邪竜の眠る山
ガノンバルド「……ズメイパイセンヤバくね?」
マガツノヅチ「あの自分、一応エンシェントドラゴンの括りなんですけども……なんかあの人(竜?)は格が違うというか、レギュレーション違反というか」
ズメイ「 ふ ん す 」
ミカエル「なんかズメイのヤバさが明らかになるにつれてウチの祖先の株が上がり続ける現象が起こってる」
《ミカ、分かっているとは思うが今回の任務は完全なステルスが求められる》
パヴェルからの通信と共に、An-225の機体後方に増設されたハッチが解放されていく。
空挺降下にはもうすっかり慣れた。最初の頃なんか、『本当にこの高さから飛ぶのか』と恐怖を覚えたものだが、今となっては兵器になったしパラシュートもすっかり友達だ……ちゃんと開いてくれれば。
装備を乗せたコンテナのパラシュートが開き、猛烈な空気抵抗を受けたコンテナが機外へと引き摺られていった。パレット諸共投下されたコンテナの影がアラル山脈の闇へと呑み込まれていくのを見届けつつ、パラシュートの最終チェックを実施。問題ない事を確認して降下に備える。
《見つかるな。痕跡も残してはならない》
「了解」
《それとお前の姉さんから、”戦闘でズメイを刺激する恐れがあるため正面切っての戦闘はNG”と注文が入っている。よって、今回の潜入作戦はノヴォシア側に発見された時点で作戦失敗、即撤退とするからそのつもりで》
「分かった」
「しかし同志大佐、ノヴォシアはなぜこうもズメイの事を隠し通そうとしているのです?」
《権威主義者ってのは往々にしてメンツを保とうとするものだ。ズメイがヤバいからって他国に泣きつくわけにもいかないんだろ》
「そういうもんかねぇ」
《そういうもんさ……降下1分前、各自降下器具の最終チェック》
もう一度パラシュートを点検しておく。予備のパラシュートも含めて問題なし、いつでもジャンプできる。
シェリルに視線を投げかけてコンディションを確認すると、彼女は頷いて応じてくれた。とはいっても今は2人とも黒いコンバットパンツにコンバットシャツ、同色のコンバットブーツに目出し帽、そしてFASTヘルメットという装備だからお互いどういう表情をしているのか全く分からない。
とはいえ彼女とも長い付き合いだ。今年で20年も連れ添った関係である。目を見れば大体の意思疎通は可能だ(過言)。
《―――降下!》
ビー、と鳴り響くブザーの音に背中を押され、ハッチの外へと飛び出した。
パラシュートを開き減速、進路を微調整しつつ樹にパラシュートが絡まないように努力したが、まあ無理だったようで……目の前に迫る樹々の群れ。両手で頭を守りつつ、ガサガサバキバキと網のような樹の枝のへし折れる音を聞いているうちに、ぐんっ、と身体が後ろに引っ張られるような感覚を覚える。
あーやっちゃった、と思った頃には3mくらいの高さにミニマムサイズのキュートなミカエル君は宙吊りに。見上げてみると、パラシュートが枝に絡まって悲惨な事になっていた。
「……にゃぷ」
『Что это был за звук?(さっきの音は何だ?)』
『Я не знаю. Пойду проверю. Товарищ, пойдёмте со мной(分からない。確認しに行くか。同志、悪いがついてきてくれ)』
『Да(了解)』
「ぴえ」
ちょっとやべえかもしれない……と思いつつナイフを引き抜いてワイヤーを切断。パラシュートに仕込んでいたメタルイーター(繊維を分解するよう調整してある)を活性化させて証拠隠滅を図りつつ、樹の枝を伝って移動する。
最悪の事態に備えてグロック17を引き抜き、いつでも始末できるように備えるが……しかしノヴォシア軍の兵士は思った以上に無能だったらしい。折れた枝をライトで照らしながらろくに痕跡も調査しようとせず、『Возможно, на него упало какое-то животное(どうせ動物か何かが落ちてきただけだろ)』などと言いながら引き返していった。
ふう、と息を吐く。
どうやら度重なる大粛清で、ノヴォシア軍は深刻な人材不足に陥っているようだ。優秀な人材……特に魔術師や学者は国外へと亡命しており、能力のある人材はなんだかんだと政治的理由をつけ粛清するか左遷。党への忠誠心を優先した人事で組織全体がボロボロという有様だ。
イライナとしてはありがたいが、しかし強すぎる権力というのは考え物だ。イエスマンばかりで側近を固めたその瞬間から、組織の通気性は一気に悪化するのだから。
そーっと下に降り、スマホの画面を短くチェック。投下したコンテナのビーコンを頼りに歩いていくと、倒木の傍らに見覚えのあるコンテナと、それから黒ずくめの女性兵士の背中が見えてくる。
「やらかした」
「見てました」
「助けてくれても良かったんじゃないかな?」
「いえ、私の旦那様はその程度乗り越えられるだろうと思って」
「……本音は?」
「宙吊りミカエル君がかわいかったのでつい」
「 で し ょ う ね 」
グッズ出したら売れるんじゃないですか、なんて言うシェリルにジト目を返しておくが、多分コレパヴェルも上空で聴いてるだろうな……と思った(※そしてこの後マジで”宙吊りミカエル君キーホルダー”が発売され売り切れ続出するらしい)。
ベリルと予備弾薬を引っ張り出し、装備品の取り忘れがない事を確認してから暗証番号を入力。コンテナに仕込まれていたメタルイーターたちが活性化をはじめ、耐衝撃コンテナをあっという間に錆びた金属粉末へと変えていってしまう。
今回、いつもの剣槍は持ってきていない。
理由は単純明快、ズメイ本体にゾンビズメイの身体から採取した素材で作成した装備品を近づけたら何が起こるか分からないからである。
下手をすればそれが呼び水になってズメイ復活を促す事になりかねないため、今回の作戦に限ってゾンビズメイ由来の装備品は全部置いてきた。
なので今回は現代兵器と錬金術だけで乗り切る事になる。
それにしたってノヴォシア側は想像もつかないだろう……よもや将来的な併合を狙う仮想敵国の領主が、妻と一緒に極秘裏にアラル山脈に潜入しているなどと。
だからこそ、潜入の発覚はとんでもない大問題となる。
最悪の場合に備えて通常の手榴弾に加え、自決用の手榴弾も1つ用意してきたが……これを使わないで済む事を祈るばかりだ。俺だって死ぬ時は年老いて死にたいもんである。
止まれ、とハンドサインを出して片膝をつき停止。
ヘルメットをかぶっているせいでケモミミを使った索敵がやり辛い(これがあるので獣人はヘルメットを嫌う傾向アリ)のだが、しかし何とか音は拾える。
―――車のエンジン音。
茂みに2人で隠れると、目の前の道……といっても獣道同然の道を、オリーブドラブに塗装され、赤い星のマーキングが施された軍用車が2台ほど通過していった。
オープントップだったので乗っている人員の顔まで見えた。運転手と助手席には兵士が、後部座席には中年の指揮官らしき男と副官っぽい男が乗っており、お偉いさんの送迎を行っているようだ。
行く先はもちろん―――ズメイの封印されている石碑。
「……嫌な予感しかしねえ」
「何をするつもりなんでしょうね連中」
《何ってお前そりゃあアレだろ……眠ってるズメイにあーんな事やこーんな事を》
「ごめんシェリル、現行のわいせつ罪でパヴェルって処罰できたっけ?」
「法改正を待ちましょう」
《お前ら歳取って辛辣になってない???》
「お前眠ってるドラゴンにあーんな事やこーんな事ってどんな性癖やねん」
《え、俺眠ってるドラゴンの身体を調べたりサンプル採ったりって意味で発言したんですけど》
「ミカ、あなた何を想像してたんです?」
「待って? 今妻の裏切りに遭ってるんだけど」
「後ろから刺したり刺されたりするのが得意ですよ私は」
《後ろから刺されるって……ミカお前》
「中学生か!!!」
国家の一大事なんだぞ、と突っ込みたくなるが、まあだからこそなんだろうなとも思う。変に緊張してガチガチになるよりはリラックスしていつも通りのノリで行け……というパヴェルなりの気遣いなんだろう。たぶん。
《ぶっちゃけズメイって擬人化したら三重人格の爆乳ドラゴン娘だと思うんだ》
「あーいいですねぇ。首が3つあるのを内面的な特徴に落とし込むことで疑似的に首が3つある原作の特徴を再現するわけですね大佐?」
《こうやって尊厳を破壊する事でズメイの精神にダメージを与え最終的に同人誌にする計画……フッ、我ながら自分の才能が恐ろしい》
「今流れ星見えたからお前のスタジオにブレス直撃するよう祈っておいたわ」
アレなのかな……パヴェルって現役の時からこんなノリだったのかな。
部下は止めたのか、それとも悪ノリして上官を困らせたのか。きっと後者なんだろうなぁ、と思いながらも獣道……ではなく、獣道から外れた場所を進んでいく。
なぜ、ノヴォシア軍はズメイを内々に処理しようとしているのか。
ずっとそれが引っ掛かっている……本当に党のメンツのためだけなのか? そんな事のためだけに、これだけの人員と技術を動員してズメイを何とかしようとしているのか?
俺にはなんだか、別の理由があるように思えてならない。
「!」
樹の影に隠れ、姿勢を低くして息を殺す。
視界の端に光が見えた―――おそらくは煙草の火だ。
微かに臭ってくる臭いも間違いない、ノヴォシアの兵士に支給されている煙草のものだ。以前カーチャが敵兵からくすねてきたものを戦利品としてスパーしてたんだけど、「革命的にマズイ」とコメントを残していた……何だよ革命的なマズさって。
まあそんな妻のコメントが印象的だったので臭いもセットで覚えていたのが功を奏したわけだ。
案の定、やってくるのはノヴォシア兵。”エミル・ナガン小銃”と呼ばれる異世界版モシンナガンみたいなボルトアクション小銃を背負い、咥え煙草でやってくる。しかも2人。
『Но сработает ли этот план на самом деле?(でもさあ、こんな計画本当に上手くいくのか?)』
『Верьте в технологии вашей страны и вашей партии. Даже если противник — Зумей, они бессильны против нашей революционной научной мощи(祖国の技術と党を信じろ。相手がズメイだろうと俺たちの革命的科学力の前には無力さ)』
『Но противник — это Зумей из легенды об Илии, верно? Сможем ли мы контролировать монстров из эпохи мифологии?(でも相手はあのイリヤー伝説に出てくるズメイなんだろ? 神話の時代の化け物なんて制御できるのか?)』
『Вы видели мастерство товарища Максима? Уверен, всё будет хорошо. Если мы сможем превратить его в боевое оружие, сепаратисты Элейны не смогут нам противостоять. Мы даже сможем донести волю партии до всего мира(同志マキシムの技術を見たろ? きっと大丈夫さ。アイツを軍事兵器に転用できればイライナの分離主義者なんて敵じゃない。党の意思を世界に届ける事だって出来る筈だ)
……冗談じゃない。
兵士たちの会話を盗み聞きしながら、鳩尾の辺りに重く冷たい感触が沈殿していく感覚を覚えた。
ノヴォシアの連中の狙いはズメイを秘密裏に処理して組織のメンツを保つ事などではない。どんな技術を使うつもりなのかは分からないが、どうにかしてあの神話の時代の化け物を制御しようとしているらしい。
確かに軍事兵器にする事が出来れば、世界の掌握も夢ではないだろう。実際かつて旧人類を滅ぼしかけた正真正銘の怪物であり、エンシェントドラゴンの中でも最強クラスの力を持っている最強の竜なのだ。
しかし―――それが可能とは、到底思えない。
そもそもエンシェントドラゴンとは、神々が直接造り上げたとされている生命である、と定義されている(一部例外あり)。完全無欠、全知全能の神が創造した生命を、どうして不完全極まりない人間の技術が制御などできるだろうか。
余計な事をして、ズメイ復活を誘発する未来しか見えない。
なんなら今度のボーナス全額賭けてもいい―――もう本当に、嫌な予感しかしない。
ズメイのプラズマブレス
ズメイの吐き出すブレスは他の飛竜やエンシェントドラゴンのブレスと比較するとさらに強力な『プラズマブレス』となっている。これは他のドラゴンとは根本的に異なる構造の臓器を持つ事で可能となっている。
以下、シャーロット博士及びサキエル博士の仮説(※竜の仔を解剖した上での推測なので精度は高いと思われる)
1.体内に『エネルギー貯蔵器』を持つ
大量の脂肪、高エネルギー分子に加え、強い電位差を瞬時に生成するための『電気臓器』が存在すると推定される。なお、この電気臓器は魚類の電気器官に類似した構造であると思われる。これらのバイオキャパシタにより高速でエネルギーを放射、プラズマ生成を行う。
2.酸素供給、圧縮
高温プラズマ生成用に、局所的に空気と可燃性揮発物を超高速で取り込み圧縮するために肺が特に発達していると推定される。
3.点火機構
強烈な電界、放電電極にも似た生体器官を体内に持ち、これにより気体を一瞬で電離させプラズマを生成する。
4.磁場生成器(生体コイル)
長い首の中に高強度の瞬時磁場を生成する筋肉状の電気器官を持つ(生体コイル)。これがプラズマを閉じ込め、ノズル効果を生むと推定される。
5.ノズル状の口腔構造
口腔及び首の内部に導波・加速構造を持ち、磁場でプラズマ流束を収束する事でブレスを発射する。なお、伝承には『雨のように炎を降らせた』という記述が散見される事から、このプラズマブレスは【収束型と拡散型のモード変更が可能】であると推定される。
なお、本来大気中においてプラズマはすぐに拡散、冷却されてしまうが、伝承によるとズメイのプラズマブレスは『アラル山脈からアルミヤ半島を通過し黒海にまで達した』とされており、もし仮にこれが事実であると仮定すると推定射程距離はおよそ【3000㎞】である。それほどの長射程である事からブレスの先頭部で大気を電離してプラズマチャネル(電離路)を作り、ブレスをそれに沿って進ませていると思われる。
シャーロット博士の計算及びAI『セフィロト』の推定では、過去にズメイが発射したプラズマブレスのエネルギーをTNT換算した場合【145.6テラトン】にまで達したという結果が出ており、これは【ツァーリボンバの3百万倍】に相当するエネルギーとなる。
何かの間違いである事を願うばかりである。




