第八話 名前を呼んで、本当の
「志葉」
「っ」
声に、一瞬で意識が持っていかれた。それと同時に明確な殺意を感じて────思わず本気で飛び退いてしまう。それでも距離は取れない、飛び退く勢いと同じだけの踏み込みで相手は、皇さんはぼくに刃を振りかざす。
「くっ……!」
振り下ろしをただ受けるだけでは足りない、右手を受けたら左手は隙を縫う。躱しきれないと判断して特性を起動した、刃が肌を貫く感覚はざらりとした砂がまとわりつく不快感に変わって、またひとつ呼吸のリズムを乱される。
砂の中で刃は踊る。薙ぎ払われる前に自ら刃先に飛び込んで、更にゴロゴロと地面を転がって逃げた。久し振りのざらつきをどうにか元に戻す、肉体が再構成される感覚は何度やったって気持ち悪い。
「……」
ちらりと視線を巡らせる。静かな視線を湛えた整った顔立ちの人が此方を視認している。黒紅色の髪の奥から見える薄紫色の瞳、何の感情も浮かべず向けられている視線。たった一言で皇さんを引き摺り出し、そして今も尚何かを見定めていることだけは良く分かった。
「アラン!」
「おや青藍、スミレと一緒だったのか」
「そんなこと言ってる場合か!あれ止めろ!」
「み」
一気に世界の音が引き延ばされる。追撃、追撃、追撃。一撃を防いでも二撃目が防げない、思考の前に刃が飛んでくる、弾いて防いでそれでも躱せず、少しずつ砂の範囲が広がっていく。何もないのに頬がざらついて、ぐらりと視界が歪に映った。
「はっ――――」
吐き出した息を吸い込めない。急速に迫りくる死の実感に、恐怖と歓喜が、諦観と意思が、様々な感情がぼくを動かして致命傷を躱させる。焼き切れそうな脳を回して一秒でも長く、一瞬でも遠くまで行けと死までの時間を引き延ばしている。
「管理人としての死を望み、家族の平穏を望む。されどその身にかかる刃に抵抗するのは、何故でしょうね」
凪いだ瞳で、何の感情も乗せない言葉で。きっとぼくのことを同類だとは思っていない、きっと最初から、あの人に並び立つことなど出来なかった。
「本当は死にたくないのでしょう?なにせ今ここで命を散らすことで兄弟達の糧になることは有り得ませんから」
「っ、それは……」
「貴方は結局、死ぬことに理由が欲しかった。たとえそれが独り善がりのものだとしても、意味のある死であることを望んでいる」
違うと言おうとした口は音を発することなく。勢いよく振り抜かれた刃を透過しきれず、大きく飛ばされた。
ああ、痛いな。
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