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第六話 家

 南朝の宋の時代に起きたことである。

夕暮れ時、湘東しょうとうのある街の端のたもとで、少年が座ってひたすらに河へ石を投げていた。


「坊や、どうしたの。お家に帰らないの」


少年が振り向くと、長い爪をした女が立っていた。

少年はこの爪で背中を掻いたらきもちよさそう、などと考えた。


「かかないわよ」


そう言って、女は少年の横に座る。


「あの家、変なんだ。帰りたくない」


少年はまた石を投げる。

小石が水面を跳ねて、飛んでいく。


「どんな風に変なの」


少年は俯いた。


「父さんや、母さん、兄ちゃんたち以外に、だれかいる。なんか、かもしれないけど。そいつは変なやつで、悪いやつだ」


少年は手の中の石をじゃりじゃりと転がす。


「そいつはいつもいるの」


「たぶんいつもいるんだと思う。でも、隠れてるときと出てくるときがあって、出てきたときは嫌な臭いがする。傷んだ魚みたいな」


「きみはそれがわかるのね」


「父さんに言ったら怒られるし、母さんはもうすぐ引っ越すから我慢なさいっていうし、誰も信じてくれない。……おねえさんは、ぼくの言うことを笑わないんだね」


女はどこか遠くを見ている。


「笑わないわ。それは、私の住む世界の話だもの。きみに覚えておいてほしいことがあるわ。よく聞いてね」


女は少年の頭に手を置いた。


「自分の感じることを大切になさい」


その声はまるで老婆のようだった。

少年が顔を上げると女は既に消えていた。


どんなに不気味な家でも子供は家に帰らなければならない。

少年は帰路についたが、その脚は家の前ではたと止まった。

むせかえるほどの悪臭が家から漏れ出ていた。


いる。

あれがいる。


少年の脚はがくがくと震え出した。


“自分の感じることを大切になさい"


少年はきびすを返すと、わあわあ泣きながら夕闇の街を駆けていった。


 その家では、少年の父の昇進祝いと送別会を兼ねた宴が催されていた。


「ぬはははは。この家も私が買う前は、やれ凶宅だのなんだのとくだらん噂がありましたが、私が来てからは何事もなく家運は増すばかりで、この度も栄転する運びとなりました。鬼だ幽霊だといったものは、まったくどこにいるのでしょうな。この家も、これからは凶宅どころか吉宅となるでしょう。ただで置いていきますから、お集まりの方で住みたいという方はどうぞご自由にお住みなさい」


そんな事を言って少年の父は酒を飲み干す。

少年の乳母がそっと近寄って耳打ちする。


「なんだと、馬鹿もん、早く探しにいかんか」


少年の父は乳母を怒鳴りつける。


「李大人、どうなされましたか」


「あ、いや、なんでもありません。さあ、みなさんどんどん料理も酒もおあがりください。私はちょいとかわやへ」


少年の父は廊下に出ると怒気を露わにした。

末の子が遊びに出たまま戻ってきていないらしい。

末の子は何を考えているかよくわからず、陰気で、可愛くない。

帰ってきたら折檻の一つでもしてやらないといかんな。

そんな事を考えながら厠に向かうと、廊下にむしろを巻いたような奇妙な物が浮かんでいた。

長さは五尺ばかりで、白い。

少年の父は座敷に引き返して、刀を取ると、その物体を斬りつけた。

筵のようなものは二つに分かれると、それぞれが白い人型のなにかになった。

少年の父はその二人をさらに横殴りに斬りつける。

二人は四人になった。

四人の白い何かは、少年の父から刀を奪い取ると、その場で斬り殺した。

そして、それは座敷に乱入して、その場にいた人々に襲いかかった。

客人はみな一命を取り留めたが、その家の者、李姓の者は皆死んだ。


この時、家を離れていて独り生き残った少年が、後に湘東の太守となった李頤りいである。

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