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第十四話 大王

 明の時代のことである。

陳西ちんせいのある村で農婦が井戸水を汲んで家に戻ろうとすると、もじゃもじゃの白髪の老人が軒先で倒れ込んでいた。

農婦が老人を介抱すると息を吹き返し、粥を食わせるとようやく人心地ついた様子である。


「ははは、道術を極めて空腹を感じぬようになったがために、何日も食べるのを忘れておりました。いや、申し訳ない」


男は確かに道士のような衣をまとっているが、ぼろぼろで、どちらかと言えば乞食の要素が勝っている。


「はいはい、かまいませんよ。これからはお気をつけてね」


「いや、世話になったのにお礼しないのは、このねい真人の男がすたる。何か困っていることはないかね」


乞食に居座られても困るだけだ。


「ありませんよ」


「目を離したすきに洗濯物や、作物が不思議と無くなったりしているのでは」


農婦の家では確かに度々そのようなことがあった。


「ま、まさかあなたが」


「あ、違う、わしじゃない。それは妖の仕業だ。恩返しに、この寧が退治してしんぜよう」


その夜、寧が居間で手を合わせて何か呪文めいた言葉をぶつぶつと繰り返すと、俄に空を黒雲が覆った。

そして、しばらくすると近くの森に稲妻が落ちた。

落雷の前後に甲高い叫び声が響いたのを農婦の一家は確かに聞いた。


「退治、したのじゃが……一匹取り逃したわい。」


寧は懐から麻の葉の紋様が描かれた鉄の札を取り出した。


「二十年後くらいかのう。再び妖に悩まされることがあったら、これを火の中に投じなさい」


寧はそう言って札を渡すと農婦の家を去った。


 農婦はその後の二十年間で何度この札をいっそ捨ててしまおうかと考えたかしれない。

それというのも、怪しげな道士や僧侶が幾度となく家を訪れ、鉄の札を見せてくれと言ってくるからだ。

ある者などは札を見せたらそのままひったくっていこうとしたので、それからは偽の札を見せるようにしていた。

そして、本物はいつも帯の中に隠すようにした。

また、二十年の間に、農婦は夫との間に娘をもうけた。

夫は不運にも病死してしまったが、娘は健やかにそして美しく成長した。

そうして二十年経ったその晩に、また怪しげな者が訪ねてきた。

その男は物々しく鎧った兵士で、農婦にこう告げた。


「大王様が今晩こちらに逗留される。失礼のないようにな」


「大王様?いったいどこの大王様で?」


「うるさい、大王様は大王様だ」


不安を覚えた農婦は娘に物置へ隠れるように言った。

しばらくすると、おつきの者を十数人引き連れて大王が現れた。

豪奢な袍を着て、ごてごてと宝飾品を身につけた、長い髭の大男である。

大王とその配下は強引に家に上がり込むと、宴の準備をしろとがなり立てる。

恐ろしくなった農婦はなけなしの食材で大王をもてなした。


「ばばあの酌では酒が不味くなる。お前には娘がいるだろう。連れてこい」


「いや、なんのことでしょう。私には娘など」


大王が目配せすると数人の配下が家探しを始め、ついに外に出た者が物置に隠れていた娘を捕まえて連れてきてしまった。


「やっぱりおるではないか、若いのが。どれ、近うよれ」


娘が震える手で酌をしていると、大王はその肩を抱いた。


「中々かわいい娘ではないか。我が輩の妻にしてやろう」


大王は嫌がる娘を抱きすくめると、無理矢理口づけしようとしてくる。

農婦は例の道士が言った二十年がちょうど過ぎたことを思い出し、使うならば今しかあるまいと考えた。

農婦は鉄の札を囲炉裏に投じる。

耳が裂けるかと思うような轟音と共に、部屋中が白く光り、煙に包まれた。

煙が晴れると、部屋中に服や鎧を着た猿の屍が転がっていた。

一際大きいのが娘にもたれかかって死んでいる。

これが大王の正体らしかった。

家の外に出ると、見張りをしていた一匹だけが難を逃れたらしく、農婦を見ると狼狽した様子で逃げ出した。

跳ねながら逃げるその一匹の前に、一人の女が立ち塞がった。

頭を団子に結い、肩から被肩をかづいている。

女は歳の頃は十八、九に見えたが、その貫禄は寧真人とは比べものにならないほどの重々しさである。


「寧のやつ、相変わらずやることが雑ね。これだから小僧は……」


女は猿の頭を素早く掴むと、その長い爪を猿の耳から差し入れた。

猿は悲鳴をあげる間も無く絶命した。

呆気に取られる農婦に女は言った。


「猿の頭目がつけていた宝石は、彼らが人間から盗んだ本物よ。売れば生活の足しになるでしょう。弟子の迷惑料として取っておいて」


女の言う通り、農婦は猿のお宝を売って一財産築き、それを元手に旅籠をはじめた。

やがて、若い男がそこに泊まって農婦の娘を見初めた。

その男は娘と結婚してすぐに科挙で進士に登ったため、一族は繁栄したという。

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