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癖の強い弟妹たち

『革命家だとか活動家は、大抵の場合は思い付きでエビデンスのない突拍子もない事を始める。おまけに忠告をしても聞く耳を持たない。だから正直、あまり仲良くなりたいとは思わない人種だよ』


ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵、転生者の活動家によるイライナ民主化の即時実施の提案を受けた後、妻のクラリスに発言



 リガロフ公爵はイライナの民主化に対して以前より計画していたが、急激な民主化は国内の混乱を招く結果となるであろうと見ていたため、国民に国の政治の主役である事を自覚させるべく長期計画を立案し、細心の注意を払いながら慎重に民主主義の種を蒔いていた。そしてミカエルの蒔いた民主主義の種は1988年、晴れて芽吹く事となる(1988年、イライナ人民共和国)。


 彼女にとっては存命中に成果を見る事はないと分かっていながらも推し進めていた極めてデリケートな計画であり、何も知らない部外者に土足で荒らされるのはたまったものではなかったようだ。


 なお、1988年の民主化も国内ではかなり意見が分かれており、ノヴォシアによる選挙への介入と親ノヴォシア政権による属国化を警戒する慎重論は依然として根強かったものの、当時リュハンシク州を収めていた”ガブリエル・ラファエロヴィッチ・リガロフ公爵(※ミカエル君の孫、ラフィーの息子)は議会で『ノヴォシアの工作員と売国奴はこの俺が皆殺しにするからそんな事はさせない』と発言。選挙への多少の干渉は認められたものの、民主化以降は親ノヴォシア政権はことごとく跳ね除けられている。


 ちなみに上記の発言を受け、ガブリエルは国民から『イライナのロベスピエール』、『首狩り公爵』と呼ばれる事となった。


「はい、討伐確認しました。お疲れ様でしたぁ」


「確認ありがとうございます」


 信号弾を見て駆けつけてくれた管理局の職員(狸の獣人の女性だった)にお礼を言い、山のように積み上げられたヴォジャノーイたちの死体の方を振り向く。


「ところでお2人はその……冒険者見習いですよね? 同伴者の方はどちらに?」


 職員に問われるが、まあそれも当然だ。


 僕とラグエル、そして他の弟妹たちは皆冒険者見習いだ。冒険者見習いは15歳から登録可能な仮登録制度で、17歳から行える本登録までの間は実務経験2年以上の冒険者が同伴である場合に限り実戦での活動が許可される、というものだ。


 だから僕たちの同伴者が見当たらない事に疑問を持つのも当たり前であろう。


「ええ、父上でしたらあちらの方に」


「お父上様……まさか、リガロフ公爵が?」


「はい。きっと今頃、車で昼食でも作って待っててくれてるはずです」


「親父は俺たちがヤバくなった時に助けるって言ってたけど、今回も出番はなかったな」


「ああ……そういう事でしたか」


 父上は僕たちに自由にやらせてくれる。


 同伴はするけれど、それは作戦展開地域までの事。そこから先は僕たちに完全に一任させ、隙にやらせてくれるのだ。


 放任主義、というわけではない。いつまでも父上の考えた作戦で動いていたら自分で考えて動けるような冒険者に育たないし、その方が自分の行動にも責任を持てるから、というのが父上の考えなのだろう(そして僕たちはもう十分な実力がある、という判断のようだ)。


 つん、と鼻に込み上げてくる悪臭に、思わず顔をしかめた。


 随分と酷い臭いがする。まるで夏の昼下がり、気温が最も上昇する時間帯に生魚を常温で放置していたような……あるいは腐りかけの魚を冷蔵庫に詰め込んでいるかのような、何とも言えない生臭さ。


 あまりにもキツい臭いに、管理局の職員の人はオフロードバイクに乗るなりそそくさと現場を離れていった。そりゃあそうだ、僕も早く帰ってシャワーを浴びたいところだけど、冒険者としてやらなきゃいけない事が残っている。


 死体の処理、だ。


「ん、兄貴」


「うん、ありがとうラグ」


 ボウイナイフでヴォジャノーイの脚の肉を剥ぎ取り終えたラグエルからガソリン一杯のジェリカンを受け取り、傍らにそっと置いた。


 ヴォジャノーイやルサールカの死体は、さっき錬金術で掘った大穴の中にぶち込んである。そのまま林の中で火を放ったら延焼して、林が全焼する事になりかねない。だからその辺は細心の注意を払って穴を掘り、その中で死体を燃やす事とした。


 とはいえ昨日の雨に加えて雪解け水まで含んだイライナの土は重く、それでいて多くの水分を含んでいる。燃やしている最中に滲みだした水分で火が消えたりするだろうなぁ、こりゃあ骨が折れそうだ……と思いながら、ジェリカンの蓋を開けてどぼどぼとガソリンを蒔いた。


 中身が空になったのを確認してから、穴の中へと火炎瓶を投げ込むラグエル。パヴェルさんが飲み干したウォッカの酒瓶で作った火炎瓶が割れる音と共に炎が一気に広がって、穴の底からは瞬く間に肉の焦げる臭いが漂い始める。


 地獄の釜、という言葉が脳裏を過った。


 父上の話では、東洋では死者は血の池に投げ込まれ、針の山を登らされ、そして地獄の炎で焼かれる責め苦を延々と味わう事になるのだという。


 穴の底で炎に包まれ、表皮を急激に炭化させていく足のないヴォジャノーイたちの死体を見下ろしながら、地獄って本当にあんな感じなのかな……とぼんやり思った。


 炎に包まれた死体たちが、まるで蘇ったかのように動き始める。


 一瞬、まだ生き残りがいたかと思ったけれども違う。


 燃えている事で筋肉が収縮し、さながら焼かれて生き返ったように見えているだけだ。


 こんな光景をアザゼルが見たら「ぴえー!」なんて泣き出すだろうな……そう思いながら、ラグエルから受け取ったジェリカンのガソリンを注いで火の勢いをさらに強めた。


















 太古の昔から、この世界では死体の処理には火葬が必須だ。


 昔は土葬や風葬、水葬に鳥葬……死者の弔い方は多様性に飛んでいて、民族の文化や信仰が色濃く反映されていた、と歴史書には記されていた。


 けれども死体は長時間放置すると、ゾンビとなって蘇る。そして生者に対して襲い掛かり、噛み付かれたり引っかかれた生者もまたゾンビとなって汚染が広がっていくのだ。


 そういう事もあって、ゾンビ化する形で遺体を弔ってしまう文化を持っていた民族は遥か昔に滅ぶか、遺体を炎で清めるよう変化を促された。


 今でこそ世界中にあらゆる宗派や文化が存在するけれど、その国のどの文化でも、どの宗派でも共通して死者を弔う際は火葬と決まっている。


 そうでなければ、蘇った死者に自分たちが貪られる事となるからだ。


 そんなこんなで死体の処理を終え、念のため周囲に警戒しつつ林の中を進むこと数分。どこからともなくパンや茹でたジャガイモの匂い、それからサーロの脂身の匂いが漂ってきて、父上がこの辺にいるんだなという事が分かる。


 お腹も空いたし、父上に今回の仕事の成果を報告したくて、自然と早足になった。


 大きな木の根を飛び越え、茂みを突っ切っていくと、やはりそこにはキャビンにブローニングM2を乗っけたウラル-4320が停車していて、傍らでは小柄なハクビシンの獣人が火にかけていた鍋から茹で上がったジャガイモを取り出しているところだった。


「父上!」


「お、2人ともお帰り。首尾はどうだ?」


「討伐完了です。しかしルサールカまで出てくるとは……」


「ま、兄貴がすっげえ一撃でぶちのめしたけどな」


「はっはっは、大物を仕留めたか。さすが俺たちの子供だ、よくやった!」


 嬉しそうに笑うと、父上は子供の頃と同じようにわしわしと僕たちの頭を撫でてくれた。さすがに僕も16、ラグたちは15になるから親に頭を撫でられるというのは少し恥ずかしい年頃だけど、でも不思議と悪い気はしない。


 それに父上は他の貴族の親とは違う。


 貴族学校にいる成績優秀な子の親は、テストで良い点数を取っても、魔術競技会で優秀な成績を収めても「このくらい当たり前だ」と言って褒めてくれないのだそうだ。両親に最後に褒められたのはいつだったか……寂し気にそう話していた友達の事を思い出してしまう。


 けれども僕たちの親は、決してそんな事はしない。


 優秀な成績を叩き出したらいつも褒めてくれるし、仕事を終えたらこうして労ってくれる。だから変に追い詰められる事もないし、むしろもっとやってやろう、という気にさせられる。


 きっとこの人たちは子育てが上手いんだろうな……と16歳ながらに考えさせられる。僕も子供が生まれたら参考にさせてもらおうかな、なんて思っていると、持ってきた折り畳み式のテーブルの上で調理していた父上はニコニコしながらサンドイッチを差し出してくれた。


「ほら、昼飯」


「あ、ありがとうございます父上」


「うっほ、これこれ。親父のコレ好きなんだよねぇ俺」


「物好きだなぁラグ。でもまあ、気持ちは分かる。俺も若い頃はよく現地に食材持ち込んで、コレ作って食ってたもんだ」


 笑いながらそう言う父上。『若い頃』なんて言うけれど、今の父上だって若い姿をしている。


 今年で父上は37歳になる。けれどもこの人ったら不老不死なのか、それとも若さを保つ秘訣でもあるのか……なんだろう、僕が物心ついた頃から全然変わっていないように思える。


 肌は真っ白でつやつや、おまけに体格は身長150㎝のミニマムサイズで、はっきり言って初等教育を受けてる子供と並ばれるとどれが父上なのか判断に困るレベルだ(まあそれは僕を含めたリガロフ家の男性陣全員に言える事なんだけども)。


 母上曰く『出会った頃からほぼ変わっていない』との事で、もしかしたら父上に”老い”という概念はないんじゃないか……そう思ってしまう。


 まあ37歳にもなって未だにアイドル衣装着て慰問ライブとか握手会とかやってるし、テレビ画面の向こうでは日曜の朝7時から魔法少女(の中の人)として活躍してるし、しかもアニメの方は今年の夏に劇場版作品が公開される事になってるし何なんだろうねウチの父親。


 父親だけではない、母親もはっきり言ってヤバい人だ。


 母上をヤバい人だと認識したのはある日の晩。父上の右腕を肩の辺りまで丸呑みしていたのを見てしまったせいで、僕の頭のどこかでは母上をアナコンダ的なクリーチャーと認識してしまっている。


 後から聞いた話では、アレ父上のパンツを食べようとしていたのを止めようとしてああなったのだそうだ……ごめんなさい情報量が多すぎて理解できないや。


 とりあえずご飯食べよう……そう思いトラックの荷台に上がると、荷台の中には先客がいた。


 前髪は白く、しかし部分的に蒼い頭髪も見受けられる。髪は前髪が隠れてしまうほど長くて、体格も鍛えていると言うにしては随分とひょろりとしている。


 アザゼルだ。


 リガロフ家、リュハンシク領主の次男。ラグエルと同い年だが生まれるのは彼の方が早かったので次男という事で落ち着いている。


 ピコピコと携帯ゲーム機を操作しながら、父上の作ったと思われるサンドイッチを食べている……それは良いんだけど、サンドイッチを掴んでいるのは彼の手ではなく傍らを飛ぶ超小型ドローンのアームだ。両手でゲームをしながらドローンにご飯を食べさせてもらっているのだ。


「ん……あ、お兄。お帰り」


「ただいま。アザゼルはずっとここにいたの?」


「ん。ルサールカと戦ってた父上をドローンで援護した」


「ルサールカ? そっちも遭遇したのか?」


「そう」


 という事は複数の(コロニー)があった、という事だろうか。


 もしそうなら今の段階で潰せてよかった。放置して大繁殖を招いていたらどうなっていた事か。


 嘘やん……みたいな顔をしているラグエルと一緒に荷台に座り、貰ったサンドイッチにかぶりついた。


 よく父上が現場で作ってくれるサンドイッチは美味しい。厚めに切ったパンにサーロを塗って、茹でたジャガイモの輪切りと玉ねぎを挟んで食べるのだ。サーロの塩気とジャガイモのまろやかな舌触り、それから玉ねぎのシャキシャキした食感が良いアクセントになって見事な調和を見せている。


 一足先に食べ終えたアザゼルは、ゲーム機の充電が切れたようで、舌打ちしながらゲーム機をポケットに押し込みスマホを取り出した。


 正直言って、アザゼルは引きこもりだ。


 外に出るのが怖いらしく、しかも超が付くほどの人見知り。家族以外の人とはまともに話も出来ないレベルで、だからもっぱら城の部屋に引きこもっては身の回りの世話をドローンに全部やらせている。


 さすがに歯磨きや着替えまでドローンにやらせているのを見た時はコイツ凄いのかダメなのか分からなくて頭がバグりそうになった……けれども仕事はしっかりドローンにやらせていて、いつもアザゼルの代理のドローンが管理局で仕事を受注して出撃していく姿を目にする。


 ただシャーロット博士のせいなのか機械工学や電子工学の分野に関心が強く、あのドローンも全て自作したものであるとの事だ。しかも同分野では既に特許を3つほど取得している。


 紛れもない天才だが、しかしそれを帳消しにするレベルの堕落ぶりである……父上はどう思ってるのだろうか。結果出せばOKという寛大な感じっぽいけども。


 しばらく待つ事数分。外からにぎやかな声が聴こえてきたので、他の弟妹達も返ってきたのかなと思い荷台から顔を出してみると、やっぱりそうだった。一仕事終えたアズラエルにアラエル、ウリエルとラムエルがそこにいて、父上からサンドイッチを受け取ってニコニコしているところだった。


「あ、ラフにい! 一番乗り?」


「いや、さすがに父上が一番乗りだよアズ。そっちは?」


「こっちはねぇ~、ルサールカが2頭も出てきて大変だったよ」


「でモ全部アラエルが叩きのめしたヨ」


「え゛」


 嘘でしょ……と思いながら妹の方を見てみると、母親(イルゼさん)と同じく修道服姿のアラエルはこっちを見ながらニコニコしている。その手に帰り血まみれのメイスを握り締めながら。


「うふふ、異教徒ですもの。慈悲など欠片も与える必要はありません。そうですよね兄上?」


「ぴえ」


 おかしい、おかしい。


 彼女の信仰しているエレナ教って弱者救済を第一に掲げた救いの宗教ではなかったか……光属性の魔術を修めた神父様やシスターが病人を救うイメージが強く、少なくとも異教徒をメイスで動かなくなるまでボコスカ殴る過激派宗派ではなかったはずだが。


「ん、ごはん食べる」


 スナイパーライフルを背負い、両手で持ったサンドイッチをもっもっもっと頬張るラムエル。この子はこの子で何を考えているか分からない不思議な子で、もう15年の付き合いになるんだけど未だに何を考えているのか分からない。


 作戦会議中にテントウムシの背中の斑点は何個あるのかと真面目に考えていたり、皆で感動する映画を見に行った時は夕飯の事ばかり考えていたりとかなり癖が強い。自由過ぎるのだ。


 もしかしてウチの兄妹でまともなのって僕だけなのではないか。


 そう思うと、なんだか胃に穴が開きそうだった。




ミカエル君の子供たち一覧


クラリスの子

・ラファエル(長男)

・ラグエル(三男)


モニカの子

・アズラエル(長女)


イルゼの子

・アラエル(次女)


リーファの子

・ウリエル(三女)


シェリルの子

・アザゼル(次男)


カーチャの子

・ラムエル(四女)


シャーロットの子

・サキエル(五女)

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― 新着の感想 ―
何故かミカエル君がベレー帽を被り紅茶を飲みながら、冒頭部の台詞を語っている姿が見えてしまいました。まあミカエル君はブランデーは入れないでしょうけど。 イライナのロベスピエールと言われたミカエル君の孫な…
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