雷獣の一撃
ラグエル(5)「父上! ぼくね、大きくなったらガンマンになる!」
ミカエル君「おーカッコいいなぁ。頑張れよ」
ラグエル(8)「父上見て見て! ファニングショット!」
ミカエル君「うおすっげ、本格派じゃん」
ラグエル(15)「50m以内であれば0.1秒以内に12人殺れる。試してみるかい?」
ラファエル君「父上、弟がマジで早撃ちの達人に」
白目ミカエル君「リボルバーの撃ち方褒めただけなのにここまでやるとは」
「ステファン様!」
兵士の肩を借りながらよたついて戻ってきたステファンにヴィリウ守備隊の兵士たちが駆け寄ってきた。
中には兵士たちだけではなく、リガロフ家の私兵部隊や彼の妻オリガの姿もある。
すっかり尻に敷かれ、夫婦の関係も冷え込んでいたステファンとオリガ。しかし貴族としての務めを果たし、邪竜ズメイに一矢報いて戻ってきた夫の姿を見るなり、オリガは目に涙を浮かべながら駆け寄った。
あなた、と心配そうに叫びながら駆け寄ってきた妻を抱きしめながら、ステファンは思う。
いつぶりだろうか―――こうして妻と抱擁を交わすのは。
どちらかというと気の弱いステファンは、エカテリーナの一件以降すっかり意気消沈。一族の実権をオリガに明け渡す事となってしまい、あの日を境に夫婦の関係は一気に悪化したように思う。
ヴィリウに隠居してからもそれは同じで、お互いに言葉を交わす事もなく、同じ屋根の下で生活しながらもお互いの間に壁があったような、そんな息苦しさすらあった。
こりゃあ熟年離婚の危機か、という事も考えていたステファン。それ故にボロボロの夫を涙ながらに出迎えた妻の本心に、おもわずじわりと涙を浮かべてしまう。
「避難所に……先に逃げていろと言っただろう、オリガ」
「何を言うのです……夫がこんなにも頑張っている時に、私だけおめおめと逃げられますか」
よく見ると、オリガの腰には幾何学模様の描かれた短剣があった。
イライナの英雄の一族、リガロフ家の嫁いだ際に彼女の父から贈られた魔術の触媒であるという。よく見るとオリガも先ほどまでの服装ではなく、軍服のようなデザインの戦闘服に身を包み、背中にはボルトアクション式の小銃まで背負っていた。
彼女も戦うつもりなのだ。
唐突に、空で爆炎が爆ぜた。
頭上から押し付けてくるような轟音に、思わず視線が空を向く。
「空ではいったい何が……?」
「まるで雷のような……」
「―――ミカだよ」
「え」
明けつつある空の中―――ここからでも視認できるズメイの巨体と、その邪竜と背後を取り合う機械の飛竜たちの姿。
次の瞬間、ギュアァッ、と甲高い音と共に空が裂け、衝撃波の渦輪が幾重にも空に刻まれた。その一撃はズメイを捉える事はなかったが、しかしその通り道にはうっすらと紫電がうねり、雲海に穿った大穴が破壊力を雄弁に物語る。
東洋には、雷獣にまつわる伝説がある。
雷を自在に操り、時折落雷と共に地上に姿を現す事がある、と。
若い頃、東洋の商人から購入した書物で見た伝承―――それが今、高度な科学技術により現実のものとなっている。
「ミカって……あの庶子の?」
「ああ、そうだ」
もうあの子を、ステファンは庶子とは思わない。
確かに不貞の証であり、自らの恥部でもある。しかしそんなものは自分にとっての事情でしかなく、生まれてきたミカエルには何も関係ない話だ。
自らの不甲斐なさを子のせいにするのは、もうやめにした。
だからなのだろう―――隣に立つオリガには、夫の表情から何か憑き物が落ちたような、そんな清々しいものに見えていた。
「よく見ていなさい……我々はきっと、新たな伝説の誕生を目撃する事になる」
勝てよ、ミカ―――ステファンの言葉には、我が子への想いと期待が確かに込められていた。
《警告。レールガン『トールハンマー』、残弾1》
クソ、と悪態をついた。よりにもよって虎の子の一撃を躱されてしまうとは。
砲身の過熱を受けレールガン『トールハンマー』の砲身上下にある放熱パネルが展開。強制注入弁と高圧ポンプの働きにより注入された冷却液が瞬時に蒸発し、蒸気となって放熱パネルから溢れ出る。
それと同時に砲身冷却までのタイマーがスタート。2分という長い冷却時間に舌打ちしつつ、リボルバーカノンでズメイの背中を打ち据える。
落ち着け、落ち着け―――母の復讐と、ここで倒さなければという焦燥感に乗せられヒートアップするばかりの自分を何とか落ち着かせる。
無理に撃つのではなく、必中を期して丁寧に攻撃を叩き込んでいくべきだ。
こちらの残弾にも限りがある―――対巨竜ミサイルは残り8発、リボルバーカノンはあと240発、そして切り札たるトールハンマーは1発のみ。
正直、味方機のミサイルを数に含めてもズメイをここで殺せるか怪しいところだ。第一、不死殺しの杭を叩き込んでも殺せず、何食わぬ顔で再生するとはどういうことか。
ズメイの細胞分裂の速度が、スタウロス弾による細胞破壊の速度を上回っているとでもいうのか?
それとも、単純に人間の呪術では神の創りたもうた生命体には及ばないという事なのか。
だが―――それでも殺せるはずだ。ゾンビズメイだって殺せたのだから、本体だって……!
ぐりん、と旋回中のズメイの首の片割れが、蒼い閃光を迸らせながらこちらを振り向いた。
背筋が一気に冷たくなる―――間違いなく、あの蒼い光はプラズマブレスの前兆に他ならない。
まずい、と思い回避しようとした瞬間には、ズメイの口からプラズマブレスが放たれていた。
厄介なのが、通常の飛竜とは違いズメイには頭が複数存在するという事だ。飛行中、正面を見て飛行のために思考するのは頭のうちのどれか1つで良く、手の空いた頭は攻撃に専念する事が出来るという利点があるのである。おまけにあの首の長さだから射角にも制限はない。
『一撃必殺の極太ビームを撃ってくる爆撃機』と戦っているような気分だ。そんな奴が居たらたまったもんじゃないが。
ギャウッ、と蒼いプラズマがこっちに向かって飛んでくる。Su-30Exは回避に成功したが、後続の2機のSu-35Sがブレスの纏う超高温プラズマを受けて機体の半分を融解させられ、錐揉み回転しながら落ちていった。
《ブルーワン、レッドスリー、シグナルロスト》
機体に搭載されているAIの報告を受けた直後だった。
ぶつん、と唐突に意識の途切れる感覚。まるで後頭部を金属バットのようなもので思い切り殴られて意識がシャットダウンさせられてしまうかのような―――身体が自分のものではなくなっていくような感覚だった。
途切れかけの意識の中で、悟る。
プラズマブレスの纏う磁場にやられたのだ。
プラズマはそれだけで電子機器に甚大な影響を及ぼす。アラル山脈からの退避中、ブレスを喰らったわけでもないのにそれの纏うプラズマの影響でAn-225が墜落しかけたのは記憶に新しい。
「くそ、クソ! 動け……動けよ……ッ」
意識が回復するなり、悪態をついた。
相変わらずどれだけ飛ぶ姿をイメージしても、この肉体と電子的に繋がった機体の制御機構は反応しない。コクピット内のモニターも完全にダウンしていて、対Gジェルのおかげでだいぶマシになってこそいるものの、確かな落下感が感じられる。
この調子では脱出装置も動作しないだろう―――幸い墜落するであろう場所はヴィリウ市街地から離れた森林地帯。人的被害は出ないだろうが……それよりも、だ。
「動けって……俺は、俺は……っ」
脳裏に浮かぶ母の顔。
幼少の頃から、ひどい仕打ちを受けていた俺を支えてくれた母さん。
あんなにも苦労し、数多の苦難を乗り越えて、やっと幸せを掴んだ母。これからは穏やかな時間の中で娘夫婦と一緒に暮らしていく―――そんな家族の人生をあっさりと奪いやがった怨敵が、目の前にいるのだ。
俺は―――俺は、まだ。
「俺はまだ―――ズメイを殺してねえ!!」
動け―――そんな怒りにも似た衝動が機体に伝播したのだろうか。
唐突に、コクピット内のモニターにブロックノイズ状の光が迸るや、重低音と共に機体のシステム類が息を吹き返していく。
途端に響くビープ音。高度を上げろ、と捲し立てるAIの音声に言われるまでもなく、機首を起こしエンジンを全力噴射。どろりとした対Gジェルの中でも加速が感じられるが、それどころではない。
地面に接触するギリギリのところで体勢を立て直した俺のSu-30Exの背後に、前足でズタズタにされたSu-35Sを抱えたズメイが迫っていたのである。
旋回し引き離そうと努力しつつ、友軍機のシグナルを確認―――機体のシステムがダウンした僅か十数秒の間に、6機のSu-35Sは全滅していたらしい。
ここから先は1対1のタイマン。逃げ場ナシ、小細工ナシ、恨みっこナシの真剣勝負。
右旋回から機首を起こして失速、横倒しの状態でクルビット。それを追いきれず追い抜いてしまったズメイの背後に回り込むなり、対巨竜ミサイルをロックオン。AIが『警告、距離が近すぎます』と警告を発してくるがそれを無視しオーバーライド、ミサイル発射を強行。
ミサイルの発射を悟ったズメイ。また先ほどのようなプラズマのチャフ、フレアをかましてくるならこっちも変化球で応じるまでだ……そう思っていたのだが、あろう事かズメイはこちらの予想を裏切って、大破したSu-35Sの残骸をぶん投げてきやがった。
ブレスでの迎撃ではない?
てっきり先ほどのようにブレスをカウンターメジャーに流用するものと思っていたから意表を突かれてしまう。
その時、俺は気付いた。
ブレスを放った方の首―――その外殻の一部が焼け爛れたように変色し、しかし急速に再生しているのだ。
あれは……なぜだ? あそこに攻撃を当てた覚えはないが、友軍機が攻撃を命中させていたのか?
あるいは―――ズメイのブレス、あれはもしかして……。
友軍機(※無人機)の残骸に衝突し火球と化すミサイル。しかしその爆炎の真下を掻い潜るようにして接近したもう1発の対巨竜ミサイルが、下から突き上げる軌道でズメイの腹を鋭利に突き上げた。
反撃の狼煙を上げるならば、今だ。
レーダー照射を継続、搭載されたミサイルを全弾発射。レーダー照射を受けたミサイルたちが再生中のズメイに殺到し、次々にその外殻を吹き飛ばしていった。翼が捥げ、尻尾が千切れ、まだ再生中だった首が大きく欠損していく。
解体されていくアンコウみたいだ―――何となくだが、そう思った。
大きく損壊したズメイの巨体。その顕わになった肉の奥に何か、キラリと無機質な光沢を放つ何かが見える。
まるでルビーのような……結晶状の構造物だった。
あれは何だ?
《あの結晶体……まさか》
シャーロットが何か考え込んでいるが、しかしその答えを聞いている余裕はない。コイツを殺すチャンスは今しかないのだ。
レールガンの冷却は―――あと20秒。
さっきのシステムダウンでバグってなければいいが、と祈りつつ、露出した結晶体に向かってリボルバーカノンを発射。1秒ほどの連射ではあったが数発が命中したようで、ズメイが悲鳴を上げた。
やはりそうだ。あの結晶体はズメイにとっての核のような部位なのかもしれない。あの無限に近い再生能力も、あのコアを叩く事が出来ればあるいは……!
再生中のズメイをオーバーシュート。レールガンの武器システムを立ち上げつつ旋回、再度ズメイを狙うが、しかし再生を終え怒り狂ったズメイは待ってはくれない。
再生を終えたばかりの頭の口腔から蒼い光を迸らせ、それを散弾のように放ってくる。
あのプラズマブレスの出力を抑えた低出力タイプだ。威力は落ちているが航空機へのダメージは甚大だろうし、それに直撃しなくても掠めるだけでシステムと意識にノイズが走る―――防磁処理でギリギリ抑え込めるかどうか、というレベルだ。
背後についたズメイを何とか引き剥がそうと、右へ左へと急旋回。思い切り引き付けてコブラでオーバーシュートさせようか、とリスキーな作戦も思いついたが―――博打ではなく、確実な作戦に打って出る事にした。
機首を起こし、エンジン出力を一気に最大まで上げる。原型となったSu-30よりも大口径・高出力化が果たされたエンジンの急加速はMiG-31にも迫る勢いで、その全力噴射たるや大気圏外へ飛び立つロケットさながらだった。
対Gジェルとこのパイロットスーツが無ければとっくに失神してるだろうな、と思いながらも急上昇。背後から追ってくるズメイも、2つの首から低出力の拡散ブレスを連射しながら追ってくる。
装甲を掠めたブレスによって装甲や主翼のフラップの一部が融解。マグマの飛沫のように赤々と輝きながら、地上へと落ちていく。
イカロスにでもなった気分だった。
空を舞う翼を得たイカロス。しかし今の俺が得たのは蝋の翼などではない―――鋼鉄の翼と熱いエンジン、そしてあのクソッタレ邪竜を殺すための矛だ。
高度1万……1万2千……1万4千。
AIが警告を発し、エンジンの出力も不安定となる。薄い大気のせいで燃焼効率が落ち、エンジンの吹け上りが悪くなっているのだ。
咳き込むように不安定になっていくエンジンにもう少し耐えてくれ、と念じつつ、同じく上昇速度が鈍り始めるズメイを少し煽ってやる。
『どうした化け物? こっちはまだまだ余裕だぞ』
とはいえこっちも限界だ。シャーロットの魔改造で到達可能高度が上がっているとはいえ、これ以上の上昇は失速の恐れがある。
薄くなり、寒冷化する大気。それに耐えかねたのだろう、ズメイの吐き出すブレスの勢いが目に見えて衰え始める。
ここだ―――機首を大きく起こした。
途端に機体が失速、揚力が失われ、鉄の塊と化したSu-30Exが地球の重力に引かれて落ちていく。
カナード翼を巧みに操り機首の軸線を固定―――失速し、もがくように飛ぶズメイに照準を合わせる。
《トールハンマー、レディ》
『ッ!』
ありったけの恨みを込めた一撃を、邪竜に向けて放つ。
紫電と衝撃波の渦輪を残して放たれた一撃は―――ブレスを吐くべく大きく開いていた、ズメイの口の中へと飛び込んだ。
黒き巨体を、雷神の一撃が穿つ。
ラグエル・ミカエロヴィッチ・リガロフ
ミカエルの息子の1人、三男。幼少の頃、パヴェルが見せてくれた西部劇の白黒映画と、射撃訓練の際に父が「(肘を曲げて反動を吸収する癖があるから)お前の拳銃の撃ち方はリボルバー向きだ」と助言した事を受け真面目に猛特訓。2丁のシングルアクション式リボルバーとレバーアクションライフル、水平二連式ショットガンを使いこなすガンマンとして成長した。時代遅れに思えるがその実力は本物で、『0.1秒あれば12人は殺せる』と豪語するほど。ラファエル曰く『50m以内で彼とだけは銃撃戦をしたくない』。
穏やかで落ち着いた物腰の兄ラファエルと比較すると口調は荒く攻撃的な面が目立ち、貴族学校でも気に食わない相手は上級生だろうと関係なしに喧嘩を挑んだので、よくミカエルは相手方の家まで頭を下げに行った。父ミカエルや母クラリスに何度注意されても、成人し兄ラファエルの補佐役となってもその貴族らしからぬ口調と行動は変わらなかったという。
『自分の運命は自分で切り開く』のがモットーで、親に敷かれたレールの上を進む人生を嫌い、父に一人前の冒険者と認められてからは頻繁にリュハンシクを離れ、愛馬【ズヴィラボーイ】と共に世界各地を放浪。この愛馬も彼が少年の頃から育て、放牧から蹄鉄の交換に至るまでの世話を自ら行って育てた。その際に馬と共に生きるコザックの下で5年間修業し、馬の世話や馬術を学んでいる。
放浪の中で広い視野と様々な言語、文化への理解、各国の持つ背景を見た彼は(時折各地の紛争や戦争に参戦しつつ)イライナに帰還。旅で得た広い視野と知識を武器に、兄ラファエルの助言者として領地の統治を陰ながら支えた。
後世の歴史家からは『ラファエルは理性を司り、ラグエルはその暴力装置であった』と評され、また遺族からも『ラグエル様は荒々しく攻撃的で、まるで兄妹全員の攻撃的な面を一手に引き受けたようだった』という証言が遺っている。
ラグエルの逸話
・50m以内であれば確実に相手をヘッドショットできた
・0.1秒以内に12人の野盗を仕留めた
・弾丸一発一発の火薬量を自分で調整、初弾を装薬を減らし弾速の遅い弾丸にし二発目を強装弾とする事で初弾を次弾で撃ち抜き弾道を偏向する『弾丸ビリヤード』で相手を仕留めた
・放浪先のノヴォシアで襲ってきた共産党の視覚を寝相でリボルバーを放って倒し、朝食を食べながら刺客をノールックで撃ち抜き、歯を磨きながら刺客をノールックでヘッドショットし、トイレ中に襲ってきた刺客をドア越しの射撃で倒して宿を出た
・リボルバーのグリップパネルを自分で製造するためだけにイライナの木工職人に弟子入りし5年間修業した
・腰だめの射撃で相手の弾丸を迎撃した
・1秒もあれば2丁のシングルアクションアーミーのリロードを終えていた
・放浪の旅に出ていたおかげで兄妹の中で唯一本格的な尊厳破壊を回避……出来るわけもなく、イライナに帰国した際には『ラグエル帰還記念ライブ』が勝手に開催され無事尊厳破壊された
・ボーイッシュ(※男です)な容姿でワイルドでオラオラ系という属性もあって女性のファンが多かった
・いつも旅に出ていてなかなか表舞台に出て来ないというのもミステリアスな印象を与えたとされる
この一族尊厳破壊に愛されてる件




