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ジャコウネコは竜と踊る 

ヴェテーリ小銃


 愛と情熱とパスタの国、フェルデーニャ王国で製造された単発型ボルトアクション小銃。使用弾薬10.4㎜弾、黒色火薬を使用する前時代のライフルである。フェルデーニャでは他国に追い付くため装備の近代化が急がれており、全軍に最新鋭の『エルカーノ小銃』が支給されつつある事もあって、旧式化したこのヴェテーリ小銃を友好国へ格安でたたき売りしていた。


 当時のイライナは工場をフル稼働させていたにもかかわらず軍からの需要に対し最新鋭のナガン小銃の供給が足りていなかった事から、ナガン小銃を東部各州へと優先的に配備し、友好国が多数を占めるが故に危険度の低い西部には二線級の装備を配備するという国防方針に基づき、格安で購入したヴェテーリ小銃を大量に配備した。


 なお、本家フェルデーニャではこれに4発入りマガジンを追加し近代化した”ヴェテーリ=ヴィターリ小銃”という近代化モデルも存在するが、あくまでも次世代ライフルへの更新までの繋ぎに使えればいいと判断したらしく、イライナはそちらの導入を見送っている。


 身体の奥底に、煮え滾るような感触がある。


 まるで腹の中で水が煮えくり返り、沸騰しているかのような……あるいは身体中の血液がぐつぐつと沸点を迎えているような、そんな錯覚。


 ―――ヴィリウの街が、燃えていた。


 大昔のフランシスによるナポロン将軍の侵略以来、一度も戦火に晒される事がなく、旧いイライナの建物が良好な状態で残っていた古都ヴィリウ。まさか、と思い何度も意識を戦略指揮AI『セフィロト』に向けてデータベースとの参照をリクエストするが、何度再試行してもその火の海の座標は、違う事なくヴィリウの座標と一致していたのだ。


 ―――いったい何人死んだのか。


 燃え盛る街をセンサーで見下ろしながら、そう思う。


 さすがに犠牲者ゼロ、とはいかなかったようだ。


 燃え盛る街のいたるところに死体が転がっている。老人、女子供、区別なしだ。


 かつてパヴェルは言っていた―――『死だけは平等に訪れる』と。確かにそうなのかもしれない。性別も、文化も、背景も何も関係ない。平等という概念に関しては死だけが寛大で、死神の鎌は身分に関係なく振るわれる。


 だが―――こうも簡単に振るわれていいものか。


 子供を庇う姿勢で黒焦げになった親子の死体や、現在進行形で竜の仔に群がられ食い散らかされている老人の死体をセンサーで直視しながら、そう思った。無残な姿を全てこの目で直視し、脳に焼き付けた。


 自分の子供たちには、口を酸っぱくして教えている。一度壊したものは二度と元には戻らない。奪ってしまった命が蘇るなんて事は決してなく、だからこそ命は重く尊いものでなければならないのだ、と。


 ……だから俺は、命が軽々しく奪われる戦争が嫌いだ。


 R-2ndシステムにより五感を機体と直結、拡張された肉体の視覚がセンサーを介して巨大な邪竜の姿を捉える。


 ―――仇は取ります。


 死んでいったヴィリウの住人たちに心の中でそう誓い、武器システムに意識を向けてレールガンの照準をズメイ(ズミー)へと合わせる。


 ガゴン、と音を立てて37㎜スタウロス弾が撃発位置へと前進。砲身が上下に展開し、ワニの口さながらに開いたレールの間に紫電が迸る。


 ふと、ズメイ(ズミー)が今まさにブレスを放とうとしている射線上に生命反応が観測され、砲撃準備の片手間で意識をそっちに向けた。


 センサーとカメラが拾ったのは、壁に叩きつけられ、背中と左半身に軽度の火傷を負った状態で追い詰められている年老いたライオン獣人の男性の姿。


 小太りで、背が低くて、いつも権力をひけらかしていた男の顔。


 一族の先代当主で、子供たちの事を顧みる事もなく―――俺に至っては屋敷に監禁し子とも思っていなかった、憎悪の象徴のような男。


 そんな殺したいほど憎んでいた男が、そこに居た。


 逃げ遅れたのかと思ったが、違う。


 周囲に転がる竜の仔の死骸と石畳の上の空薬莢。そして右手にぎゅっと握っているリボルバー拳銃。


 それらから、彼が自らの意思で残ったのだと察するのは容易かった。


 逃げる事も出来ただろう。けれどもあの男は敢えて残った―――住民や部下を逃がすために、自らを犠牲にして殿しんがりを務めたのだ。


 1人でも多くの命を救おうと。


 押し寄せる理不尽な暴力に抗おうと。


 それは記憶の中に残る、威張り散らしていた父の姿とはあまりにも異なる。


 きっと―――こっちがあの人の本当の姿なのだろう。


 事実、あの人の周りだけ民間人や兵士の死体が殆ど見当たらない事からも、限界まで踏ん張った事で多くの命が救われたのだと分かる。


 あの男の、(レギーナ)への仕打ちは到底許せるものではない。


 でも―――ここで死んでいい人間とも思えなかった。


《トールハンマー、レディ》


 機体に搭載されたAIがレールガンの電力充填完了を告げるが、言われるまでもない。R-2ndシステムを介し機体と意識が直結した今、このSu-30は俺の肉体の拡張とも言える存在へと進化しているのだ。どこで何が起こっているのか、損傷や油圧の変化、電子回路の異常、あらゆる感覚が自分の身体で起こっている事のように理解できる。


 意識をズメイ(ズミー)へと向けた。


 燃え盛る街を悠然と歩き、勝ち誇ったかのように破壊を撒き散らす黒き邪竜。


 ―――お前はまた、イリヤーの一族に負けるのだ。


 その幕を引くのは、俺たちだ。


 俺たち人間だ!


『―――ラ・ピュセル、会敵(エンゲイジ)


 交戦開始を宣言すると同時に、試作37㎜レールガン『トールハンマー』が甲高い咆哮を発した。


 ローレンツ力を応用した磁力により、装填されていた杭状の特殊砲弾が一気に加速。紫電と衝撃波の渦輪だけを空間に刻み、文字通り”消失”するかの如き勢いで撃ち出された渾身の一撃は、狙い違わず今まさにブレスを放とうとしていたズメイ(ズミー)の首を横合いから串刺しにした。


 あの黒い外殻が、生半可な攻撃を無効化してしまう単分子構造であろうと、神の造り出した生命体であろうと関係ない。常軌を逸した運動エネルギーと質量、そして”被弾した対象を一撃で死に至らしめる”という呪術的要素を帯びた一撃はその外殻を容易く叩き割り、その内に鎮座する骨と筋肉繊維をぶち破って、反対側から貫通していく。


 ズメイ(ズミー)の首が大きく『く』の字に折れ曲がったかと思いきや、遅れてやってきた衝撃波に嬲られ、そのまま捩じ切られるようにして首が半ばほどから切断。ブレスの発射準備に入っていた事もあって、与えた損害は想定以上のものだった。


 コイル状に巻かれた筋肉繊維の断面(恐らく”生体コイル”とも言える器官なのだろう)。そこから蒼いプラズマが漏れ出たかと思いきや断面で何度か爆発が生じ、首が根元から吹き飛んでしまう。


 自らの火力で傷つくズメイ(ズミー)


 加えてスタウロスに被弾したのだ。ヤツが如何に強力な再生能力を持っていようと、不老不死の相手を一撃で死に至らしめる煉獄の鉄杭(スタウロス)からは逃れられない。

 

 かつて1人の復讐鬼が、家族の仇を討つために用意した怨念の具現。


 それは異世界に渡り、同じく母を失った男の手に握られ、そしてついに黒き邪竜の命脈を断ったのである。


 千切れ飛んだズメイ(ズミー)の首がぼろりと灰になって崩れていく。


 確かな手応えを感じながらズメイ(ズミー)の頭上を通過。意識を地上へと向け、レーズンジジイ……いや、()()の安否を確認する。


 どうやら無事なようだった。信じられない、とでも言いたげな顔で口を半開きにしながら、こっちを見上げている。


 機首のマーキングがはっきり見えるよう傾けてやりながら、誰が来たのかを教えておく。


 コクピットの中で、そっと右手を持ち上げ敬礼する。とはいってもSu-30Exのキャノピーは装甲化されていてガラス張りではないので、敬礼したところで外からは見えないのだが。


 無人型のSu-35Sたちを引き連れ明け方の空を旋回。崩れていくズメイ(ズミー)の巨体を見下ろす。


 黒い外殻は灰へと姿を変え、ボロボロと崩れ始めていた。


 やはり煉獄の鉄杭(スタウロス)の一撃は、不死の邪竜にも依然として有効























 ずる、と断面から肉が生えた。






















《警告。ズミーの生体反応、消えていません》


『馬鹿な』


《まだ生きています》


 有り得ないなんて事は有り得ない―――そんなフレーズが思い起こされた。


 確かにズメイ(ズミー)にスタウロス弾は直撃した。首の1本を刎ね飛ばす致命傷だった筈だ。そして被弾したが最期、肉体は灰となって崩壊していく。相手が如何に強力な再生能力を持っていようと関係なく、だ。


 しかし、奴はどうか。


 確かに一時的に肉体は崩壊の兆しを見せ、一部の肉片や外殻は灰へと姿を変えて崩れていった。


 だが、灰と化す肉体の一部を押し退けるように肉が生え、骨が伸びて、その周囲を黒い外殻が覆っていったのである。


 この映像はリュハンシク城にいるシャーロットやサキエルのところにも届いている。彼女たちも通常ではありえないこの現象に度肝を抜かれているに違いないが、一番驚いているのは現場にいるこの俺だ。


 ―――不死殺しの鉄杭でも、ズメイ(ズミー)は殺せない。


 道理で祖先(イリヤー)が、盟友ニキーティチと2人がかりで()()ではなく()()を選択したわけだ。生半可な攻撃は通用せず、渾身の一撃で深手を負わせても傷を再生させながら起き上がり襲ってくる邪竜。不死殺しの特殊効果すらも打ち消して再生する怪物を、殺せるはずがない。


《信じられない……ヤツには”死”という概念が存在しないとでもいうのかい?》


『……好都合だ』


 気持ちを切り替えつつレールガンに次弾を装填。ドラム型の弾倉から薬室へと装填された37㎜スタウロス弾が撃発位置へと前進。加熱した砲身の上下にあるパネルが開き、砲身冷却が始まる。


『簡単に死なないなら、苦しめて殺してやる』


 首を刎ねたこちらを最大の脅威と見たのか―――あるいはこの身長150㎝のミニマムボディの中を流れるイリヤーの血を感じ取ったのか。


 ズメイ(ズミー)はまるで古びた機械を無理矢理回したような、およそ生物とは思えない硬質な咆哮を発するや黒い翼を大きく広げて、空を舞うSu-30Exを追うように舞い上がった。猛烈な風圧に炎が煽られ、瓦礫が舞う。


 いいぞ、追って来い。


 市街地からズメイ(ズミー)を引き離すように飛びながら、その反応に注視する。機体後部、エンジンノズルの間から伸びるテールコーンは通常仕様のSu-30よりも延長されていて、新たに魔導センサーも内蔵されているのでズメイ(ズミー)の反応も魔術的に探知する事が可能なのだ。


 その反応が凄まじい勢いで接近してくるのを感知するなり、編隊全機に散開(ブレイク)を命令。一網打尽にされるリスクを回避しつつ、俺の後ろから推定マッハ3.7という凄まじい速度で突っ込んでくるズメイ(ズミー)に備える。


 全長135mという巨体がそこまで加速するのか―――せめて鈍重であってくれれば、と思いつつ機体を急減速。機首を起こして腹で空気抵抗を受けてさらに減速、その場で機体をくるりと宙返りさせる。


 咄嗟のクルビットでズメイ(ズミー)の突進を紙一重で回避。唐突に目の前を飛んでいたSu-30Ex”メサイア”を見失い困惑するズメイ(ズミー)の背中に、27㎜リボルバーカノンを叩き込む。


 ガトリングガン型の機関砲では、射撃の直前に砲身を回転させる(スピンアップする)必要があり、実際の射撃までにどうしてもタイムラグが発生してしまう。個人的にはそれが嫌いだったので機関砲をドイツ製のリボルバーカノンに換装したのだが、その判断は正しかったらしい。


 背中で着弾の火花を散らし、いつの間にか背後に回り込まれていたことに驚くズメイ(ズミー)。離脱に移る俺の背中を再び追い始めるが、その頃には奴の背後に2機の無人型Su-35Sが追い縋っていた。


 フォックス2、という合成音声のコール。それと同時に翼端にマウントされていた空対空ミサイルが発射され、ズメイ(ズミー)の身体が発する熱量を追って追尾し始めた。


 4発のミサイルがズメイ(ズミー)の背中を直撃。尻尾が根元から千切れ、飛び散った破片で巨大な翼がズタズタになり、飛行バランスを保てなくなったズメイ(ズミー)は錐揉み回転しながら墜落していく。


 とはいえ傷口は既に再生を始めており、翼に至っては一瞬で再生して、バランスを維持しつつあった。


 急上昇に転じるズメイ(ズミー)。しかし別のSu-35Sが既にミサイルのロックオンを開始していた。


 感情のないミサイル発射のコール。発射された2発のミサイルがズメイ(ズミー)を討つべく急迫する。


 これは当たる―――その期待を、しかし太古の邪竜は覆してみせた。


『!?』


 口を大きく開いたと思いきや、その口腔からボール状のプラズマを連続で吐き出したのである。


 ズメイ(ズミー)の体温を頼りに追尾していたミサイルは、突如として出現した2つの熱源に困惑するように飛び、プラズマボールへと飛び込んで爆発した。


 ―――ブレスをフレアの代わりにしやがった。


 まさかとは思うが、こっちのミサイルが熱源を頼りに追尾している事を見抜いたとでもいうのか?


 相手の学習能力に驚きながらも旋回、攻撃のためのアプローチに入る。


 レールガンの冷却まであと30秒―――間に合わんな、と思いつつ虎の子の対巨竜ミサイルをスタンバイ。味方機にも以降は対巨竜ミサイルによる攻撃を行うよう指示を出しつつ、ズメイ(ズミー)に向かって機首からレーダー照射。ミサイルに標的の位置を指示するなり、ガン積みしたミサイルのうちの2発を時間差で発射する。


『ラ・ピュセル、フォックス1』


 ミサイル発射のコール。


 切り離された対巨竜ミサイル―――改造前まではハープーン対艦ミサイルだったそれが、レーダー照射に導かれるようにズメイ(ズミー)へと向かう。


 威力を重視するあまり誘導方式ではセミアクティブレーダー誘導で甘んじたが、しかし威力は本物だ。これが命中すればいくらズメイ(ズミー)だろうと只では済まない。


 急旋回するズメイ(ズミー)だが、しかし逃げ切れないと悟るなり先ほどと同じように口からプラズマボールを放出する。


 先ほどミサイルをフレアのようにしてやり過ごしたのと同じ要領で回避するつもりなのだろう。とはいえこっちは熱源に対し誘導するタイプではなくレーダー誘導方式……熱ではなく、母機からのレーダー照射を頼りに誘導するミサイルである。


 だからフレア代わりに炎を吐いたところで逃れる事は出来ないのだが、しかしあれは只の炎ではなく”プラズマ”である。


 機体が微弱ながら磁場の影響を受けつつある事を勘案すると、いくらレーダー誘導型のミサイルでもあのプラズマに接近しすぎるとシステムが影響を受ける可能性がある。


 ならば、と一旦レーダー照射を注視。目標の指示が無くなり、完全に標的を見失った2発のミサイルが誘導を中断、そのまま直進していく。


 やり過ごしたと勘違いしたズメイ(ズミー)が旋回をやめ、反撃に転じようとこちらへ向かってくるタイミングで再度レーダー照射。


 直進していたミサイルが、まるで目覚めたかのようにぐんっ、と急旋回。誘導限界ギリギリの急旋回を披露するや、こっちに向かいブレスを吐き出そうとするズメイ(ズミー)の巨体を横合いから殴りつける。


 一拍ほど間を置き、2発目のミサイルも着弾。脇腹周りの外殻をごっそり吹き飛ばされて露出する筋肉や臓物に、すれ違いざまに27㎜リボルバーカノンを叩き込んで通過する。


 通過の折、ズメイ(ズミー)に向かって中指を立ててやった。


 怒り狂うかのように、その相貌を紅く輝かせるズメイ(ズミー)


 だがまだだ―――母さんが、そして犠牲者たちが味わった苦しみはこんなもんじゃない。


 何度でも再生するというのなら。







 ―――何度でも殺してやる。





Su-35S(無人仕様)


 リュハンシク防衛軍で採用されている無人機。通常仕様は戦闘人形(オートマタ)がパイロットとして乗り込むが、それよりも更なる省力化を目指し開発されたのがこの完全無人仕様である。ロシアで運用されているSu-35Sをベースとしているが電子機器は西側規格のものに置き換えられているほか、コクピット内には制御ユニットが据え付けられ、またテールコーンが延長されている事が外見上の差異。


 将来的にはSu-30Ex、あるいはそれに準ずるRシステム系列搭載機の随伴機として運用する事が構想されている。



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― 新着の感想 ―
惨いなあ…これでズミーに破壊された大都市は3つですか。ノヴォシア相手の侵略戦争では被害を出さなかっただけに、尚更悲惨さが際立ちますね。そしてミカエル君、ついにお父上を認めましたか。こんな時じゃなかった…
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