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第十話 鰐

 宋の天聖年間のことである。

潭州たんしゅう楽平港がくへいこう湘江しょうこうの支流であるが、その港の前で、李某という男が泣きながら筆を取っていた。

すると、背後から声をかけるものがある。


「あなたは何を書いているの」


李が振り返ると、長い爪をした若い女が立っていた。

女は河の生臭い匂いを打ち消すほどに、甘い香りを漂わせている。


「俺っちの弟がこの港の妖に喰われちまった。腕だけで戻ってきたんだ。お上に訴えても退治してくれねぇんで、神様に訴えてるのさ」


李は自作の訴状を女に見せた。

その訴状は、李の掌から流れ落ちる血で書かれている。

内容は暴虐をはたらく港の妖をどうか懲らしめてほしい、というものであった。


「それを血で書くのは誰かに教わったの?それともあなたの思いつきかしら」


「ただの思いつきだぁ。血で書いたら聞いてくれるような気がしたんでよ」


女はため息をついた。


「弟さんのことはお気の毒だけれども」


女は言葉を切った。


「自分で編み出した呪いには、大きなしっぺ返しがつきものよ。悪いことは言わないから捨てておしまいなさい」


女の声が老婆の様になったので、李はぎょっとした。

女は李を一瞥すると去っていった。

李はしかし、女の忠告を無視した。

彼は自分の書いた訴状を読み上げ、天に上奏しようと焚き上げた。


 李はその夜、夢を見た。

夢の中で、李はお白洲のようなところに座らされていた。

周囲を見渡して、李は驚き息を呑んだ。

自分の横に、長さは数丈あろうかという巨大なわにが鉄の鎖で縛られて置かれていたからである。

鰐は鼻の辺りにつののような盛り上がりがあり、目も黄色く爛々と光って、単なる蜥蜴の類を超えて化け物じみたものに見えた。

しばらくすると、お白洲の前に判官ほうがんのような格好をした男が現れた。

それの顔は血のように赤かった。

赤い顔の判官は鰐を睨みつける。


「裁きを申し渡す。楽平港の主は、この訴状にあった通り、自らの生きるに必要な量を越えて生類を殺戮し、暴虐をほしいままにしていた。その罪はまことに許しがたい。杖打ち百回による死罪を申し渡す」


判官は目を怒らせて、今度は李を睨んできた。


「次に、この訴状を書いた者、李某。天帝にこのような血生臭い訴状をもって上奏したこと、極めて不敬である。杖打ち十五回を申し渡す。閉廷」


目覚めると港は大変な騒ぎとなっていた。


「怪物の死体が打ち上げられたぞ」


「これは、なんとまあ大きな鰐だ」


「おい、この背中の傷はなんだ。まるで杖で打たれたような」


李は弟の仇が死んだことに喜ぶよりも、自分にこれから降りかかる災いを恐れて青ざめた。


"自分で編み出した呪いには、大きなしっぺ返しがつきものよ”


李は刑に遭うことを恐れて、至極真面目に、身を謹んでくらすように心掛けたが、数年後に些細な不注意から火事を出し、その被害は近隣の家数軒を焼くほどに広がってしまった。


捕まって下された罰は、杖打ち十五回であった。


幸いにも命は残ったが、一生背に痛みを抱えたまま暮らしたという。

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