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突入、宝物庫


『バニーのエロ本』


 いきなり何を言い出すのか。


 ヘッドセットから聞こえてきたパヴェルのシリアスな声。幸いな事にこれは通常の一般回線ではなく、俺とパヴェルの個別回線。俺たちはクラリスやモニカと違ってお互い転生者だ。信頼を寄せている仲間の前でもできないような話もあるので、こういう秘匿回線じみたチャンネルも用意してある。


 そっちの方で例のエロ本に言及するあたり、パヴェルもちゃんと配慮しているのだろう。


『そうかそうか、ミカエル君の性癖はバニーだったか』


「いや違っ……」


『バニーが好きなミカエル、略して”バエル”』


「なにそれ」


『バエルの元へ集え!』


「それ負けるやつゥ!!」


 変なフラグを立てるんじゃない!!


 クソが、仕事中に変な事を言うんじゃない。調子狂ったらどうするんだ……え、元々狂ってるって? やかましい、だまらっしゃい。


 さて、ド初っ端から調子が狂わされそうになったが、気を取り直して宝物庫を目指そう。


 バザロフ家の宝物庫はやはり地下。レオノフ家と同じだ……地下であれば強固に出来るし侵入経路も制限できる、という理由からそうなるのだろう。確かに合理的ではある。


 しかし、それが何だ。


 こっちはそういう強固な警備を何度か打ち破ってきたのだ。セオリー通りに守られているのならば、裏をかく手段はいくらでもある。しかもこっちはパヴェルの徹底的な事前調査のおかげで屋敷の構造や脆弱な部分を把握している。これがどれだけのアドバンテージか―――言わなくても分かるだろう。


 AK-19を構えながら屋敷の裏口へ。目配せをしてから裏口のドアを開けると、QBZ-97を構えたクラリスが先陣を切った。ブルパップ式のアサルトライフルはこういう局面でとにかく強い。短く、取り回しに優れるブルパップ式は狭い室内で真価を発揮する。


 モニカが彼女の後に続いて突入したのを確認し、ドアを閉めて俺も彼女たちの後に続く。


 待て、と右手を上げて合図するクラリス。警備兵でも見つけたのだろう、素早く曲がり角の向こうを確認し敵の人数を確認、ハンドサインでこっちに敵の人数を知らせるクラリス。警備兵は3名……なるほど、増員しただけの事はある。数なら居る、という事か。


 頷いて彼女の隣へ。俺とクラリスで何とかするしかあるまい。モニカでも良いが、彼女のLAD軽機関銃にサプレッサーは無い……彼女が火を噴くタイミングは、こちらの侵入が相手側に露見し真っ向からの銃撃戦を強いられた時だ。モニカが真価を発揮する局面は、そういう力押しの場面になるだろう。


 その時が来るまでは、俺とクラリスで何とか対処したいものだ。


 目配せしてタイミングを合わせ、一斉に引き金を引いた。パスッ、と随分とまあ小さくなった銃声が響き、5.56mmゴム弾が警備兵を直撃。太腿の辺りに強烈なローキックの如き痛みを感じて彼らが呻き声を上げた頃には、既に血盟旅団の誇る最強のメイドさんが物陰から飛び出していた。


「―――!」


 ゴッ、と顔面を直撃するクラリスさんの右ストレート。拳を振り抜いた勢いでくるりと身体を回転させ、左足で強烈な後ろ回し蹴りで周囲を薙ぎ払う。彼女の踵が警備兵たちの側頭部を見事に捉え、パキャッ、となんかこう、人を殺してそうな音がここまで聞こえてきた。


 見てるだけで痛い、痛みがこっちにも何となく伝わってくる。


 アレ大丈夫? 死んでない?


 念のためAK-19の銃口を、昏倒している警備兵に向けながら脈をチェック。大丈夫、生きてる。とりあえずは死んでいない……彼らの傍らにそっとエリクサーを置き、クラリスに代わって今度は俺が仲間を先導していく。


 さてさて、確か宝物庫はこの先の階段を降りた先にある筈だ……。


 警備兵たちがどういう警備をしているかで、ここから先の難易度も変わってくる。俺たちが例の証拠を持って逃げたと見て外の警備に重点を置いたり、逃げたと思われる方向へ追撃隊を出しているならば楽になる。その分屋敷の中は警備が手薄になるだろう。


 しかし、もし俺たちがまだ屋敷の中にいると見て屋内の警備を増強していたら話は別だ。隠密行動ステルスにも限界はあるし、長居はしていられない。場合によっては強行突破を選択せざるを得なくなるだろう。


 できるならば一発も発砲せずに強盗を成功させるのが理想なんだが、もう撃っちゃったからなぁ……。


 地下へと降りる階段が見えてきた。この先だ。この先に例の宝物庫がある。ザリンツィクを実質的に牛耳る大貴族の宝物庫なのだ、いったいどれだけの金が眠っているか想像もつかない。それも考慮してパヴェルは比較的大きめのダッフルバッグを用意してくれたわけだが、金を詰め込み過ぎて重くなって逃げられない、なんて間抜けな事にならないよう注意しなければ。


「急げ、まだ犯人は屋敷の中にいる筈だ!」


「了解!」


 チッ、と思わず舌打ちしてしまう。


 さすがにそう都合よくはいかないか……現実はラノベと違って、ご都合主義展開は嫌いらしい。


 よりにもよって連中が屋敷の警備を厳重にしている事が分かったところで、イリヤーの時計に時間停止を命じた。主の命令を聞き入れた時計が時間停止を発動、階段を駆け上がってくる警備兵たちも、そして彼らを迎撃すべく銃口を向けるクラリスたちもぴたりと静止する。


 全てが止まった僅か1秒のみの世界―――自由に動けるのは俺1人だけ。


 何も知らずに駆け上がってくる警備兵に向けて右手を突き出し、魔力を放射。蒼い無数の雷の球体が生じたかと思いきや、葡萄の実ほどの大きさのそれらがまるで散弾のように散り、時間停止解除と共に警備兵たちに襲い掛かった。


 対人魔術”拡散雷球”。初歩的な魔術である雷球の派生魔術であり、小さな雷球を散弾のように撃ち出す攻撃魔術である。一発一発の威力は劣るが、拡散するという特性から中距離の敵の制圧や敵集団への全体攻撃、至近距離での重い一撃にも使えるというなかなか汎用性のある魔術である。


 威力も加減したそれが、階段を駆け上がっていた警備兵たちに牙を剥いた。バヂンッ、と電撃が弾ける音が響いたかと思いきや、蒼い雷球に接触した警備兵たちがびくりと身体を痙攣させ、その場に倒れ込んでしまう。


 脈をチェック、大丈夫だ生きてる。それはそうだ、人を殺すつもりで電撃を放ったことなんてミカちゃん生まれてこの方一度もないし、これからもやるつもりはない。あ、魔物は別な。あいつらとは意思の疎通ができないし……。


 人の言葉を理解できて、話が出来そうな魔物が居るなら少し考えるけど、今のところそんな奴がいるなんて聞いたことがない。


 さてさて、警備兵の上を飛び越えて階段を駆け下り、宝物庫へ向かうとしましょう。長居は禁物、電撃的に攻め込んで盗み、そしてさっさと帰る。そして証拠を兄上たちに提出して俺たちは新聞記事でこの一大スキャンダルが取り上げられるのを眺めながらニチャア、と笑う。最高ではないか。


 あー、ご飯が美味しくなりそう。


 螺旋階段を駆け下りると、警備兵たちが居た。彼らの後方には大きな扉があり、傍らにはロックを解除するための端末のある。


「何だ貴様らは!?」


「お前らまさか―――!」


 突然の侵入者の登場に、警備兵たちが一斉にピストルの収まるホルスターへ手を伸ばす。6連発のフリントロック式ペッパーボックス・ピストル。ザリンツィクにて初めて実用化された、将来のノヴォシア帝国騎士団でサイドアームに採用されるであろう連発拳銃。しかしそれが火を噴くどころか、銃口がこっちを睨むよりも、モニカの抱えた軽機関銃―――LADが火を噴く方が遥かに早かった。


 ドパパパパッ、と7.62mmトカレフ弾の豪雨が弾ける。拳銃弾、それもゴム弾と言えど、その圧倒的弾幕は凄まじかった。ゴム弾が警備兵たちの太腿や肩口を的確に打ち据え、ピストルを向けようとしていた警備兵たちが被弾した部位を押さえて崩れ落ちる。


 さて、これで今の銃声でこっちの襲撃が露見したわけだ。


 随分と強引なやり方になってしまったが、まあいいさ。モニカが用意してくれた”仕込み”もそろそろ効果を発揮する頃だろうし。


 警備兵の無力化を確認したクラリスが真っ先に扉へ走った。そのまま開閉用の端末へ向かう……かと思いきや、俺たちの予想を裏切り宝物庫の扉へ向かってジャンプ。オイオイまさかお前、と顔を青くした次の瞬間には、ボゴンッ、と徹甲弾が装甲を貫通するような金属音と加熱された金属特有の悪臭が充満し、竜の外殻に覆われたクラリスの右足が宝物庫の扉を深々と刺し貫いていた。


 そう、飛び蹴りで宝物庫のクッソ分厚い、それこそ厚さ1mにギリギリ達しないくらいの扉を飛び蹴りでぶち抜きやがったのである。


「……」


 口を開けたまま呆然とするミカエル君&モニカ。そんな俺たちを一瞥すらせず、クラリスはぶちぬいた大穴から足を引っこ抜いたかと思いきや、今度はその大穴に両手を突っ込んで、メリメリと金属の軋む音を響かせながら、力業で強引に宝物庫の扉をこじ開けやがった。


 いや、いやいや、いやいやいやいやいや、待て待て。


 そこに端末あるでしょ? 暗証番号知らんけど、そこで悶絶してる警備兵脅せば聞き出せたんじゃ……?


 まあいいや、賽は投げられた。宝物庫の扉はこじ開けられたのだからもうそれでいいや。


 ルビコン川を渡るどころかカタパルトで飛び越えるが如き暴挙。これにはきっとカエサル氏も白目を剥いている事だろう。


 さて、そんなこんなでこじ開けられた宝物庫の扉。雑というか力業というか……うん、もういいや。この際プライドは抜きだ。


「どうぞ」


「ど、どうも」


 困惑しつつも宝物庫の中へと足を踏み入れた。


「わお」


「お金ぇ↑♪」


 いつもよりも1オクターブ高いモニカの声。キャハッ、と嬉しそうな彼女の声に苦笑いしつつも、素早く略奪に移る。残された時間はそれほど多くはない。


 さすがはザリンツィクを牛耳る大貴族の屋敷、宝物庫の中はどこかの王族の資産なんじゃないかと思ってしまうほどの富が眠っていた。レオノフ家の宝物庫がゴミの山に思えてくるほどだ。


 すごいよコレ、金塊、金塊、金塊。レオノフ家で盗んだ金塊よりも大きな金塊がどっさりと、棚に収められている。素早くそれに手を伸ばして掴み取ると、ずっしりとした重みがあった。そう、この重みだ。金銭的価値の詰まりに詰まったこの重み。換金したらいったいいくらになるんだろう……札束で人をビンタ出来るくらいにはなるだろうか。


 金塊を掴み、ダッフルバッグへと詰め込んでいく。どんどん重くなっていくダッフルバッグだが、底が抜けて大事な盗品が落ちる、なーんて心配は不要だ。ケブラー繊維を使った特注のダッフルバッグ、もちろん制作は安定のパヴェル氏。その気になればこれを盾にして敵の銃撃を防ぐ、あるいは背後からの銃撃から身を守る、みたいな使い方もできるらしい。


 棚の金塊の大半がダッフルバッグに収まる頃には、既にダッフルバッグはミッチミチだった。ダッフルバッグの悲鳴が聞こえてきそうなほどパンパンになったそれに最後の1つを強引に押し込み、ダンベルみたいな重さになったそれを背負い出口へ集合する


「動くな!!」


 ジャキンッ、という威圧的な金属音と共に響く、警備兵たちの怒声。既に金庫室の出口にはマスケットやペッパーボックス・ピストルで武装した警備兵が何人もいて、こちらを睨みながら銃口を向けている。


 人数は20人前後……ちょっとした戦列歩兵みたいな状態だ。既に銃口を向けられた状態で、どっちが速いか試してみようか、なーんてガンマンの真似事をする勇気はミカエル君には無い。


 かといってこのミッチミチのダッフルバッグを盾に応戦しよう、なんて気も起らない。防御力は保障されているとはいえ、中身が心配だ。万一衝撃で金塊が割れたりしていたら価値が下がる。できるなら、買い手に無傷で買い取ってもらいたい。そっちの方が儲けになるというものだ。


「手を上げて床に伏せろ!」


「武器を捨てろ、早く!!」


「……だってさ」


「あほくさ」


 呆れたように言うモニカ。俺も同意見だった。


 後方の宝物庫は密室、逃げ場はない。その唯一の出入り口を塞いで、銃口を向けながら包囲した程度で勝ったつもりでいるのか、こいつらは。


 少しくらい、その顕微鏡を使ってやっと見えてくるくらいの脳味噌を使って考えてほしいものである。


 なんで俺たちがガスマスクを装着しているのかを。


「早くしろ、さもないと―――」


「―――さもないと、なんだ?」


 肩をすくめながら煽ってやったその時に、警備兵たちに変化が起きた。


 真ん中にいた警備兵の身体から急に力が抜けたかと思いきや、そのまま手からマスケットを手放し、堅い床の上に崩れ落ちてしまったのである。


 唐突に倒れた仲間に驚愕する他の警備兵たちも、どんどん同じ末路を辿った。まるでクッソ長く中身も無い校長の話を聞いてる最中に貧血でぶっ倒れる学生のように、警備兵たちがばたばたと倒れていくのだ。


 タイミングばっちりだな、モニカ。そう思いながら彼女の顔を見上げると、ガスマスクの中でモニカは得意気に笑みを浮かべた。


 ボイラー室―――その暖気を屋敷へと伝達する配管へ、モニカが投じた睡眠ガスグレネードの効果がやっと発揮されたらしい。


 特殊な調合が施されたそれは、高熱に晒されることによって効果を発揮する。天井のいたるところに用意された通気ダクトを通じて屋敷の中へ充満したそのガスはじわじわと人体へ入り込み、やがて警備兵たちを深い深い眠りに誘うのだ。


 しかもその睡眠ガス、よりにもよって比重が空気よりも重い。つまりは低所に滞留する……何が言いたいかというと、地下であるこの宝物庫周辺には特に濃厚な睡眠ガスが充満している、という事。


 だからそれを知らずに踏み込んで来ようものならば……。


「……」


 慌てて応援に駆け付けようとした警備兵の2個小隊が丸ごと眠りに落ち、ごろごろと階段を転がり落ちてくる様子を、俺は冷ややかに見つめていた。いや、犯人を目前にして意気込むのは良いのだが、もう少し頭を働かせろ。何のための脳味噌なのか。お前らIQを母親の子宮に置いてきたのか? へその緒と一緒にIQも切除してきたのか?


 ちなみに何でこんな代物のガスになったかというと、元々パヴェルが塹壕制圧用に試作していた毒ガスグレネードを急遽低致死用に転用したかららしい……アイツ何やってんの(誉め言葉)。


 まあいい、これで警備兵もグッと数が減った……筈だ。


 後は逃げるだけ。今夜は美味い飯が食えそうだ。





 

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