第二十六話 貴方に手が届くまで
何度目になるのか分からない鍔迫り合いを無理やり解除して距離を取る。そろそろ手が滑って武器を弾かれそうだ、上がった息を少し整えてまた警戒を引き上げる。
『管理人を、止めてください』
言われたその瞬間は訳が分からなかった。ともすれば俺を研究部門へ向かわせないための虚言かと思ってしまうくらいには。……だが、切り離された自我を見てその頼みが切実であることを知る。
「っまだまだ……!」
初動の、それこそ踏み出す一歩を認めた時点で回避か防御を選択しないと間に合わない。これは本人の速さと言うよりは戦闘技能の高さによるもの、緩急をつけることで脳を騙す、ピンポイントで加速することで思考を遅延させる。
確か特性は使われないと言っていた。純粋な技能勝負、優先的に急所を狙うという思考しか積んでいないお陰で回る停滞戦。不意の事故を防ぎたいと言っていたアランさんは、管理人がどれほど危険な判別をしているのかを知っている。
「もっと、もっと強くならなきゃ……!」
強さでどうこうできる問題じゃないことは分かっている。それでも、一人で華蓮を守れるだけの強さがあれば違う道があったんじゃないかって、未練たらしく幻想に願望を乗せてしまう。拗らせたプライドが目標達成への道程を歪ませる。
アランさんが自分で制御出来るギリギリで切り離した管理人の一部。実質残滓のような存在なのに未だ勝てないのは実力不足という他ない……少なくとも今の状態で単独行動したところで一瞬で制圧されるのは目に見えている。追手としてアランさんかリアムさんが来た時点で終わる、もしかしたら皇が相手でも勝てないかもしれない。……なんだか普通に腹立ってきたな。
「実力不足なんて最初から分かってたっての……!」
観測手起動、一挙一動全てを読み切る勢いで情報制限を解除する。 くらりと酩酊する頭を無理矢理動かして更に世界視も起動、周囲の情報から目の前の相手の動きを予測する。たらりと垂れた血が、地面に染みを作った。
脳はとっくに悲鳴を上げている。高速で回される思考と処理速度を考慮しない情報の洪水の中で入江は獰猛に笑い、管理人を食い千切らんとしている。一部とはいえ本当に倒すんじゃないだろうか、自己修復機能があるので根本的な解決にはならないが。
「うーん非合理的。やっぱ入江くん、人間としての機能大分削られてるよね?」
「剣だから……じゃないのか?」
「いやぁ、剣は番絡まない限り保守的だよ。こういう場合適度に力抜いて情報抜こうとするのが剣っていう生き物だね」
歴史を紐解いても剣に対する記述はそう多くないが、シンや青藍などは実物を見たことがあるというのだから恐れ入る。最後に目撃されたのは人類歴以前だぞ、一体こいつらは何年前から生きているのやら。
腕を飛ばし、肩口を斬られ、等価交換のように傷を増やし合う。あれだけの演算を経て尚有利にならないのか、管理人とはやりあいたくないと常々思っているけれど、本当にあれを倒すことが出来るのか……皇の将来が心配になる。
「あ、帰ってきたみたい」
「じゃあそろそろ止めるか」
「んー……アランが自力で回収に来るみたいよ?まぁ説明もあるだろうし、俺達はまだ待機でよさそう」
シンにそう言われたのでそのまま姿を現すことは止める。ふらりと踏み込んだアランが迅速な動きで管理人と入江の両方を制圧しているのを見てから、大人しく影へと戻った。
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