夢を視る
とおい夢を見た。もう昔の話だったけど。
柔らかな声を聴いた。もう会えない人だったけれど。
懐かしい笑顔だった。もう思い出しても曖昧にほどけていくだけだったから。
「だから、」
暗いそこから青く光る希望のような海の底へ。深く深く、落ちていく感覚に安堵と小さな弱音だけ抱いて。視界は反転し、零れた言葉が儚く消える。冷たさが酷く心を落ち着かせていた、光を浴びた髪がかつてを残す様に揺蕩って、枯れた言葉は知られず消える。
「……うぴょ?」
残念、幻覚は消えないらしい。
「わぁ、リアムびしょびしょじゃーん。ルコンに引きずり込まれた?」
「いえ。自分で入りました」
「もっとヤバい返答来ちゃったぁ」
へらりと笑ってタオルをこちらに渡してくる。よじよじと登ってきた幼い隣人にタオルを譲れば、せっせと小さな腕を使ってタオルと戦い始めた。
「うぴゅ!」
「ああそんな暴れたら落っこちちゃうよ。うぱーくんは?濡れてない?」
「ぴゅう」
うぱー、と呼ばれた幼子は謎の言語を発しながら私にタオルを被せて揺れる。本人は水滴を拭っているつもりだろうが、残念ながら体しか揺れていない。
「今日新任の子達が来る日だよ?まだ時間あるかな」
「私は別に顔見せもしないので」
「だからってびしょびしょじゃあ風邪ひいちゃうよ」
「うぴ!」
「ほらうぱーくんもそうだそうだって言ってる」
タオルで水滴を拭われる。少しだけ体温が下がったのだろうか、うぱーが触れているところだけがやけに暖かかった。
「うーぴ、ぴぷ」
「これくらいで取り敢えず良いかな。あとはちゃんと着替えないとね」
使い終わったタオルと格闘しているうぱーを横目に目の前の人ではない相手……シンさんは楽しそうに口角を上げてうぱーを眺めている。微笑ましい、のだろうか。
「うっぴゅ!」
「お、満足したかい?」
「ぴょー!」
タオルを引かれころころと転がるうぱー。通路のど真ん中で転がるのは流石に汚れると叱られてしまわないだろうか、……叱りそうな相手は今新人達のところか。
「……テンション低めかな?調子もあんまりよろしくなぁい?」
「ぴゅーう?」
ゆるく首を傾げられて四つの水色が一斉に向けられる。別に不調であってもパフォーマンスに影響は出ないが、存外彼らは精神面の安定性を殊更に重要視する。一般的には正気というものの増減はそのまま戦力としての安定性に直結するから仕方ないことの可能性もあるが。
「少し……気の迷いを起こしただけです」
「そっか。まぁそうじゃなきゃ流石にびしょびしょにはならないよねぇ」
「ぴょえー」
ばれている。水に入った理由も、その結末も。初回ではないので察すること自体は可能かもしれないが、シンさんがわざわざタオルを持って現れた意味は推し量るべきだろう。
「……」
「そんなお顔しないの。アランも一週間ずっといない訳じゃないからさ」
「うっぴょ。……うぴょ!?」
「お、自力で気付いちゃったか……そうだよ、みうくんもアランについてってるから今いなぁい」
「ぴょー!!?!?」
ショックを受けたように目をまんまるにして叫ぶうぱー。この幼い隣人達は殆ど主人達と離れないのだから当然といえば当然なのだが。まさか気付いてなかったのかこの生物。
「……人、増えるでしょうか」
「んー……どうだろうねぇ。うぱーくん達のこともあるし……増えるとしたら、その子達もきっと────」