であう少女(前)
≪輸送船の軌道、ステーションから離脱を開始≫
通信の向こうで喝采があがる。ステーションを破壊し地球に落とそうとする凶弾ーー。弾というには大きすぎるが、ともかく、輸送船はステーションから離れていく。
「よかった……」
もうタロの手伝いは大丈夫だろう。カザリはマイクを握っていた手を下ろして呟いた。
輸送船を退けたことは、ステーションに住む人々だけでなく、地球の何億という営みを救ったことに等しい。偉大なことだった。
『よくやったなイルカは。タロたちが妨害しても、相手は軍用だぞ』
パラボの声も弾んでいる。彼はガンとしてステーションの整備場から動かなかった。最後まで逃げ出すヤドカリや船の面倒を見ていたのだ。
「そうね。感謝しないと……」
企みを防ぐことができたのはイルカが妨害をかい潜り、輸送船を押し返してくれたからだ。予告状の罠を見抜いたのはカザリだったが、ひとりでは何もできなかった。イルカがいてくれたからこそ、事態を未然に防げたのだ。
「……そういえば、そのイルカは?」
『あぁ? 待て。……おい、まだ動くやついるか? 至急だ! UN25を探せ!おそらく……ジャンクの中だ!』
パラボのひどく慌てた声色で、カザリは急に通信が遠い雑音のように感じた。まるで身体がぐるぐると回っているかのように、事実が自分を打ちのめしていた。
ーーイルカが帰ってきていない。
宇宙で行方がわからなくなること、その重大さはイルカが一番はじめに教えてくれたことだ。
カザリは座り込みたくなるのを堪えて、タロを胸に抱えて問いかけた。自身とタロを繋ぐワイヤーは不規則に瞬いていた。
「タロウさん。あなたならわからない? イルカは生きている?」
≪不明。先ほどの戦闘でジャンクが散り、レーダーが不調です≫
「サーモグラフィでわからない?」
≪不明。距離があり、正確な測定が困難≫
「……なら、パターンマッチングで場所は?」
≪不明。対象宙域には破損したヤドカリが多数存在≫
「『ヒトガタ』は、『ヒトガタ』なら探せる! あれだけ大きいのだから……」
≪不明。状況から、大破したと推定≫
タロは何を聞いても答えてくれなかった。ただただ淡々と告げるタロの様子はまるで、イルカなどどうでも良いように見える。カザリは思わず叫んだ。
「ふざけないで!」
カザリはタロを睨みつける。
≪……。≫
タロは無言だった。ただ、カザリと繋がるワイヤーだけは違った。これまで見たこともないほど強く光っている。きっと、タロはタロなりに、様々な手段を探しているのだろう。そうカザリは気づいた。
「……ごめんなさい。何かない? あなたは私より知識はある。必要なら、DANプロンプトを読んだって、開発者になったっていい。だから、お願い……」
≪……。≫
だが、タロは答えなかった。支援型随行ユニットのタロは高性能なAIだ。その彼で答えが出せない。それは、カザリにとって絶望的な事実だった。
「……大丈夫よ」
カザリは強く目をつぶって大きく息を吐いた。宇宙で泣くと、視界が悪くなるーー。それは、イルカに言われたことだ。
「わたしが、わたしも探しにいく。目視なら、見つかるかもしれない……。あなたのご主人さまは、わたしが絶対見つけてあげるから」
カザリはふらふらと、仮設のステージ端まで進んだ。イルカがいるのはいくつものヤドカリの残骸やジャンクの残骸が漂う空間だ。おそらく、真空の大海に落ちたヘアピンを探すよりも難しいだろう。
危険もある。限られた酸素量しかないし、ジャンクと激突すれば怪我は免れない。それでも、飛び出して探すことに躊躇はなかった。
≪……お待ちください≫
カザリとタロを繋ぐワイヤーがピンと伸びていた。自分を止めようと言うのだろう。命綱があろうとなかろうと、宇宙にヤドカリもなしに飛び降りるのは危険だ。自殺行為ーー、そう、イルカに言われたこともある。
「止めたってムダよ」
≪いいえ。私とあなたなら、出来るかもしれません≫
カザリとタロを繋ぐワイヤーは、微かに揺れ動きながらも、強く輝いていた。