始まりと為る
「うぴ……?」
転がっていたうぱーが不意に目を覚ます。ごしごしと目を擦ってまで二度寝を拒否する珍しさに視線を向ければ、何を思ったのか手を引かれた。
「どうした?」
「うぴょん!」
「そっちに行くのか」
まだ寝惚けてるのだろうか、どうやら目的地があるらしくうぱーは私を誘導するように意気揚々と進んでいる。いつも行くルコンさんの生息地とは反対方向、……もうその先は区域間通路しかないんじゃないだろうか。
「ぷ!」
「何なんだ一体」
何かを主張したいのは分かる、だがその内容は全く分からない。ただの散歩ならばいいのだが、ここから出たいと主張されたらどうしよう。万が一に備えて増援を呼ぶべきか。
「ぴゅーう!」
「おいその扉はやめておけ」
「ぴゅう!ぴゅ!」
足をばたつかせるうぱーを扉から引き離す。やはり外に出たがっていたのか……コイツに一週間の耐久はまだ早かったようだ。足どころか体まで大きく左右に揺れ始めたうぱーに呆れつつどうにか気を逸らせないかと思考を回し始めた時だった。
「リアム?」
「ぴゅーう!」
「みゅ……!」
落ち着いた声が鼓膜を揺らす。緩慢に視界から脳へと情報が伝達され、上手く指示出来なかった腕からうぱーはぴょんと飛び降りる。少しだけ高い体温が頬に当たり、視線は手早く上下へと移動して何でもない風に戻される。
「ただいま」
「――。おかえり、アラン」
顔を覗き込むように腰が少しだけ屈められる。さしたる身長差はない、強いて言えば少しだけ兄さんの方が大きいから。じっと見てくる薄紫の瞳に揺らぎはないが、少しだけ纏う気配が硬かったから頬を両手で挟んでむにむにと温める。肌寒さは疾うに収まっていた。
「うぴょー!?」
「うるさいようぱー」
「ぴょぴ!うぴゃん?」
「みゅん」
「うぴょあー……」
「凄く喋る……」
「イツモダゾ」
「だんな!」
「うぴょぴゃ!」
なにやらうぱーが騒がしい。いや騒がしいのはいつものことだが、知らない声がする。視線だけで詳細を問えば、兄さんは一度視線を其方に向けてから、俺を再び見つめる。
「リアム、今日からここに配属になる二人です。どちらも遣霊持ちの新人」
「あ、入江綾華です。こっちはレン」
「皇志葉です。こいつはスミレと……イデア、です」
「んなん!」
やけに小さい遣霊を連れた新人と、なにやら布のような物質を指してイデアと呼んだ新人。布を被って寝ているのは遣霊なのだろうが、その布は布じゃないのか?不自然に蠢いているのは認めるが。
「リアムだ。そこで騒いでいるのはうぱーという」
「うぴゃ!」
元気よく挨拶をしたうぱーは興味津々といった風に皇の方へ近付き、体を横に傾ける。多分本人は首を傾げているのだが、何か気になることでもあるのだろうか。
「うぴぴ」
「おっとうぱーくんも気になっちゃうカンジかな?分かるぜ俺もイデアくんに関しては何も分かんなぁい」
「イデアダゾ」
「その説明で納得するのは多分ウロくらいじゃねぇかな」
「うぴょー……」
「おっとうぱーくん納得しちゃう!?」
軽快なテンポで突っ込みを続けるルコンさん。兄さんの方を向いても黙って首を振られたということは、イデアなる布?は良く分からない物質らしい。布に名前を付けているのか布ではない何かなのかはこの際考えないものとしよう。
「それで、部屋についてですが」
「空き部屋は清掃済みだぞ」
「助かる。……では、案内しますのでこちらへ」
「うぴょー!」
「おいうぱーお前が先導は無理がある」
元気よく駆け出したうぱーには悪いが流石に止める。うぱーのことだ、ルコンさんの生息域に案内しかねない。ふんふんと興奮気味に動き回るうぱーはさっきまで寝ていたので当分大人しくならないだろう。
「ルコンさんお願いします」
「おっけー任された。うぱーくんは俺と一緒にウロのところいこっか!」
「ぴょぴょぴょぴょぴょ」
「おーう大興奮。ハイテンションにも程があるぜぃ」
ルコンさんを見送り、私自身はアランに同行する。青藍さんはワカバさんと共に先に帰っており、みうはアランの邪魔にならないようにと徒歩で同行しようとしていたので抱え上げた。
「足りないものがあったら言ってください。私物に関してはこの後取りに行きましょうか」
「あ、俺ないです」
「俺はあるので……お願いします」
「なん」
レンはよく喋るが、対照的にスミレの方は全く喋る気配がない。喜怒哀楽、興味関心の波が見えない瞳は遣霊であるからこそ珍しい。主人である皇の方も感情の波は薄いように見えるが、主人と遣霊が似るかといえばそういう訳ではない筈なので。
案内を済ませ、アランがふと足を止める。私を見やり、新人二人を見て。僅かに細められた瞼と少し傾けた頭で笑みを模る。
「改めまして。ようこそヒュリスティック本部、通称”セントラル”へ。この場所は今現在における底、始まりの地であれど最古の地では在らず、故に心なき言葉を掛けられることも多いのが特徴です。頑張りましょうね」
「「はい!」」
覚悟はちゃんと出来ていたらしい。そのどこまでも無垢に見える強い瞳は、ただただ眩しくて目を細めた。
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