで紡がれなかった。酷く凪いだ若草色の瞳はそれ以上の追及を良しとせず、俺の思考に待ったをかける。心なしか上げられている口角が、最後の姿に重なった。
『綾華』
「だんな」
「っ」
ぽす、と置かれていた手に重みが乗る。ほんのりと冷たいのはグラスに触れていたからだろうか、目が合えば笑いかけてくれる、手を伸ばせば触れてくれる。……レンが笑っていられるうちは、大丈夫。まだ、俺は壊れてない。
「……妖怪でも人間でも良いじゃん。どうせここにいる奴なんて全員はみ出し者だよ」
「なん?」
「その水滴と一緒。結露した水滴指して零れたとは言わないけど、溢れた水ではあるじゃん。俺達は最初から混ざれない異物、普通から冷たくされて露出したはみ出し者」
はみ出し者。そう言われても不思議なことに感情は凪いでいた。薄々気付いていたのかもしれない。寧ろ、取り繕う必要がないと知れて一種の安堵すら覚えていた。
「そうですね。別に混ざることが出来ないのならそれで。混ざらなくても良いくらい強くなれば良いんでしょう?」
「淘汰されないための手段としては、そうだね」
「なら、俺はそれを目指します。平穏なんてとうの昔に幻想だと気付いたので」
「…………ふうん」
後悔は今も胸に。憎悪は今もそこに。隠して笑うのはもう慣れてしまった、閉じても燻る火種を今更消そうとは思っていない。利用出来るものは使うだけ、目的のために手段は選ばない。
「リアム、お前部下とかとる予定ない?」
「ないです」
「コイツ、放っておいたら駄目だわ。お前の部下にしなよ」
「ないですってば」
「なん!」
「ほらレンもそうだそうだって言ってる」
「んなん!?」
レンが驚いたように青藍さんを見る。どういう考えなのかは生憎想像もつかないが、青藍さんはどうやら俺をリアムさんの部下にしたいらしい……何故?
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