第十八話 満たされずとも、充ちている
「心配?」
「?」
魔術部門の部下兼護衛として先輩方と行動してたら思わぬ問いを食らった。……何を指しての心配だろう、東雲のことか、それとも普通に護衛についてか。分からなかったので素直に問い返した。
「何のことですか?」
「ああいや、なんだか表情が暗いように思えてさ」
表情が暗い。……そんな風に思われるくらい表情筋が動いていたのか。不本意だが良いことを聞いた、散々表情の変化がないと言われてきたので、困ってはないけど気になってはいたりする。
「別に……心配することは、ないと思いますけど」
「本当に?」
穏やかに問われ、思わず二の句を呑み込んだ。何を、と聞かれても答えられないのに何かが喉の奥を塞いでいる。
「……心配、かどうかは。……正直分かりません」
例えば、あれだけアランさんから離れることを拒絶していた東雲が藍沢先生のところにいる、だとか。常に何考えてるのか分からない上にどうもイデアは同伴させようとしてたらしいスミレのこととか。……あとは、”私”を止めてほしいといったアランさんのこととか。ひとつひとつの内容では悩むことこそないはずだけど、重なった結果無視出来ないしこりになってなっていたのかもしれない。
東雲は藍沢先生の部下としてなら大丈夫だろうと言っていた。スミレは青藍さんのところにいるし本人が脱走することはないだろうが……いやイデアが動いてたら流石にバレるな。実験材料にされる可能性も否定出来ない……どうだろう、あの不定形な生き物を果たして生き物として認識出来るか。
……なんだかイデアのことを考えてきたら少し思考が落ち着いてきたな。イデアに関しては考えれば考えるだけ混沌を生み出す生き物、俺があれこれ考えたところで仕方がない。……それは、きっと今俺が感じている懸念全てに言えることだ。
「けど、今俺が心配したところで、どうにかなるものでもないので」
俺の言葉を聞いた先輩が少しだけ目を見開く。……そんな変なことは言っていないと思ったんだが、今の反応は多分動揺……だった。表情の変化を指摘する前にパッと笑みを浮かべていつも通りの飄々とした表情に戻る。
「んー強いっ!意思の強さが信頼と合わさって鋼鉄級だね!」
「あ!おいメガネ!何皇さんを困らせてんだオラァ!!」
「やーんロイド暴力的ー!」
合流したもう一人の先輩が思いっきり先輩の頭を叩く。今回の研究部門への顔見せに向かうのは責任者になったロイド職員先輩と、偽装して護衛につく俺、それと色々融通が利きやすい立ち位置にいるらしい眼鏡をかけた先輩の三人だ。本人達は全く戦えないと自称していたが、以前発生した怪異の襲撃時を見るに完全に無力という訳じゃないだろう。
「あー緊張する……」
「はいロイドくん深呼吸!」
「スゥーーーーーー」
「いや吐こうね!?」
「オボロロロロ」
「やだこの子お笑いに真摯……!」
「二人共ー皇職員くんが困っちゃってるぞー」
「俺達じゃないんだから自重しろー」
「俺達にも自重しろー」
他の先輩方に声を飛ばされて二人も負けじと声を飛ばす。……なんだか、ここにいるとぐるぐる考えてることが馬鹿らしく思えるな。ただ黙っていても一人じゃないと思えて、なんだか心がくすぐったい。……それでも。
「……心配、か」
ひとつ、雫が落ちる音が聞えた気がした。
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