第十七話 応声虫
宋代のことである。
淮西の士人である楊勔は、凄腕であると評判の女道士のところに自身の悩みを相談しに行っていた。
女道士は有名な女仙を擬したものか、麻の被肩をかづき、錦の着物を着て、髪を団子に結い、長い爪を生やしていた。
女道士は名前を麻姑と名乗った。
楊勔は苦しげに相談を始めた。
「麻姑さま、私の悩みというのはすぐにわかります」
「麻姑さま、私の悩みというのはすぐにわかります」
楊勔が喋るとすぐに彼のお腹あたりから、別人の声で全く同じ文言が響いた。
「あら、これは中々珍しいものね。いつからそうなったの」
麻姑の言に楊勔が返す。
「中年に差し掛かった頃です。その頃から、私が喋ったことを、私の腹が勝手に反復して喋るようになってしまった」
「中年に差し掛かった頃です。その頃から、私が喋ったことを、私の腹が勝手に反復して喋るようになってしまった」
麻姑はおもむろに筆と紙を持ってくると、筆談をはじめた。
“これは応声虫という怪異の仕業です。応声虫に聞かれるといけないから、筆で伝えます。家に帰ったならば、薬学の書物“本草"を音読しなさい。お腹の声が止まった項目が、きっとこの虫が苦手とするものです"
家に帰ったら、楊勔は麻姑の言い付け通りに本草を読みはじめた。
雷丸、という薬の頁まで来るとお腹の声が沈黙した。
楊勔は急ぎ雷丸を買い求めた。
服用するたびにお腹の声は弱々しくなっていき、ついには消えた。
◇
楊勔が仕事のために長汀の街に行くと、往来に人だかりが出来ていた。
人だかりの中心で乞食が喋っている。
「あわれんでくだせえ。この奇病は治らんのです」
「あわれんでくだせえ。この奇病は治らんのです」
乞食が喋ると、乞食の腹から別人の声が間髪入れずに響く。
不思議なものだと往来の人は小銭を恵んでやっていた。
楊勔は人だかりがはけると乞食に近づいて言った。
「これは応声虫の仕業だ。この雷丸を飲めば治るぞ。わけてやろうか」
乞食は渋い顔をする。
「おいらは貧しくして他の芸がねえ。衣食を求めるには、これに頼るしかねぇだ。帰ってくんな」
すぐに応声虫が復唱した。