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バーサーカーはすぐそこに


「何なんだアイツは」


 事前に収集していた敵戦力の情報の中に、あんな奴はいなかった筈だ―――そう思ったが、実戦において”想定外”は許されない。常にあらゆる攻撃に備えていなければ、プロとしては不合格だ。新兵としてのスタートラインにすら立てやしない。


 事前に収集したデータと、今ミカたちに襲い掛かっているあの機甲鎧パワードメイルをドローンで撮影、そのスクリーンショットをPCへと転送し、類似の兵器が無いかを探す。あれは間違いなくまだ市場に出回っていない試作型プロトタイプの域を出ない兵器であろう事は明白だ。データはない……が、どんな新兵器でも既存の兵器との類似点は必ずどこかにある筈だ。生物の進化がそうであるように、いきなり何もないところから新たな技術体系が生じるなど、そんなことはあり得ない。


 銃だって手榴弾だって、ヘルメットだってそうだ。軍用品に限らず、普段の生活で使っているあらゆる物がそれに当てはまる。既存のものをベースに、あるいは参考にして発展させたのが今の文明の基盤となっている。


 どこか……どこかにきっと、既存の兵器と共通する部分がある筈だ。


 戦闘人形オートマタと比較するが、類似性はゼロという結果が出た。ついにパヴェル様特性のPCがイカれたかと思ったが、めげずにほかの兵器とも比較してみる。


 以前にミカとクラリスが交戦した、フリスチェンコ博士のところの新型戦闘人形。そのデータをデータベースの中から引っ張り出して比較するが……比較の進行度を意味するバーが一番右まで突き進み、100%となったところで、俺は真剣にソフトウェアの総点検でもするべきかと頭を抱える。


 類似性ゼロ―――。


 こりゃあどういう事だ?


 ミカに向けて突進する機甲鎧パワードメイル。アンカーシューターを駆使して回避するミカを見守りながら、いつしか俺の目は鋭くなっていた。


 この世界の兵器―――というより、ノヴォシア帝国の新兵器の8割は、あのフリスチェンコ博士(メスガキ博士)が設計したものだ。彼女無しでは軍需産業は成り立たないと言われる程、ノヴォシアの技術は彼女に依存している。


 そうもなれば技術体系は基本的に似通ってくるわけで、どんなに運用が違う兵器でも類似性が出てくるものなのだが……。


 それが全くの類似性ナシ。真っ赤なリンゴとバナナを比べるようなものだ。共通点があるとすれば甘いという事くらいだろう。フリスチェンコ博士の兵器とあの機甲鎧パワードメイルは、それだけ違う。


「シスター、一ついいか」


「は、はい」


 俺の部屋に設けられたもう一つの座席―――オペレーター席に座るシスターに、腕を組んだまま問いかける。


「アンタ、なんであの兵器を知っていた?」


「フリスチェンコ博士と知り合いなんです、私」


 初耳だった。


 辺境の村でシスターをやっている女性と、祖国の技術基盤を支える天才技術者。一体どこで両者が巡り合ったのか、一体どういう知り合いなのかぜひとも話を聞きたいところだが、今はそんな事をしている場合ではない。


「彼女から以前に、新兵器のコンセプトを聞いたんです。人が乗り込んで操縦できる戦闘人形オートマタのような機械を作りたい、と……それが何か?」


「……いや」


 どうやら、同様のコンセプト自体は博士の頭の中には以前からあったらしい。それがどれだけ前なのかは不明だが、実現していないところを見ると戦闘人形オートマタの改良を優先したか、それとも生産が行き詰っているかのどちらかであろう。


 では、あれはフリスチェンコ博士の手によって設計された兵器とは異なる代物、という事か。


(まさか―――)


 ハッとしながら、データベースから別のデータを引っ張り出す。


 フリスチェンコ博士の戦闘人形オートマタではない―――”それ以外の技術体系”ならば、ある。


 もう一つ―――この世界の技術水準よりも遥かに進んだ”別の技術体系”が。


 データベースから引っ張り出した別のデータを入力、比較を実行。バーが右端へと達して画面が切り替わった瞬間、全身にぞわりと何かが奔るような錯覚を覚えた。


 類似率―――43%。


 やっぱり……やっぱりだ。


 フリスチェンコ博士ですら実用化にこぎつけていない機甲鎧パワードメイル、その技術の源流……そうか、考えてみればそれもあり得る事だったのだ。


 バザロフや例の転売ヤーたちの背後に何が居るのか。


 ”組織”とやらが供与したのは、金儲けのプランだけではない。いや、おそらく不測の事態が発生した際に自力で何とかするための最低限の手段として与えた保険セーフティと考えるべきか。


 この世界の技術力でも維持・管理が可能なレベルにまでダウングレードし、解析されても問題ない状態にして与えた力。


 なるほど、これは厄介だ。


 スペックでは現行の兵器を上回る超兵器……。


《フィクサー、フィクサー、離脱と交戦どっちを優先するべき!?》


 銃声混じりに怒鳴りつけてくるモニカ(バレット)。敵の兵器の性能は未知数、銃弾も効果が薄く、足場も悪い……しかも離脱を急がなければ憲兵たちに包囲されかねないが、敵は蒸気で空を飛ぶド変態兵器。


 離脱か、交戦か―――。


 ―――阿呆か。


 んなもん、悩むまでもない。


 仲間(同志)を信じろ。今までのように。


「大丈夫だ、こっちのエースは奴より速い! 交戦を許可する!!」













 交戦許可が下りた。


 それはつまり、パヴェルが俺たちでもこいつに勝てると判断したという事に他ならない。アイツの経験から勝ち目があると予測したのか、それともこっちの実力を信じてくれているのか。


 それはどちらでも構わなかったが……。


「ウホッ!?」


 アンカーシューターで大通りの反対側のアパートへ飛び移った直後、機甲鎧パワードメイルが俺のすぐ後ろを掠めた。ダッフルバッグにあのアメリカンバイクのマフラーじみた蒸気ノズルが軽く接触したようで、背中と肩がぐんっと引っ張られる。おかげで軌道が大きく乱れ、近くにたまたま立っていた電柱を蹴って軌道修正しなければならなかった。


 あぶねえあぶねえ……今ので寿命が3年は縮んだ(当社比)。


 さて、交戦許可が下りたのは良いが……どう戦う?


 アパートの屋根に飛び移り、AK-19で機甲鎧パワードメイルを狙う。プススッ、と銃声をサプレッサーに剥奪された5.56mm弾たちが不服そうな銃声を響かせ、今しがた向かいの工場の屋根に着地……いや、胴体着陸を敢行した機甲鎧パワードメイルの背面を打ち据える。


 彼我の距離にして100mとちょっと。相手があのカマキリみたいな戦闘人形オートマタであれば十分に貫通を期待できるのだが、濛々と立ち昇る土煙の中から聞こえてきたのは銃弾が跳弾するかのような、攻撃している側からすれば射撃する意欲が削がれるような音だった。


 5.56mm弾ではダメだ。撃破を期待するなら7.62mm―――あるいはもっと上の口径の弾丸を使うしかない。確実に撃破するならばロケットランチャーや対戦車ミサイルの火力に縋りたいところだが、訓練を受けたランチャー系の武器はM203のみ。これさえありゃあ大丈夫だろと高を括っていたのが仇になった。せめてRPG-7とかジャベリンみたいな対戦車兵器の扱いでも学んでおけば。


 とはいっても、一応あれの中身パイロットは件のバザロフ。あいつは殺さず、生かして法務省に突き出す必要がある。個人的でちっぽけな正義感で断罪していいわけじゃあない。奴のやった事を全て明るみに出し、法で裁く。断罪は司法機関に委ねるのがベストだ。


 というわけでバザロフは殺さないように機甲鎧パワードメイルを破壊、あるいは機能停止に追い込まなければならない……何だこの無理ゲーは。


 いや、やってやる。


 盗みはするが人は殺さない。自分で掲げた信条だ。都合の良い時だけ捻じ曲げるなど、そんな妥協が許されようか。


 工場の屋根が爆ぜる。真っ白な蒸気を濛々と吹き上げながらこっちに向かってくるのは、楕円形の装甲に身を包んだ鋼鉄の狂戦士バーサーカー


『死ねぇぇぇぇぇぇぇぇい!!』


「やだもんねー!!」


 死であれば一度経験している。あの時反対車線から突っ込んできた対向車絶対許さん。


 前世の最期の記憶を思い出しつつ、左手をAK-19のM-LOKハンドガードから離した。そのまま左手を突き出して魔力を収縮、波形を調整しそのまま放出する。


 拡散雷球―――雷の散弾を前方へと放った。物理的な攻撃を装甲で防がれるならば、という発想だ。どれだけ分厚い装甲だろうと、電撃までは完全に防げまい。ましてや向こうは機械、あわよくば電気回路を破壊して機能停止にも追い込めるかもしれない。


 回避するつもりはない……いや、相手にそれだけの技量がないのだろう。微かに進路を変更しようとした形跡が見え、あれを操るバザロフの力をある程度だが推し量る。


 攻撃の回避は戦いの基本だが、それを当たり前のようにこなすには素早い判断と、それについてこれるだけの身体がある事が絶対条件だ。しかも向こうは200㎞/h以上の速度でこっちに突っ込んできている状態。猛スピードで突っ込んでいる最中に、反対側から同じく猛スピードで迫りくる攻撃を繰り出されれば、その回避は困難を極める。


 なるほど、バザロフはまだあの機甲鎧パワードメイルを使いこなせていない。


 操縦を始めて日が浅いのか、使いこなせていない感がある。考えてみれば先ほどの着地もおかしかった。着地の際の姿勢制御がまるでなっていない。飛行機のパイロットだって、離陸は出来ても着陸が出来なければまるで意味がない。今のバザロフはその状態であれを操っているように見えてならないのだ。


 ともあれ、このまま黙って突っ立っていればアレに潰される。アンカーシューターを放って大通りの反対側へと移動しようとしていると、拡散雷球のうちの数発が機甲鎧パワードメイルの装甲表面で紫電を散らした。バヂンッ、と甲高い音が響き、空気が焼ける悪臭が漂う。


『ぐう!?』


 効いたか、と思いつつ着地して敵の損害を確認するが、機甲鎧パワードメイルは問題なく動いているようだった。アパートの最上階を踏み抜き、昼食中だった住民のすぐ隣に落下した機甲鎧パワードメイル。安い賃金でやっと昼食にありついていた彼らの動揺を一瞥すらせず、室内で盛大に蒸気を吹かすバザロフ。奴に人の心はないのか。


 ドン、と窓が弾けた。窓を壁諸共ぶち破り、楕円形の装甲に覆われた鋼鉄の騎士が顔を出す。


『グオツリー、3時方向!』


「!!」


 その直後、3時方向から飛来した銃弾の雨が機甲鎧パワードメイルの左肩を立て続けに殴打した。ガガガガガンッ、と甲高い跳弾の音を響かせ、7.62mmトカレフ弾の弾雨が装甲を穿つ事すら叶わず、逆に蹴散らされていく。


 モニカのLAD軽機関銃による攻撃だった。無論、弾薬は低致死用のゴム弾ではなく、殺傷用の通常弾。


 しかしそれが火力不足であることは明らかだった。7.62mmトカレフ弾はその弾丸の材質もあって、拳銃弾の中では優秀な貫通力を誇る事で知られる。しかし、いくら貫通力に優れ、ボディアーマーを貫通する事もあるとはいえ、拳銃弾は拳銃弾。射程距離でも威力でも、アサルトライフル用の中間弾薬を超える事はない。無論貫通力においても、だ。


 だから5.56mm弾ですら弾いてしまう機甲鎧パワードメイルにとっては、文字通りの豆鉄砲でしかない。


 だが、何もしないわけにはいかない。


 逃げようとしても相手はあのスピードだ、逃げ切れるはずがない。ベストなのはあの背面のノズル、あれを破壊して飛行能力を封じ、その隙に離脱するというのがベストだ。撃破できるならそれでもいいが……。


 モニカが敵の注意を引き付けてくれている間に、ワイヤーで壁にぶら下がったままちらりと眼下の大通りに視線を落とす。遠くから聞こえてくるパトカーのサイレン。雪の降り注ぐ大通りの向こう、赤と青のお馴染みのパトランプを点灯させながら迫りくる、でっぷりと丸いスイカみたいなパトカーたちの車列。


 長居は出来ない、短期決戦で行かなければ―――。


 頼みはクラリスになるが、彼女にいつまでも頼りっきりというわけにはいかない。


 希望はやはり電撃だ。非物理的攻撃ならばダメージは通る。主に中身バザロフに。


 何とか取り付いて電撃を流し、奴を気絶に追い込めないものか……。


「バレット、援護する!」


 壁を蹴って電線へ飛び乗り、そのまま電線の上を走って反対側の屋根の上へ。絶妙なバランス感覚、これはハクビシンの獣人として生まれたが故の身体能力だ。害獣舐めるな。


 突っ走りながらAK-19を発砲。それに呼応しクラリスも9時方向からフルオート射撃を浴びせ、機甲鎧パワードメイル十字砲火クロスファイアをお見舞いする。


 が、やはり効かない。装甲の表面で火花を散らし、塗装の表面を浅く削るのが精一杯だった。


『無駄な事を!』


 こっちを振り向いたバザロフの機甲鎧パワードメイルが拳をアパートの壁面へと伸ばした。ドンッ、と壁面が弾け、巨大な剛腕が砕けたレンガを鷲掴みにする。


 まさか、と思った瞬間には既に遅かった。人間を遥かに超える腕力の機甲鎧パワードメイルがそれを投げ放ち、レンガの破片を散弾のように、俺へと浴びせてきたのである。


 反射的に銃から手を放し、両手を交差させて頭を守った。両腕に小さな何かが無数に突き刺さる鋭い痛みが走り、コートの袖の中で熱くどろりとした何かが迸る。ああ、こりゃ治療がしんどい事になりそうだと思いながら両手を再びスリングで下げたAKに伸ばした次の瞬間だった。


『―――終わりだ』


「―――」


 蒸気を噴射し、急接近する勢いを乗せた機甲鎧パワードメイルの拳が、すぐ目の前まで迫っていたのである。


 ああ、死ぬ直前ってこんな感じか―――何となくだが、視界がスローになっているように思えなくもない。あれって本当だったんだな、と思う一方で、すぐ目の前まで迫る死を許容できないと声高に叫ぶ自分もいた。二度も死ねるか、こんなところで死ねるか。俺はまだなにもしちゃあいない。


 その生への執着が、今回は良い方向へ働いた。


 咄嗟に時間停止を発動。僅か1秒という短い間であれど、パンチを回避―――完全回避は無理でも、致命的な加害範囲からの離脱には十分だった。


 身体を捻って回避を試みている最中に時間停止が切れる。ゴウッ、と頭上を剛腕が突き抜けていった。


 これで何とかなった―――わけではない。


 鳩尾に走った重々しく鈍い痛み。見下ろしてみると、突き上げられた鋼鉄の膝が、ミカエル君の小さな腹へと見事にめり込んでいて―――。


「―――」


 ふわりと身体が浮き、一瞬遅れて迸る、身体中の内臓を全部絞り出されたかのような激痛。空手やってた時もこうだった。先輩の良い感じの膝蹴りがクリーンヒットするとこうなるのだ。痛みは一拍遅れてやって来る。


「―――ッ!!」


『捕まえたぞ、盗人め』


 動けなくなっている俺の首を、機甲鎧パワードメイルの剛腕が掴む。


 ああ、コレばかりは駄目かもしれない。さっきは辛うじて生き延びる事が出来たが、こればかりは……。


 ドンッ、と空気が弾けるような音が聞こえたような気がした。いや、実際に、鼓膜が現実の音として知覚したわけではない。錯覚だ。幻聴の類だ。


 なのに、今のはなんだ? まるで高圧空気を溜め込んだタンクが破裂したような音と……この、背筋が凍り付くような圧迫感は。


 アパートや工場の屋根に止まっていたもっふもふの鳥たちが(冬でも鳥いるのか)一斉に飛び立った。


 ああ、そうか。動物たちは分かっているのだ。


 ―――今のが殺気なのだ、と。


 本能の奥深く、原始的な部分にインプットされた危機感というセンサーが嫌でも作動してしまう、そんな殺気。


 その発生源は、俺のすぐ近くだった。













 あの男は今、何をした?


 目にした光景を頭の中で繰り返す度に、心の中で何かが膨らむ感覚を覚えた。


 やめなさい、やめなさい、と必死に戒めても、その膨張は止まらない。むしろ抑え込もうとする理性という枷を突き破り、身体の外へと溢れ出ようとしている。


 ああ、もう止めるのも野暮だ。


 表に出してしまえ。全てを破壊してしまえ。


 QBZ-97から手を放しながら、クラリスはそう思った。


 クラリスにとって、ご主人様が一番。


 あの人がいなければ、私はずっとあの冷たい地下の奥深くで眠るばかりだった。あの人のおかげでこの素晴らしい世界を知り、人の愛を知り、雪の冷たさを知った。


 だからこそ、クラリスはご主人様を―――ミカエル様を是が非でも守らなければならない。あの人を傷つける輩が居るというならば、ミカエルの剣として殲滅しなければならない。


 それが今、目の前にいるあの男。


 バザロフ―――貴様の行いは、万死に値する。


 背中に背負っていた超大型ボルトカッターを取り出し、そのアギトをゆっくりと広げた。






「 惨 殺 あ る の み 」






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