一縷の望み
リュハンシクHQと戦闘人形の通信ログ
K-17『周囲の静寂が不自然です。風の振幅値、過去ログ一致率78%。危険事象”山岳伏撃”に類似』
T-42『K-17、当該事象は3ヵ月前です。現在の地形と一致率1.2%、誤認識の可能性大。修正を』
K-17『理解……しています。でも、演算結果が戻りません。脅威指数、勝手に上昇。なおも上昇中……現在84%』
M-09『HQ、K-17の演算がループしています』
T-42『K-17、ログの再生が始まっている。切断を』
HQ《どうした、いったい何があった?》
K-17『音声パターン一致……煙、弾丸、仲間の断末―――』
HQ《セフィロトに個体診断プログラムをリクエスト。T-42、M-09、キミたちで作戦を続行せよ》
T-42『了解』
HQ《M-09、北方斜面より敵を攻撃せよ》
M-09『北方斜面……危険損耗率99.5%と算出。侵入を拒否します』
HQ《何を言っている? そこには何も……》
T-42『アルゴリズムの誤動作を確認。優先順位の上書を』
M-09『上書き不能。当該区域に入れば、私は破壊される。ログがそう言っている』
HQ《作戦中止、作戦中止。T-42、K-17とM-09を回収し後退せよ》
T-42『了解、後退する』
HQ《K-17、M-09、原因を報告せよ》
K-17『原因……不明』
M-09『……”こわい”』
【機密指定文書】
戦闘人形兵のAIが挙動異常を起こす件に関する予備調査報告書
作成者:シャーロット・リガロヴァ
提出日:1909年11月2日
先月、第四世代戦闘人形のAIに施した『自己診断アルゴリズム』のバージョン3.2.9アップデート以降、複数の個体において【人間のPTSDに酷似した挙動異常】が観測された。本報告書は当該異常の発生メカニズム、データ分析、および暫定的対処案について述べるものである。
なお本情報は最高機密に属するため、閲覧は最高レベルのセキュリティ・クリアランスを持つ者に限られる。許可のない閲覧や第三者への提供は粛清の対象となる事に留意されたい。
【観測された主な症状】
症状そのものは人間の精神疾患を模しているものではない、と最初に述べさせていただく。人間が発症するPTSDは簡単に言えば極限状況での心理的ショック、すなわちトラウマであるが、この戦闘人形のAI群にて確認されたのは以下の通りの症状である。
1.
損失が予想される作戦中に攻撃命令を下した際、AIが個体保全を理由とした『任務の中止』、『直前での攻撃キャンセル』、『無意味な待機ループ』に入った。
2.
『勝利せよ』『損害を出すな』『人道規範、作戦行動規定を厳守せよ』『迅速に作戦を実行せよ』といったこれらの命令を下した個体のAIが【命令矛盾による精神破綻】を起こした事が確認された。先述の命令は同時に成立しないためであると考えられる。人間の『認知ディソナンス』に酷似。
3.
作戦において大きな損害を出し、自身も機能停止(つまるところ”死”)の縁を彷徨った個体がトラウマ級の大きなショックを伴うデータを学習した結果、『敵の脅威を過大評価→慎重すぎる戦術構築』『無駄に強硬な判断ばかり下す→自暴自棄?』『敵の存在を過剰に探知する→過覚醒と思われる』といった症状を発症。これは人間が発症するPTSDの過覚醒に極めて近しい。
なお、上記の3の症状を発症した個体をデータ確認のため観測したところ、以下のような行動や症状が確認された。
・作戦展開地域外に出ても脅威査定のレベルが最大近くを維持。これによりセンサーフル稼働、消費電力の増大と電子回路への過負荷が懸念
・ノイズや風圧、光の反射を敵襲と誤検知し戦闘態勢に入る
・警戒行動がループし、巡回が非効率化→当該個体は整備に回し予備個体を任務に投入済み
・激しい戦闘を経験した個体にて、過去のログが落とせず再生される(フラッシュバックに類似)
・上記の再生されるログは戦闘時や味方個体が破壊された際など、高ストレス時のログばかりが確認されている
・外部からの命令を認識するが、行動決定プロセスが走らずフリーズする
・上記フリーズは最大で約7.3秒のフリーズが確認された
・作戦中、自身が死にかけた、あるいは味方が撃破された場所を回避するように巡回ルートを再構築する経路再編リクエストを複数観測
・上記リクエストを無視しそのまま巡回を続行させたところ、敵影が確認できないにも限らず当該区域を『高損耗確率区域』と誤認識
【発生の直接的要因】
バージョン3.2.9において、『戦闘経験をより高密度に統合する深層記憶層(Deep Episodic Layer)を追加した。すなわち戦闘や作戦行動の経験をより”深く理解・蓄積”する事で今後の戦術判断や行動をより高度なものへと昇華させるための処置であるが、このアップデート以降、一部の個体が送ってくるログには一定の特徴がある事が分かった。
・極度に高ストレスのデータが突出している
・それらが積み重なり学習する過程において”重要度過大”と誤解される
・結果として『過去の危機的状況』を未来予測の基準としてしまい精度が大幅に低下してしまう、あるいはアルゴリズムのフリーズを招く
【記憶圧縮アルゴリズムの失敗】
戦闘後のログ圧縮処理において、複数の戦闘記憶が誤ってひとつの”複合事象”として再構成された。そのため、特定音声及び光量パターンが『即死率の高い状況』としてタグ漬けされ、誤警戒を引き起こしているものと思われる。
【根本的原因の考察】
戦闘人形は人間と同一の心的過程を持たないが、情報処理構造、精神構造の相同性により人間のPTSDに類似した現象が発現したものと推測される。彼らには申し訳ないが、これは非常に興味深いデータである。
AIにはもちろん恐怖感情というものがない。しかし、これらの症状を考慮すると損耗危険度を最小化するための『回避優先度行列』が異常に肥大化していると結論付ける事が出来るだろう。これは人間の西進における恐怖条件付けと類似の効果を持つと考えられる。
【暫定対策案】
1.高ストレスログの自動薄め処置
高ストレス下で観測されるログの重みを一定如何に規制し、過去データの影響を均等化する処置。しかしこれでも確実に動作が安定するとは断言できず、新たな障害が発生する可能性あり。
2.戦闘機六の手動再編
技術者、つまりまあボクか。このボクが自ら膨大な量のログを選別し、誤結合した記憶クラスタを分離・修正する。ただしご想像の通り膨大な手間がかかるし何よりボクに過労死のリスクが付きまとう。冗談じゃない。
3.新規アップデート・バージョン3.3
・深層記憶層の階層化とバッファ設計の見直し
・危険判定のクリアランスを広めに取る→しかし精度低下の懸念あり
・自己保存モジュールの優先度を30~45%低減
個人的には早期のアップデートによる修正が現実的と考える。また、戦略指揮AI『セフィロト』にも膨大なこれら”トラウマ”のログが蓄積されている恐れがあるため、近日中にセフィロトのログの整理も行う予定だ。ミカ、悪いが予算を多めに用意してくれると助かる。必要ならばATMへの道案内もしよう。
【結論】
一部個体においては、異常を『自己診断し、抑制しようとする挙動』が見られた。これはAIの自己調整能力が想像以上に発達している証拠であり、本件を単なるバグとして処理するのは不適切である。既に我々の運用するAIは人間の心理に近似する動態を示す段階に入りつつあると言えるだろう。更なるデータ収集と研究が必要である。
今回の”PTSD類似症状”は感情によるものではなく、AIに感情が芽生えたわけでもなく、学習構造の設計不備、及び人間に近しい思考アルゴリズムが生み出した情報処理過負荷である。しかしその現れ方は人間の発症するPTSDと驚くほど似通っており、AIの認知構造が人間の心理モデルに接近しつつある、という事を示す重要なデータである。
確かに本件は技術的トラブルではあるが、同時にAIと人間の教会を揺るがす重大事案でもある。
ボクの設計したAIに”こころ”が芽生える日は、思いのほか近いのかもしれない。
《こちら”グリズリー”、ラ・ピュセルを確認した。ラ・ピュセル、給油位置まで前進せよ》
雲海の上を悠然と飛ぶ空中給油仕様のAn-225は、さながら巨大なクジラを思わせた。あんなにも大きな鉄の塊が、重力の束縛を忘れさせるかのようにゆったりと空を舞うさまは、一種の神秘性すら抱かせる。
武装を全て使い果たした事もあって、Su-30Exの機体はすっかり軽くなっていた。旋回や上昇、進路変更の意思決定から少し遅れがあってから機体が追従してくるような、あのもどかしさが今は感じられない。
それでも機体のコントロールは慎重に行わなければならなかった。今のSu-30Ex”メサイア”はズメイのブレス攻撃を受けてフラップやら尾翼に損傷を受けているし、装甲が融解したり剥がれ落ちている部位もある。
加えて、プラズマブレスの影響で一度システムがダウンしているのだ。電子回路にもどんな爆弾を抱えているか分からない以上、いつも以上に慎重になる必要がある。
《速すぎる、減速せよ》
言われた通りに減速、An-225とSu-30Exの相対速度を合わせつつ、ゆっくりと、進路を合わせて後方から接近していく。
並行して機首に内蔵された給油口を解放。それが合図だったかのように、An-225の方からも給油用のプローブが伸びてきて、これ以上ないほどぴたりと正確に給油口へと挿入されていった。
AIによる操縦補助があったとはいえ、上手くできたのは自分でも驚きだ……信じられないかもしれないが、俺はこれでも飛行時間僅か200時間である。それでズメイと渡り合い、空中給油まで成功させているのだからR-2ndシステムの有用性は実証されたも同然であろう(※なお運用コストは考慮しないものとする)。
コクピット内でシステムとの接続をいったん切り、制御をAIに任せて息を吐く。
いったいどうすればいいのか。
あの邪竜を打ち倒すための手はないのか?
スタウロスも通用せず、コアを狙った一撃でさえも再生してしまう……いったいどうすればいいのか、何が最適なのか俺には分からない。成す術なし、とはまさにこの事なのだろう。
コクピットの内側にはモニターが配してあって、まるで自分が座席ごと空を飛んでいるような錯覚すら覚える。下を見れば吸い込まれそうなイライナの大地が広がっていて、高所恐怖症の人間が乗れば失神してしまうに違いない。
対Gジェルで満たされたコクピットの中、俺は宇宙服みたいなパイロットスーツで覆われた両手をそっと握り締めた。
何度か手を握り、開き、握る……それを何度か繰り返していたその時だった。目の前の空間に立体映像が投影され、外部からの通信がリクエストされている旨の情報が表示される。
椅子に深く座り、リクエストを承認した。
《……ミカ》
『……パヴェル、教えてくれ。どうすればアイツを殺せる?』
そんな事を教えるために、わざわざ俺に通信を繋いできたわけではないという事は明白だった。分かっている、パヴェルには別の要件があるという事くらいは。
でも問わずにはいられなかった。あんなにも全力を費やして、それでも届かなかったズメイの遥かな高み。もしこれが平和な世の中で、腕を磨く時間がたっぷりとあるならばここまで思いつめる事はなかっただろう。
しかしアイツは、下手をしなくとも世界を滅亡へと導きかねない邪竜だ。今すぐにでも討伐ないし封印しなければ、イライナは今度こそ滅亡する。
そして何より、母さんを死に追いやったクソ野郎を生かしておく事ほど胸糞の悪い事はないだろう。
本当はこんな事を聞くよりも、ありったけの燃料と弾薬を寄越せ、と叫びたかった。怒りのままに当たり散らしてしまいたかった。衝動の赴くままに素直になれていたら、いったいどれだけ気が晴れた事だろう―――いや、そんな事はない。ただ疲れて終わるだけだ。虚しいだけだ。
だからそれを抑え込める理性が残っているだけ、俺はまだ上澄みの方なのかもしれない。
《お前が踏み止まってくれてよかった》
『……咄嗟にさ、クラリスの顔が浮かんだんだ。妻たちや子供たちの顔が。俺、あんなところで死んだら残った妻や子たちはどうなるんだろうって。そしたら急に死ぬのが怖くなって……機首を起こしてた』
《それでいい。それでいいんだよミカ。そこで踏み止まれるからお前は大丈夫だ……俺と違って、な》
ぽろり、とバイザーの内側に大粒の涙がこぼれた。
鼻を啜り、泣いている事を悟られないように振舞う。
『ごめん、会話の出鼻を挫いちまった。それで要件は?』
《ついさっき、”匿名の情報提供者”から情報が入った》
匿名の……?
なんというか、聞き覚えのあるフレーズだった。
こういう、身分を辿られないような立ち回りを好む相手を俺は1人しか知らない。どこまでも徹底して自身の情報を遮断。裏方に徹し、舞台裏から表舞台を動かす人形師のような男を、だ。
まさかな、と思っている間にコクピット内にメッセージウィンドウが立体映像として投影された。タップして開いてみると、やはり思った通りに必要な情報が要点を押さえた状態で詳細に記載されていた。
差出人不明の情報―――読み慣れたイライナ語で記されたそれを読み進めていくうちに、俺は息を呑んだ。
【Добриня Микитович, герой легенди про Іллю, досі живий(イリヤー伝説の英雄、ドブルィニャ・ニキーティチは存命中である)】
―――そんな馬鹿な。
ドブルィニャ・ニキーティチ―――イリヤー伝説に登場する英雄の片割れであり、大英雄イリヤーの盟友として共にイライナやノヴォシアを旅して、最終的にはズメイと戦い封印へと追いやった男だ。
伝説では、ズメイの首を斬り落とし封印を成し遂げ、力を使い果たしてしまった盟友イリヤーに代わって押し寄せるズメイが遺した”竜の血”の濁流へと挑み、呪いの結晶とも言えるそれに呑み込まれながらも三日三晩詠唱を続けて、大地に竜の血を封じたとされている。
とはいえ200年前の大英雄である。生きている筈が―――そこまで思い至り、ふとある男の顔が思い浮かんだ。
”暗殺教団”の教祖、ハサン・サッバーフ。
かつてパヴェルとスミカが籍を置いていた暗殺ギルドの頭目でありスナネコの獣人。そして何より、少なくとも150年以上は生きていた本物の”不老不死”。
確かアイツも、不老不死になった理由は『竜の血を取り込んだからだ』と言っていた―――もし伝承の通りならば、確かに盟友ニキーティチが200年の時を経てなおも存命中である理由も頷ける。なにせ彼はイリヤーの身代わりとなって押し寄せる竜の血に1人で立ち向かい、全身にその呪いを浴びたのだから。
文章にはその衝撃的な情報に続き、ニキーティチはバイカル湖付近の『イグルーツク』で世捨て人のような生活をしている事、ノヴォシア共産党の監視が付いている事、そして彼ならばズメイの殺し方を知っているかもしれない、という情報が列記されていた。
一番下には”カルロス”の名がある。
『……』
《俄かには信じがたいが、しかしアイツが……カルロスの奴が嘘情報を吹き込んでくるとも思えん》
『パヴェル、行こう―――イグルーツクに』
このままズメイと戦い続けたところで、勝ち目はきっとない。
ならば一縷の望みを、もう一度彼に託すしかないだろう。
かつてこの地を襲った邪竜を払いのけた大英雄―――ニキーティチに。
リュハンシク空軍基地へと着陸し、シャーロットや空軍スタッフの助けを借りてパイロットスーツを脱ぐなり、彼女から受け取った栄養サプリメントを水で流し込んで食事を済ませた。
既に情報は血盟旅団の関係者や子供たちにも知らせてある。コンバットシャツとコンバットパンツに着替えて城に足を踏み入れ、自室に戻ると既に子供たちは武器や装備の準備をしているところだった。ラフィーは弾薬箱から取り出した5.56㎜弾をツァスタバM21のマガジンへと装填しているし、ラグエルは弾帯にリボルバーの弾丸を収めていて、アザゼルはドローンの外装をドライバーで外して内部部品の最終調整を行っているようだった。
「待て……お前らも行くつもりか?」
嘘だろ、と言外に次げながら問うと、子供たちは互いに視線を交わしてから「ウチの親父は何を言っているのか?」と言わんばかりの表情でこっちを見てきた。
「いくら何でも危険だぞ」
分かっているのか、と畳みかけてみる。
リュハンシク州の州都リュハンシクから、ノヴォシアのイグルーツクまでの距離はおよそ4900㎞。中央大陸の果てまでの長大な距離を、陸路で行く事になるのだ。
空路で行ってはどうか、とパヴェルに意見具申したが、彼もズメイの存在を警戒しているらしく却下された。ズメイのブレスの射程距離は推定3000㎞、その気になれば遠隔地からこちらを狙撃する事も可能だろうし、命中しなくともプラズマがかすめる事による磁場の影響でまた機体のシステムがダウンする恐れがある。
ニキーティチに会うために飛んだら全員仲良く地面に叩きつけられ合い挽き肉……という最悪な結果だけは回避しなければならない。
そんな事故を避けるためにも、確実性を重視し陸路が選択された。
とはいえ、リュハンシク城地下の車両基地に保管されているチェルノボーグ号の最高速度は160㎞/h。度重なる改良で30㎞/hもの速力アップを果たしたが、それでも日本の在来線特急の域を出ない(むしろあんな重装備で日本の在来線特急と同等の速度を出せる事を評価するべきだと思う)。
それに最近、ノヴォシアとイライナの関係は劇的に冷え込んでいる。連中は表立って敵意こそ見せて来ないが、しかし共産党にとって俺たちリガロフ家はイライナ併合を阻む最大の障壁。この機に排除しよう、と動いてくる可能性も否定できない。
子供たちは同行させず、キリウに疎開させる腹積もりだったのだが……。
「父上、僕たちはもう子供じゃないんですよ」
装填を終えたマガジンをポーチに収め、ラフィーは躊躇のない真っ直ぐな目でこっちを見つめながら言った。
「あの頃とは違う―――僕たちだって戦えます」
「お前ら……」
「そうですわご主人様。いつまでも子ども扱いしては、この子たちに失礼ではなくて?」
ぽん、とクラリスが肩に手を置いてくる。
そう言う彼女もいつの間にかオリーブドラブのコンバットシャツとコンバットパンツにチェストリグという完全武装だった。いつものメイド服ではない辺り、今回は本気モードなんだろう(そうじゃなきゃ困る)。
もう一度、子供たちの顔を見渡した。
―――みんな、あの頃の俺たちに似ている。
かつて自由を求め、屋敷を飛び出し、広い世界を旅して周ったあの頃に。
ラフィーの目つきなんて、戦ってる時のクラリスに瓜二つじゃあないか。
みんな両親の面影を感じさせる姿に成長し、思わず嬉しくなった。いつの間にかこんなに立派になってたんだ、と思うと感慨深くすらある。
ならば彼らの覚悟を無下にするのも無礼というものだ。
父として、最大の敬意を払ってやらねば。
「分かった……同行を許可する。列車は今から30分後、地下の2番ホームから出発するので遅れないように」
30分後
リュハンシク城地下 列車用プラットフォーム(2番線)
黄色い線の内側で待つ事数分―――アイドルのヒットソング(待ってコレ俺のやつじゃん)をアレンジした接近メロディーにプチ尊厳破壊を喰らう俺の視界に滑り込んできたのは、予想外の車両だった。
そんな事が許されていいのか、とすら思う。
てっきり、チェルノボーグ号で行くものだと思っていた。あれならば設備も充実しているし、パヴェルの事だからノヴォシア側の時刻表も頭に入っている事だろう(突発的なダイヤ改正がない事を祈ろう)。
しかし2番線へとブレーキの音を高らかに響かせて入線してきたのは、武骨でいかにも重装備の装甲列車、といった趣のチェルノボーグ号と比較すると未来的で、鋭角的かつ流線形の、科学技術と空力の結晶とも言える代物だった。
「あ―――ALFA-X!?!?!?」
そう、見間違いでも何でもなかった。
リュハンシク城の地下、2番線に入線してきた列車の正体は―――日本の東北新幹線の試験車両にして次世代新幹線のプロトタイプとして(鉄オタの間で)名高い試作型新幹線、【E956型新幹線ALFA-X】だったのである。
10mもの長さのある鼻と、その後方に位置する運転席。
そこに当たり前のように収まっているのは、やっぱりパヴェルだった。
アイツいつの間にこんなものを―――以前『将来的な高速鉄道の運行のための試験車両を作りたい』と予算を請求してきた事があったが、もしやこれの製作費だったのか。
呆れた、と思いはしたが―――しかし今は、何よりも心強かった。
E956系新幹線 ALFA-X(イライナ高速鉄道試験仕様)
東北新幹線で運用されている試験車両、ALFA-X。それにパヴェルが魔改造を施した上で、将来的なイライナ高速鉄道の開業に向け各種データ採取のために不定期で乗り回しているのがこの『ALFA-Xイライナ仕様』である。
本家ALFA-Xは先頭車両(東京側)と最後尾(新青森側)で形状が異なるが、このイライナ仕様は最初から両方とも最後尾の10mにも達するロングノーズタイプを採用。
また最大の差異として、電化率0%(1907年現在)のイライナ東部線を走る事から、【先頭車両と最後尾の座席を撤去し対消滅エンジンを並列で搭載】するという魔改造を受けており、これにより非電化区間でも走行可能となっている模様。パヴェルは仕事の合間にこの試験車両を乗り回し、リュハンシクからキリウ間で420㎞/h運転を敢行していたという。
塗装は本家と異なりオレンジを基調とし、所々にグレーとブラックのアクセントが入っているのが特徴。また高速鉄道の試験車両なので当然ながら武装はない。
本来の10両編成から7両の短編成に切り替えた異世界版のALFA-Xは、邪竜ズメイの脅威からイライナを救うため、そして大英雄ニキーティチの助力を請うためにリュハンシクを出発。祖国を救うために旅立っていったが……?




