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英雄の子供たち

ミカエル「ぴえーんママーみんながミカの尊厳踏み躙って遊んでるよぅ」

レギーナ「よしよし、泣かないの。あとはママが何とかするからね」


レギーナ「……さて、と」


バチギレギーナ「おどりゃあ覚悟はええか……?」


登場人物一同「ヒッ」



 1907年 4月5日


 イライナ公国リュハンシク州 州都リュハンシク郊外







 晴れた日にはマズコフ・ラ・ドヌー市街地が一望できるであろう国境付近の平原は、雪解けが始まると一気に泥濘と化す。


 農業に適したイライナの肥沃な鎚は、兎にも角にも水分を溜め込みやすい性質を持つ。それ故に水分を吸収するやなかなか乾かず、ひとたび足を踏み入れればあっという間に膝まで沈んでしまうなどという事も珍しくないのだ。


 加えて、イライナの土は”重い”。


 粘度が高く、保湿性に優れ、そして単純に重いイライナの土。その泥濘から脱出するのは容易ではないのだ。


 それこそ、最新式の戦車ですらひとたびスタックすれば脱出が困難になる程に。


 しかしそんな泥濘を、自由自在に泳ぎ回る魔物もまた存在する。


「……」


 泥濘に刻まされた足跡を辿っていた少女―――ラフィーは、その先に落ちている異物に気付くなりツァスタバM21の安全装置(セーフティ)を弾いた。カチッ、と聞き慣れた音が響くなり、脳の深奥にあるスイッチもまた切り替わるのが分かる。


 身体中の全細胞が戦闘モードに切り替わる瞬間だった。


 銃を構えつつ、ハクビシン獣人の長い尻尾を器用に操り、後続の弟『ラグエル』にも注意を促すべくサインを送る。


 地面の上に転がっていたのは、家畜と思われる牛の脚だった。前足なのか、後ろ足なのかは判別がつかないが、しかしそこから上にある筈の身体は綺麗にごっそりなくなっており、足の周囲には血だまりが出来上がっている。


 傷口を見るまでもなく、何が起こったのかは容易に想像がついた。


 泥濘の主、ヴォジャノーイは肉食性だ。


 オタマジャクシのような姿の幼体から始まり、成長すると大きな口と牙が特徴的なカエルに似た姿へと進化して、泥濘の中を自由自在に動き回りながら獲物を狩るのだ。その足は珍味として名高いが、それと同時に恐ろしい泥濘の捕食者である事も忘れてはならない。


「……ラグ」


「おうよ」


 地面に落ちている牛の脚をつまみ上げ、無造作に放り投げるラフィー。


 強引に引き千切られたような傷を晒しながら脚が地面に落ちたその時だった。ボコン、と地面が大きく盛り上がるや、そこから巨大な牙が生えて―――周囲の土もろとも牛の脚を、巨大な口が呑み込んだのは。


 ヴォジャノーイ―――泥濘の捕食者だ。


 頭部にあるエラにも似た器官から、先ほど牛の脚と共に呑み込んだ土を排出しながらこちらを振り向くヴォジャノーイ。


 幼体の頃は殆どを地中で過ごす関係上、決して視力は良くはない。だがしかし地面に伝わる振動を察知する能力と、極めて鋭敏な聴覚は人間のそれを遥かに上回る。


 ぎょろり、と爬虫類特有の瞳がラフィーとラグエルを睨んだ。


 飛び出してきたのは身長2mほどの大型の個体だ。やはり食べ残しの牛の脚程度では全く腹が膨れなかったのだろう。小柄とはいえ、獣人の冒険者が2人も目の前にいるとあっては食わずにはいられないらしい。


 人間1人を丸呑みできそうなほど大きな口を開け、飛びかかる素振りを見せるヴォジャノーイ。


 しかしそうなるよりも先に、一発の弾丸がその眉間を無慈悲に撃ち抜いた。


 .45ロングコルト弾―――それを放ったのは紛れもない、ラグエルの持つ『コルト・シングルアクションアーミー』だった。


 目にも止まらぬ早撃ち(ファスト・ドロー)で放たれた一撃は、しかし腰だめでの射撃でも狙いを違う事なく正確にヴォジャノーイの眉間をぶち抜くや、小さく薄い頭蓋を粉砕して、ピンク色の無防備な脳味噌を蹂躙したのだ。


 やった―――とは、思わない。


 むしろ今の銃声が呼び水となったに違いない―――ざわざわと、林の中の木々がざわめくのが分かる。


 言葉を交わす事もなく、ラフィーとラグエルは同時にその場から飛び退いた。


 ドン、と地面が盛り上がるなり、ヴォジャノーイが先ほどまで踏み締めていた地面から飛び出してくる。


 その真っ白で柔らかく、無防備な腹へと照準を合わせ、ラフィーは引き金を引いた。


 ツァスタバM21から放たれた5.56㎜弾に撃ち抜かれ、血を撒き散らしながら崩れ落ちるヴォジャノーイ。


 始末した1体の心臓に追加で5.56㎜弾を撃ち込み、横目で周囲を確認した。


 銃声と血の臭いに刺激されたのだろう、林の奥からぞろぞろとカエルのような姿のヴォジャノーイたちが集まってくる。


 おそらく近隣に(コロニー)があったのだ。これだけの規模のヴォジャノーイが集まってくるという事は……いや、依頼主の飼育していた家畜が5頭も短期間で姿を消した、という事前情報を考慮すれば当然ともいえる。いくら食欲旺盛なヴォジャノーイでも、身体の大きな牛を5頭も短期間で平らげるのは難しい。


 そしてコロニーがあるという事は、それらを束ねる”女王”もいるという事で……。


『ヴォロロロロロロ……』


「兄貴、あれ」


「うわぁ……」


 パパン、と飛びかかってきたヴォジャノーイをツァスタバM21で撃ち殺しながら、ラフィーは顔をしかめる。


 林の奥、ぞろぞろと姿を現すヴォジャノーイたちに紛れて姿を現したのは、他の個体よりも遥かに巨大な身体を持つ二足歩行のカエルのような、何とも言えない怪物だった。ぬるりと湿ったオリーブドラブの皮膚には斑模様があって、水掻きのある手からは鋭い爪が伸びており、人間どころか牡牛や大熊でさえも丸呑みにしてしまうほど大きな口の中には、長さの不揃いな石器を思わせる質感の牙が不規則に生えている。


「ルサールカ……でかくね?」


「いるとは思ってたけど、これはちょっと予想外かなぁ」


 ルサールカとの交戦は、これが初めてだ。


 図鑑と父から受けた座学で事前情報は知っていても、実際に遭遇するのでは迫力が段違いである。何か、本能的に感じてしまうものがあるというべきだろうか。巨大な敵との遭遇や絶望、恐怖。そういった感情が言語化しがたい感覚へと変換され、重々しく鳩尾の辺りに沈殿していく感覚を覚えつつも、ラフィーはツァスタバM21から手を離した。


 ライフルの保持をスリングに預け、右手を腰の鞘へと伸ばすラフィー。


 剣の鞘を6本束ねたような、特異な機械式の鞘から抜き払われたのは、彼女の得意とするレイピア―――いや、刺突を目的とした剣とは言い切れない特異な得物であった。


 抜き払われたそれは、確かに大枠では”レイピア”と言えるのかもしれない。


 しかし両手持ちを前提とした大剣のように長い柄と大柄な護拳(ヒルト)、そしてそれらから伸びる剣身は確かに刺突を目的とした形状をしているものの、目を引くのはその”太さ”だ。


 通常、レイピアの剣身とは細く鋭く造られているのが一般的である。振ればしなるほどの細さのそれを自在に操り、相手の急所を的確に刺し貫くのがレイピアの運用方法であり、形状もそれに最適化したものとなっている。


 しかしラフィーが引き抜いたそれは、さながら杭のように太い剣身を持つ異様なものだった。


 レイピアと騎兵槍(ランス)を足して2で割ったような形状、と言うべきであろう。


 剣身の長さは実に1m、柄の長さだけで50㎝にも達する巨大なそれは、ラフィーの背丈とそう変わらない。彼女がイライナ人の平均から見ても小柄なサイズ感である事を差し引いても―――常人が扱う事を想定してもなお長大に過ぎるそれは、剣というよりはもはや槍、あるいはその中間とも言えた。


 大型レイピアを引き抜くなり、ラグエルは兄と言葉を交わす事もなく全てを察した。


 そして魔物たちを哀れんだ―――ラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフという英雄の息子があの剣を抜いたからには、もうこのヴォジャノーイたちに勝ち目はない、と。


 すぐに頭を切り替え、兄に先んじて前に出るラグエル。


 何をするべきかは分かっている―――大物、ルサールカを仕留めにかかるであろう兄の援護。つまるところは露払いだ。


『ヴォォォォォォ!!!』


 襲い掛かってくるヴォジャノーイをシングルアクションアーミーの一撃で撃ち抜く。


 そのままトリガーを引きっぱなしにし、左手で撃鉄を素早く起こす。


 起こされたばかりの撃鉄が撃ちおろされ、フルオート射撃さながらの勢いで次の弾丸が発射されていった。

 

 ”ファニングショット”と呼ばれる、シングルアクションアーミー等のシングルアクション式リボルバーで使う事の出来る”技”の一つだ。引き金を引いたまま撃鉄を起こす事で、疑似的なフルオート射撃が可能となるのである。


 4体のヴォジャノーイを的確にヘッドショットしつつ、トリガーガードに指をかけながら得物をくるりと回すラグエル。黒色火薬特有の硝煙を銃口からたなびかせるそれをホルスターにストンと落としつつ、今度は左手の人差し指と親指の付け根を大型化した撃鉄に引っかける要領で、反対側のホルスターのシングルアクションアーミーを用いた早撃ち(ファスト・ドロー)を披露する。


 そのままの勢いで二度目のファニングショット。ルサールカを守らんと展開するヴォジャノーイたちを次々に撃ち殺し、一旦倒木の影へと滑り込む。


「やっぱりリボルバーだよ」


 笑みを浮かべながらローディング・ゲートを弾き、エジェクターを押して薬莢を排出し始めるラグエル。


 自動拳銃(オートマチック)ではマガジンを交換し、スライドを前進させるだけで済む作業である。しかしリボルバー……特に初期のシングルアクションモデル、固定フレーム型ではそうもいかない。排莢と装填を全て、1発ずつ行わなければならないのである。


 しかしそんな手間暇のかかる機構の銃を、ラグエルは敢えて良しとした。


 それは幼少の頃に見た西部劇のガンマンの影響であるが―――彼にとってこれは()()()()()()を行うための大切な時間なのだ。


「マグチェンジでは到底味わえない!」


 排莢を終え、.45ロングコルト弾をシリンダーへと滑り込ませていく。


 この一連の動作を、父に銃を持つ事を許された時から何度繰り返してきた事か。何千、何万と繰り返してきたそれはもはや職人技の域に達しており、今の彼の技量では排莢と再装填に2秒もかからない。


「俺のリロードは―――レボリューションだ!!」


 2丁のリボルバーを手にして飛び出し、発砲。せっかく構築した突破口を塞ごうと躍り出てくるヴォジャノーイ2体を瞬く間にヘッドショットしてしまう。


 そしてその倒れゆく2体のヴォジャノーイの合間を縫うかの如く、一陣の風が突き抜けていく。


 それはかの”雷獣”の血を引く長子でありながら、しかしその雷を宿す事のなかった仔。


 だが、そんな事は関係ない―――魔術の道が閉ざされたのならば、錬金術と物理で全てをこじ開け、薙ぎ倒し、突き進んでいけばいいのだから。


『ヴォロ!』


「―――邪魔だよ」


 目の前に立ちはだかる大柄なヴォジャノーイに、しかしラフィーは臆することなく突っ込んだ。


 姿勢を低くし、一歩一歩を力強く踏み締めながら、肉食獣にも迫る速度を乗せた大型レイピアの刺突。突き出されたばかりのそれは音速を超え、渦輪状の衝撃波を出すなり、間髪入れずに切先に赤い光を燈らせる。


 音の壁に加え熱の壁まで突破した事により生じる断熱圧縮熱。


 灼熱の杭と化したそれは、ヴォジャノーイのどてっ腹をものの見事にぶち抜いた。まるで障子紙を指先で突き破るような、空振りしたのではないかと錯覚してしまうほどの手応えの無さに一瞬動揺するラフィーであったが、しかし衝撃波の残滓で血飛沫すら吹き飛ばしながらルサールカへと急迫する。


 本能的に危機を感じ取ったのだろう。ルサールカは後退ると、巨大な手で足元の地面を抉り、巨大な泥の塊を散弾さながらに拡散させて飛ばしてくる。


 イライナの重い泥濘だ。当たった瞬間の衝撃は相当なものになるだろうし、それに耐える事が出来たとしても重くねっとりと纏わりつく泥のせいで身動きは取れなくなるだろう。


 しかし―――当たらなければどうという事はない。


 驚異的な動体視力と、それに反応できる肉体は、もう既にどちらもラフィーの手の中にあるのだ。


 泥の散弾を全弾回避。飛沫すら受けることなくついにルサールカの正面に立つラフィー。


 群れの長を守らんと他のヴォジャノーイたちも慌てて踵を返してラフィーの背中を狙いが、しかしそうは問屋が卸さない。無防備極まりない背中を、武器をウィンチェスターライフルに持ち替えたラグエルの性格さと素早さを兼ね備えた射撃が撃ち抜いていく。


 もう、誰もラフィーを止められなかった。


 半ばヤケクソになったかのように、ルサールカが剛腕を振りかざしてラフィーを叩き潰さんとする。たった身長150㎝のミニマムサイズの獣人如き、手のひらの一撃で容易に叩き潰してしまえるであろう。


 その攻撃が当たればの話だが。


 次の瞬間だった。


 ドン、と大地が爆ぜた。


 砲弾の炸裂にも等しい轟音―――それがただ、大地を蹴った音だと言って誰が信じるであろうか。


 その一歩で急迫したラフィー。


 突き出された大型レイピアの一撃が、無慈悲にもルサールカの腹を直撃する。


 驚異的な現象が起こったのは、それからすぐだった。


 ルサールカの腹を直撃した切っ先が、まるで圧力に耐えかねたかのように”潰れた”のである。


 しかし恐ろしいのはそこからだった。


 潰れた切っ先が、しかしどんどん突き入れられる剣身の圧力によって傘のように広がり―――そのままゴリゴリと、強引にルサールカの腹を穿っていったのだ。


 戦車の砲弾で用いられているAPFSDSが装甲を貫通していくのと、全く同じメカニズムだった。


 ラフィーの刺突の速度と力があり過ぎるせいで、少し本気を出すだけでレイピアの剣身が『ユゴニオ弾性限界』を迎えてしまうが故に起こる、さながら”人力APFSDS”ともいえる現象だ。


 杭のように太く、半ば騎兵槍(ランス)とも呼べるサイズの大型レイピアに刺し貫かれたルサールカ。腹に大穴を穿たれ、後に続く衝撃波で風穴を開けられた泥濘の女王は、その痛みから逃れようとするかのように剛腕を振り回し―――やがて力尽き、仰向けに崩れ落ちていった。


 ズズン、と地鳴りのように響き渡る振動。


 ドーム状に広がった衝撃波の恩恵で返り血を浴びる事のなかったラフィーは、何も言わずに柄のスイッチを押し込んだ。


 APFSDSのようにユゴニオ弾性限界を迎え、すっかり短くなってしまったレイピアの剣身。


 それが根元から外れ、ぽろりと足元へ転がり落ちる。


 そして柄だけになったそれを予備の鞘へと納め、中に入っていた予備の剣身に接続して引っ張り出す。


 使い捨ての剣身を抜き払い、くるりと回してゆったりと後ろを振り向いた。


 女王を殺され、凍り付くヴォジャノーイたち。


 有り得ない事を目の当たりにし、本能的に死を恐れている彼らに―――ラフィーは、しかし罪人に罪状を突きつけるかの如く告げた。




「ごめんね―――逃がしてあげる事は出来ないんだ」





ラファエルの大型レイピア


 ミカエルとは違い、魔術の適正が無かったが故に他の強みを模索する事となったラフィー。最終的に彼女は銃を用いた射撃と錬金術、そして母親譲りの身体能力を生かした白兵戦に特化した訓練を受ける事となったが、しかしラフィーの身体が発育を迎え大人の身体になっていくにつれ、ある問題が生じた。


 訓練に用いていたレイピアが、ラフィーの力が強すぎるせいで簡単に折れるようになってしまったのである。ならば、とミカエルはパヴェルに依頼し頑丈なレイピアの制作を依頼するが、それすらもラフィーの刺突の際の不可に耐えきれずユゴニオ弾性限界を迎えてしまい全損する結果となった。


 そこで名工パヴェルは逆転の発想に至る。『剣身が耐えられないならいっそ剣身を使い捨てにすればいいんじゃないか』と。


 ユゴニオ弾性限界というAPFSDSと同じメカニズムでの装甲目標の貫徹も考慮し、剣身の材質はタングステン合金、あるいは劣化ウランを用いる事で確定。重金属中毒も懸念されたが、放射性物質同様にエリクサーを摂取すれば中和する事が可能である事がシャーロット博士により証明されたため問題は解決された。

 

 予備の剣身は鞘を6つ束ねた特注ユニット(※8本、10本のバリエーションの他、腰の反対側にもう1セット装着可能)に1本ずつ収めて携行する。

 また、剣身を使い尽くしても戦闘継続が可能なよう、柄尻には小型のメイスが取り付けられている。逆手持ちにする事でこちらが上に来るので、それを振るって相手を殴りつける事が可能となるわけだが、たいていは剣身を使い果たす前に決着がついてしまうため、搦め手での殴打以外にラフィーはあまり用いなかったようだ。


 なお、剣の刺突でユゴニオ弾性限界に達した人物は、神話の時代の英雄を含めてもラファエルただ1人だけであり、この記録はベイカー世界記録にもばっちり記録されている。







 なんだこのミニマムゴリラは。



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― 新着の感想 ―
悲報、ミカエル君37歳になっても尊厳紙風船のみんなのフリー素材の模様。何だったら40歳を超えてもあるいは…() ラファエル君とラグエル君、もしかして冒険者にも登録したんですかね。二人ともすっかり兵士…
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