おにたちの記憶 かぐや姫編
きれいな月の夜、布団の上で寝転んでいたかぐや姫は、何かに誘われるように外に出た。何も聞こえず、ただ月と星だけが自分を見ている。草を踏みしめる音が、
ギュ、ギュ
と感覚と共に伝わる。
暗闇ではあるが、日頃慣れ親しんだ道である間違えるはずなどなかった。ところが、いつもは聞こえないはずの水音が聞こえる。ボソボソと人の声のようなものも聞こえた。不思議に思いながらそっと覗き込んだ。この先は、普段は小さな広場になっているところだ。月明かりに照らされたこの日、そこは広場ではなく、小さな池になっていた。池の真ん中に金色に光る渦を巻いたようなものが浮かんでいる。その明かりに照らされて、衣を纏っていない人の後ろ姿が見えた。
。。。誰ぞ
金色の渦が強く光り、かぐや姫がいるところまで光が届くと、前にいた人は驚いてその姿を確認しようと振り向いた。屈強な大きな体に少し長い茶色の髪に目には緑色のものが光る。その瞬間、ゆっくりと時間が流れたように感じた。鼓動の音も一つ大きくなる。近づいてくる男にやや遅れてかぐや姫は後退った。
。。。こんなきれいな人はじめて見た。頭に角が1つ?
かぐや姫は驚きながら、しかし、目を離せずに縮まる距離を気にしながら更に後退った。
「で、きみは?」
耳に人の声が届く。先ほど、問いかけた声とは違う声だ。優しく聞いたその声の主に、
「かぐや と申します」
と、答えた。
。。。かぐや、かぐや。あぁ、月からのかぐや姫
鞠のような金色の光の渦が近づいてくると、呟きながらぐるぐると回っている。渦を巻いた金色のものがピタリと回るのをやめると、それが金色の小さな龍なのがわかった。
「そうか。。。きみは次の満月で故郷に帰るんだね」
金龍と目が合っている間、かぐや姫は、まるで吸い込まれるように夜空の星の更に上へと登っていく気がした。男性の声で我に返る。
「はい。その通りです。私は月の民ですから。」
金龍を司る者は地球の主
地球外から来た者にとって、誰もが知っていることであり、そして、誰もが出会えることではない。
。。。優しげな男は金龍と何をしていたんだろう
「私たちも星へ帰るところですよ。そういう神託が降りてしまったので。。。この土地に住む金龍の守り人たちは力を封じられ、来るべき時まで眠りにつくことになる。姿が人と同化したものは人として生きるでしょう」
ふぅ、と、小さなため息を付く。横を向いた顔が美しく見えたので、かぐや姫は心の中で玉虫という呼び名をつけた。かぐや姫は、
「。。。悲しいのですか」
と、地球の主が星を離れるということは何か大きなことがあった、あるいはこれから起こる。かぐや姫は遠慮がちに尋ねる。玉虫は、そうですね、と月を仰いだ。
「あなたもでしょう。。。」
そう言い、少し伏せた目がかぐや姫を捉えるとすっと手を伸ばし、かぐや姫の腕を掴むとあっという間に引き倒した。薄い寝着の上からお互いの素肌がピタリとくっついた。男の大きな体が重なり、身動きも取れない状態で玉虫は言う。
「これも何かの縁。。。私のややを生んでください」
妖しげに目が光り、返答する前に唇で唇が塞がれた。
朝、かぐや姫は布団の上で目が覚めた。いつものように朝を迎え、何も変わらなかった。玉虫とのことも、金龍のこともまるで夢のようだった。自分の指で唇を触れる。玉虫と触れた感触さえ、今では幻覚のようだった。
。。。金龍を司る者だもの。出会えただけで幸運
木戸を開け、空に目を向けると鳥が囀って飛んでいく様子が見えた。朝餉の支度をするために母親が動く音がする。それと同時にかぐや姫は床を片付け、廊下へ出て母親を追いかけた。侍女が付くようになってもご飯は一緒に炊き、一緒に食べることにしている。
。。。満月までもう少し、二人との時間ももう少し
月日はあっという間に過ぎるものだ。
かぐや姫が月に帰る前日、邸は大騒ぎだった。護衛や兵士が押しかけ、昼夜問わず部屋の前で見張っていた。夜遅くなっても、かぐや姫は目を瞑ったものの寝付けずに寝返りを打つ。
「。。。かぐや、かぐや」
優しげな声がする。はっと目を開けると、玉虫覗き込むようにこちらを見ていた。かぐや姫の頬に手を当て、そっと唇が触れる。心臓がドキドキ速くなるのを感じつつ、玉虫のされるがままになる。玉虫は、かぐや姫の両手を取って座らせる。
「明日、帰る前にお願いに来たよ。私のややを生んでください」
もう一度、玉虫はかぐや姫に言う。かぐや姫は、はにかむように笑うと
「光栄なこと」
と、言った。二人は両手を伸ばし、触れ合うと魂も触れ合い光がパチパチと弾ける。そして、二人の手の中に新しい魂が生まれた。
「ありがとう、かぐや。この子は明日、かぐやが帰った後、私の手の者を通してあなたの父と母に預けよう」
金色の輝きで包まれたと思うと、玉虫は姿を消した。かぐや姫は、ぐったりと疲れ果て久しぶりに深い眠りについた。
かぐや姫は満月の中、大勢の月からの迎えと共に帰って行ったと物語にある。その一方で、鬼たちもまた地球を離れようとしていた。
「桃太郎、ミトロカエシ防壁ご苦労さま」
桃太郎は、ミトロカエシという体から魂を離す術を跳ね返す結界を張りながら、後に立った金色の人影を見やる。
「主様。。。」
「さぁ。。。、もう結界を解いても大丈夫だ。」
フワリと手を重ねると、桃太郎の消耗は回復をした。主様と呼ばれた男は懐から手のひらに納まるような小さな籠を取り出した。籠の蓋を開け、その中をチラリと見せながら、
「お別れの前に君にお願いがあってね。これは、私と月の民との子どもだ。君の手から彼の者に渡して欲しい。そして、この娘を娶ってやってほしい」
と、言う。主様の手から小さな籠を受け取った。光に包まれた、可愛らしい娘だった。
「有難き幸せにございます」
主様は満足気に頷くと
「君の血族が永遠に栄えることを約束しよう」
と桃太郎の手を握った。自分が持っている力と別の力が湧いてくるのがわかる。
。。。桃太郎の別れのときじゃ
主様は大きな金龍になり、鬼ヶ城の上へと泳ぐように駆けて行った。桃太郎が、連絡を、と一言いうと、影から大きな鳥に乗った人影が、承知、と言い夜空へ消えて行った。