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第八話 屍猫

 五代十国の南唐の話である。

建康けんこうを流れる秦淮しんわい河のほとりを中年の夫婦が顔を伏せ連れ立って歩いていた。


「それをどうするの」


夫婦が顔を上げると、目の前に女が立っていた。

女は長い爪をしていて、高くまげを結い、被肩をかづいていた。

女は甘い香りを漂わせていたが、その香りは夫婦のうちの夫が抱えているものから発される異臭に打ち消される。


「それ、だなんて言わないでください。家族なんですから。なぁ?」


夫は腕に抱えた猫のしかばねに語りかけた。

妻は暗い目線を長い爪の女に向ける。


「頭がおかしいと思っているんでしょ。でも、子供のできない私たちにとって、この子は本当の……本当の家族だったのよ」


女は唇に爪を当てる。


「そんな風には思ってないわ。別れの苦しみは、他人がどうこう言えるものではない」


女はすたすたと夫婦の横を歩いていく。


「ただ、忠告しておくわ。たとえ、その子が戻ってきても、それは別者よ」


夫婦が振り向くと女は消えていた。


 夫婦は河に近づくと、愛猫の死骸を投げ入れた。

沈んでいく猫を見て、夫婦は落胆した。

それというのも、この秦淮しんわい河には一つの噂があり、夫婦はそこに一つの希みをかけていたからである。

夫婦がその場を去ろうとした時、猫の泣く声が河中から響いた。

夫は目を輝かせた。


「噂は本当だったのか」


それは、この河に屍を投げ入れると蘇る者がある、という噂であった。

夫は河の中で溺れそうにもがく愛猫、蘇った飼い猫を助けようと河の中に飛び込んだ。


「よしよし、今助けてやるぞ」


妻のほうはその光景を見ながら、先程出会った女の言葉を思い出していた。


“ たとえ、その子が戻ってきても、それは別者よ”


ふしゃあああ、という異様な鳴き声がこだました。

猫は突如として夫の顔を爪で掻きむしった。

目を潰された夫は、突然のことに慌て、河の水を飲んでしまった。


「あ、あなた!あなた!」


妻が叫ぶ。

猫は悠々と岸に辿り着くと、妻を見据えた。

猫は口角を吊り上げ、赤い口を開いている。

まるで人が嘲笑っているかのような、そんな顔であった。


妻の叫びに近隣の人々が気づき、若い男衆が助けに飛び込んだ。

しかし、夫は引き揚げられたときには既に息絶えていた。


死者が蘇る河や沼の噂は古来よりあるものだが、それはかつて其処で死んだ亡者が取り憑いているにすぎないのだと言う。

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