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であう少女(後)

≪カウントダウン。3、2、1……≫


 カザリはステージの床を蹴った。

 飛び出した先。そこには何もない虚空が広がっている。バイザーの端には、イルカがいるであろう宙域が映っていた。


≪角度調整……いま≫


 無重力下で、ゆっくりカザリは回転していた。合図と同時に携帯用バーニアを吹かすと、視界を故郷である地球が占めていく。


 すべては、タロの提案によるものだった。


『起こさないで 起こさないで この夜が明けるまで』


 カザリは宇宙を滑り落ちながら、暗闇の先にいるイルカを思って歌った。空気のない宇宙で、歌声は広がらない。だから、エコー調査で彼女を見つけようとするわけではない。


『都合のいい夢って気づいてても あたたかい海辺』


 イルカの歌声に合わせて、タロが発光していく。随行支援AI≪タロ≫は最大限の出力で、周辺のネットワーク端末ブイに語りかけていた。


 この歌を、聞いてくれと、そして、届けてくれと。


 --

 -


 イルカの意識は遠く、シュノーケリングのように、自身の吐息だけを耳に伝えていた。

 溺れているのか、泳いでいるのか。漂っているのか。


『誰もが巡る だからこそ願う』


 懐かしい声に、イルカは耳をすませた。

『ヤドカリは、もともと海の生物です』

『宇宙服じゃないんだ』

『そうです。自分で帰るべき場所ーー、家をちゃんと持った、立派な生き物なんです』


 イルカは目を覚ました。カザリの声が聞こえた気がした。

 自分のヤドカリはもうほとんど形を留めていない。眼下の地球が、吸い込まれるくらい大きかった。


『ことばにするのはニガテだけど』


 カザリの声だった。弾かれたように、宇宙の果てを見つめる。


「……あれって」


 彼方に、いくつもの発光体があった。ネットワーク端末ブイだ。いつかイルカが壊れた宇宙船から脱出したときと同じだった。


 あのとき、歌姫のライブを見ようと、何万、何十万のリスナーがいた。その膨大な通信をまかなうために、たくさんのネットワークブイが集結していたと聞いた。


『つたわってほしいな このキモチ』


 それがいま、誰かを中心にして、数えきれないほどの端末ブイが輝いていた。見逃すことなんてできるはずがない。間違えるはずなんてなかった。


 いつか見た、宇宙に咲く花。その中心にいるのはーー。


「カザリ!」


 イルカは叫んだ。そして、自分を守ってくれていた、コクピットだった部分を震える足で蹴った。


「イルカ!」


 輝く光の海の中、その中心にカザリがいた。イルカはカザリに抱きつくとくるくる回転しながら、バイザーの額を合わせた。こうしてまた、会えると思っていなかった。


「……こちらから、探すのが難しければ、見つけてもらえばいい。タロウさんの作戦よ」

≪もう一度会えて光栄です。イルカ≫


 端末ブイの隙間では閃光弾が輝いている。宇宙が星より眩しく照らされて、とても綺麗だった。まるで祝福されているかのようで、イルカは嬉しかった。


「……カザリ。タロ。ありがとう」


 イルカとカザリはバイザー越しに微笑んだ。

 ところが、ビー、ビー、と穏やかな再会に不釣り合いな音が聞こえる。酸素と携帯推進剤の残量警告だった。


≪酸素残量残り9分。航行可能時間残り11分です。既におおよその場所は割れています。覚悟はいいですか、カザリ?≫

「わかってるわ。他に、方法はなかったから」


 カザリの言葉にイルカの鼓動が早くなる。ふたりの作戦は『探すのが難しければ、見つけてもらえばいい』だ。そのためにカザリは歌い、タロは周辺のネットワークに干渉した。


 無事にイルカと合流することはできた。だけど、この上なく目立ったカザリは、他の人間にも見つかったのではないだろうか。


 イルカは思い出した。『見つけた』というタロに届いたメッセージ。あれは結局、誰の仕業か曖昧なままだ。


「……もしかして、『誘拐犯』を利用するの?」


 イルカの疑問に、カザリはにいっとイタズラっぽく笑った。見てなさいーー彼女はそう言うと。


「タスケテー。オトウサーン」


 と、カザリは間抜けな声を上げた。


「……は?」


 あまりなカザリの声色にイルカが戸惑っていると、自分たちに向かってくる何艘もの救命艇が見えた。


「『見つけた』ってメッセージ。あの『趣味の悪さ』は父さんなの。すぐわかったわ。だから……ね」

≪問題は、イルカとカザリの父、どちらが先に見つけてくれるかでした≫


 よかったーー。危険な相手でない、そうとわかると、イルカはほっと胸を撫で下ろした。


「でも、ごめんね。せっかく宇宙に来れたのに……」

「どうして?」

「だって、連れ戻されちゃうでしょ?」


 カザリはプレアカの超お嬢様だ。イルカとは文字通り、住む世界が違う。きっと、これで本当にお別れだろう。


「そんなことさせないわ。救急艇を奪って、逃げちゃえばいいんだもの!」

≪推奨:ノンリーサルウェポンの使用≫


 イルカは苦笑しながら、カザリが出してきたパラライザーを受け取った。


「まったく、カザリは本当に……」

「行くわよ!」≪突撃≫

 ーーいい性格してるよ。本当。


 ふたりと一体は、救急艇のひとつに飛び乗った。



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