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うたう少女

≪よろしいのですか?≫

「大丈夫。パラボさんが人、集めてくれたし」


 カザリが陣取るのは、廃輸送船からでっち上げた簡易ステージだった。ステージを守るように、数体の機体が巡回している。

 心許ない布陣には違いない。それでも、計算では十分対処できるはずだった。


≪違います。あなたとイルカのことです≫

「……」

≪あなたの計画では、あなたとイルカは離れ離れになる可能性が高い。それでもよろしいのですか?≫


 タロウの言葉にカザリは押し黙った。イルカが敵の物理的干渉を防いでいる間に、カザリとタロウで敵の攻撃手段を奪う。


 単純な作戦だから、成功への筋道はそれなりに立つ。問題は、敵がイルカとカザリ、どちらの方に来るかがわからないことだ。


「……イルカは大丈夫よ。『ヒトガタ』はとても強そうだったから」

≪はい。特殊作業用大型外装『壱型』は堅牢です。しかしながら、この拠点の防衛力には疑問があります≫


 敵は、ステーションを地球へ落とそうとする無茶苦茶な犯罪集団だ。歌姫への恨み—―、それがどんなものかはわからない。けれど、そんな連中の前で、カザリは歌わなければならなかった。


「じゃあ、暗号キーを変える? 『お経』ってのがあるらしいわよ」


 カザリは大げさに手を広げて、タロウに向けて首を傾けた。


 敵のAIからの防御は、単純に長いパスワードをリアルタイムに作り続けることが合理的というのがタロウの提案だった。ただし、単純な本など先が予想しやすいものではなく、拍や音程が変わるもの、ということで歌を選んだのだが—―。


≪『ロマンがない』というのが、あなたの本心であることは理解しました≫

「そうよね。わたしにとっては、一石三鳥……ううん。四鳥の策よ」


 タロとカザリを繋ぐワイヤーが不安を表すかのように、赤と青で揺れ動く。恐らくタロは様々な事例と照らし合わせて、リスク評価をしているのだろう。


「せいぜい地球に帰るハメになるくらいよ」

≪しかし、身の保証は≫

「……わたしはプレアカよ。殺されたりしない」


 殺すより、もっと良い使い道があるだろう。もっとも、思想というものはときに理性すらを飛び越えていくのだが。


「とにかく、わたしは歌うから」


 タロは困惑を表すように、イリデセントカラーを浮かべていた。


 --

 -


 L2宙域の暗礁空域に身を隠していたのは、輸送艦二隻と軍用ヤドカリ三機だった。軍用ヤドカリは一般的なヤドカリと異なり、居住区の代わりに増設バーニアを搭載している。そのシルエットはまるで、深海を進む捕食者のようだった。


「諸君。我々の悲願はもうすぐ成就する。歌姫の奇跡から、我々は十年、十年待ったのだ!」


 数名が無言のまま拳を挙げる。音もなく、光もない。冷たい宇宙の中で、彼らの復讐心だけが燃え盛っていた。


 ステーションの、回転駒のような全景がスクリーンに投影される。


「輸送艦は三号機までの出撃を確認次第、待機。三〇〇秒後に所定の宙域で回収して離脱だ。二号機、三号機は俺とステーションのエッジに輸送艦をぶつけるぞ。その後は、時間まで破壊の後、帰投だ」


 盗んだ輸送艦の軌道は、回転駒形式のステーション、その先端に向かっている。ここに高質量のジャンクを巻き込ませる。そうすることで、地球に沿った周天軌道は地球に向かう曲線へと変わっている。


「宇宙の民に歌を学ぶ資源はあるか!地球で当たり前の読み書きさえ、我々にはなかったにも関わらずだ! ……感じるか? この声を。言葉さえあれば良い! 歌は空気のある世界の象徴だ。宇宙には必要ない!」


 言葉の終わりに合わせ、一同は一斉に敬礼の姿をとった。


 --

 -


「見えた!」


 イルカは拡大鏡を払いのけ、レーダー上の4つの光点をタップする。光点はターゲットとして固定され、メインモニター上にフォーカスされる。


「……どれが。これだ!」


 そのうちのひとつだけが大きい。これが、盗まれたジャンクを積んだ輸送船だろう。イルカは繋がっているカザリとタロに呼びかける。


「見つけた! いま映像回したのが輸送船だ。周囲にヤドカリ三機!多分だけど……軍用!」


 輸送船に気を取られていたが、軍用ヤドカリも十分危険だった。≪ヘルダイバー≫の名を持つ彼らは、普通のヤドカリよりも早くて小回りも効く。


 大きな警告音がした。


「っ!」


 『ヒトガタ』が大きく揺れる。まだ敵機は遠い。きっと何かを撃たれたのだろう。このまま待っていたら、どうなるかわからない。

 イルカは距離を詰めようと斜行した。


「聞こえるか? パラボだ。居住区に張り付いてた奴らも映像で移動を始めた。もう少し耐えてくれ」

「……うん!」


 答えている余裕はない。ずっと警戒音が鳴っているし、息が苦しい。目の前で何かが強く光った。思わず顔を背けた瞬間、ものすごいGと大きな揺れを感じた。


「ぐ……。は。どこ? いない?」


 断続的な揺れと合わせて、左足に不自然な振動を感じる。アラート。敵はきっとそこにいる。


「どけ!」


 左足を精一杯持ち上げて、左手で払う。急な姿勢変更に、モニター端に警告が点滅するのが見えた。


 左手に振動を感じて、一機が弾き飛ばされたのがわかる。安心する間もなく、これまでにない大きな振動がイルカを襲った。


「っ! なにさあ!」


 右腕の付け根に一機の≪ヘルダイバー≫が噛み付くように、何かを突き立てていた。たぶん、回転刃の類いだろう。装甲の隙間を狙って、侵食していた。


「くそ!」


 ≪ヘルダイバー≫の位置は、『ヒトガタ』の腕の可動範囲外だった。イルカは輸送船に向かって加速する。輸送船への到達が早いか、腕が落ちるのが先か。瀬戸際だった。


「ぐ。う……」


 背中から大きな衝撃。続けて、右側からも。ようやく輸送船にたどり着いた。それに、右肩にいた機体も振り払えた。


 けれどイルカは、まるで強い眠りに呼ばれるように、意識が落ちていくのを感じていた。


「ま、ずい……。敵が」


 輸送船は動けなくなったイルカを置いて、ゆっくりステーションに進んでいく。手を伸ばそうとしても、動かない。すでに右腕は機能を停止していた。


ーーもう、限界……だ。イルカの目の前は白くなっていった。


『恋の予感は 甘い風にのって 勇気を出して』


 そのとき、歌が聞こえた。なぜ、カザリはわかるのだろう? イルカが欲しいときに、必要なときに届けてくれる。


 ザザ、とノイズ混じりに、平坦な声も耳に届いた。≪タロ≫からの通信だった。


≪敵輸送船のコントロール奪取開始。航路変更に支援を≫

「あぁっ! が……。まだだっ」


 イルカは無理やり足と腕を動かして、『ヒトガタ』を強制起動させる。続けて、叫ぶ。


「操作系統を『ヒトガタ』直結! ヤドカリのジェネレーターを最大出力!」

≪警告:航行距離が著しく短くなります。問題ありませんか?≫

「イエス!」


 帰り道の心配なんてする必要はない。イルカが、そしてタロが、きっと見つけてくれる。だから今は、何よりもステーションを。


『朝焼けの空に 託した電波を』


 輸送船との間に、動きの悪くなった≪ヘルダイバー≫が、這うようにやってくる。けれど、イルカはもう、迷わなかった。


「邪魔、するなら!」


 ≪ヘルダイバー≫に『ヒトガタ』の左腕が突き刺さる。その圧倒的な質量差の前に、≪ヘルダイバー≫は、崩れ去る。


『どこか遠い世界 あなたのもと』


 —―さよなら。振り返らずにイルカは呟いた。そのパイロットへの、短い葬送に。


 輸送船がぐんぐんと迫る。全体が見えていたのはほんの数秒前。いまは、その横部分しか見えない。


「っ。止まるな!」


 イルカの『ヒトガタ』は輸送船との接触に耐えきれず、崩れていく。それでも、イルカはただ、目の前の輸送船だけを見つめてバーニアを踏み続けた。


『もし届いたらいいな わがままかな』


 輸送船がステーションからのコースを外れたとき、『ヒトガタ』も崩れ去った。


 イルカは自身を守ってくれた半壊のヤドカリを撫でる。その指先の感覚はまるで、カザリの歌を響かせるように思えた。


「……届いて、いたよ」


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