次世代の担い手たち
ミカエル「まったく、パヴェルのやつ……アイツのアニメのせいで領内の子供たちに【ミカエル君=魔法少女】って認知されてるの何の冗談だよ」
ミカエル「……でも錬金術使えば変身とかできそうだよな」
ミカエル「……やってみるか」
魔法少女ミカエル君「ミカミカ☆本気狩るチェェェェェェェェンジ!!!」
ラフィー「ち、父上……?」
ミカエル「」
ラフィー「い、いや、あの、えっと……ほ、ホラ、昨今では多様性の重要さが叫ばれてますし、ね? うん……ハイ、お邪魔しました」
ミカエル「ま、待てラフィー! 違うんだこれは! 誤解じゃないけど誤解なんだ! 違 う ん だ ラ フ ィ ー ! ! ! 」
1898年 9月1日
イライナ公国リュハンシク州 州都リュハンシク郊外
旧市街地 訓練場
シャーロット、妊娠から10ヶ月経過
何事も、日頃の積み重ねが重要である。
結局のところ本番で出てくるのは、そういった日頃の練習で身体に染み付いた技能だ。直前になって付け焼刃で何とかしようとした事など出てくるはずもない。最も重要なのは『身体で覚える事』である、と今なら自信を持って言える。
ツァスタバM21を構え、訓練開始のブザーと共に引き金を引くラフィー。ガンガン、と軽快に5.56㎜弾を放つが、しかし動いている標的を狙うのは慣れていないようだ。勢いよく発砲しているように見えるが、しかし目標の3機のドローンは1機が被弾しスピンしながら墜落していくばかりで、残りの2機は未だ健在である。
それもそうだろうな、とは思う。
止まっている標的と動いている標的を狙うのでは、その難易度は段違いだ。止まっている標的であればある程度射撃の心得がある素人でも当てられるが、動いている標的はそうもいかない。
こちらの弾速と弾道を予測した上で、相手の移動速度も考慮し偏差射撃をしなければならない……やる事が増えるだけで物事は一気に複雑になる。そして大概はそれが難易度の上昇へと繋がるのだ。
そういう意味でも、武器を使い込むというのは重要である。何度も何度も繰り返している間に、それがどういう武器なのか、という根底に関わる部分から、どういう癖があるのか、という細かい部分まで把握する事が出来るからだ。
武器を変更してそれを自在に使いこなす、というのはゲームやアニメの中だけの話。現実ではそうもいかないのである(そして実際の軍隊の兵士はそういうレベルで武器を使い込むので銃の更新の際は操作方法が似通っている事が望ましいとされる)。
訓練終了のブザーが鳴ると、ラフィーは悔しそうな顔をしながらもマガジンを外してコッキングレバーを引き、薬室から5.56㎜弾を排出。何度か空撃ちして弾丸が出ない事を確認してから安全装置をかけ、銃口を降ろした。
結局、撃墜できた標的ドローンは1機だけだった。
「ふぇ~……当たらないよう……」
「こればかりは慣れだな……動いてる敵を狙うのは難しい」
悔しそうにしている息子の頭をそっと撫でてから、手元のコンソールを操作して難易度をMAXに。ちょっとお父さんにやらせてごらん、と言ってラフィーに代わってもらうなり、ベリルのコッキングレバーを引いて初弾を薬室に送り込んでから安全装置を解除。訓練開始スイッチを押し込んだ。
ビー、とブザーが鳴り響き、廃工場を流用した訓練場から無数の標的ドローンが飛び出してくる。
M-LOKハンドガードにマウントしたハンドストップに指を引っかけ、Cクランプ・グリップの姿勢で射撃を開始。ホロサイトのレティクルを動く相手に合わせるのではなく、ここだ、という予測位置を”なぞる”ようにして引き金を引いていく。
発射された5.56㎜弾は相手のドローンからすれば移動しようとしていた未来位置に”置いて”あったようにしか見えないだろう。
まるで自分から弾丸に突っ込むような形で早くも1機のドローンが被弾、墜落していく。
まるで蚊の群れに殺虫剤を吹きかけたような光景だった。5.56㎜弾に被弾したドローンが次々に煙を噴き上げ、機体をスピンさせながら墜落していくのである。
銃口からやけに弾道が光る弾―――曳光弾が発射、それがドローンを撃墜したのを確認するなり、マグポーチから引っ張り出した新しいマガジンと空になったマガジンを交換。使い切ったマガジンはダンプポーチへと放り込んでコッキング、射撃を再開する。
これはテンプル騎士団で訓練を積んだパヴェルから教わったテクニックだ。マガジンに装填する最後の1発を曳光弾とすることで、弾切れを目視で判別できるというものである(※これは実際にロシア軍がやっている事でもある)。
ほぼ1秒に1機撃墜する勢いで撃ちまくっていると、訓練終了を告げるブザーが響いた。
訓練時間はまだ3分も余っている。訓練終了の理由はタイムアップなどではなく、標的用のドローンが殲滅されてしまったからだ。
「いいかラフィー」
マガジンを外し、薬室から弾丸を排出して空撃ちを行い安全を確認。安全装置をかけながら息子の方を振り向き、告げる。
「このレベルを目指しなさい。じゃないと実戦では役に立たない」
「は、はい父上」
「大丈夫、日頃の鍛錬を積み重ねていけばいずれこうなる。いや、お前なら俺なんかすぐ追い越すさ」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ。魔術の適正は無かったが、しかし他の分野ではお前が一番優秀だ」
弟妹たちよりも1つ年上だから、とかそういうつまらない理由ではない。
実際、ラフィーは魔術以外の分野では優等生と言っていい。スタミナは同年代の子供の平均値を鼻で笑うレベルであり、球技大会や陸上競技大会で出場した種目では常に優勝。近接格闘の訓練でも特に身体の使い方が上手く、弟妹達と比較すると彼だけ動きが全く違う(次点でウリエルである)。
身体を動かす事だけではなく、勉学の分野でも常に成績トップ。貴族学校の期末テストで1位は当たり前、何なら飛び級の話も出ている。
確かに魔術の才能には恵まれなかったし、それを理由とした嫌がらせやいじめもあったようだが……そういった外部からの干渉を全て物理で、そして結果を叩きつけて黙らせてきた男。それがラファエル・ミカエロヴィッチ・リガロフである。
それでいて努力家なのだから本当に恐ろしいものだ。
「だから自信を持ちなさい」
「はい、父上」
先ほど、ラフィーは勉強でも成績トップが当たり前と述べた。
今の彼にとって一番は当たり前―――そんな当たり前の事でも、しかし結果を残したのだから必ず褒めるようにしている。
優秀な子を育てるうえで一番やってはいけないのは、【その程度当たり前だと褒めない事】、そして【どんどんハードルを上げて追い込んでいく事】である。これをやってしまうと子供の自尊心を損なってしまうし、精神的にも追い込んでしまい大事なところで再起不能になってしまう恐れがあるからだ。
実際、優秀な子ほど親からこういう扱いを受けてしまい壊れてしまっている。
もちろんやり過ぎると子供の増長を招くのでさじ加減は大事だけども。
もう一度、とコンソールを操作して二度目のチャレンジを試みるラフィー。
次の世代を担う子供たちは、今日も着実に育っている。
武器を手に一礼するラフィーとウリエルの2人に、深々と頭を下げた。
鍛錬は重要だが、同じくらい礼節も大事である。卑劣な侵略者にそれは不要だが、しかし誇りを持って挑んでくる正々堂々とした相手には最大限の敬意を以て挑むべきだ。
それはお互いが親子の関係であっても、決して変わらない。
「―――始め!」
セルゲイの大声が響くなり、ウリエルとラフィーが同時に動いた。
互いに左右へと駆け出し、挟撃する素振りを見せてきたのである。
柄を縮めた状態の剣槍(※柄は伸縮式で、縮めた状態だと大剣になる)を手にしたまま、我が子がどう攻めてくるのかと心を弾ませる。まだ7歳と6歳だというのに事前の打ち合わせもナシ、短いアイコンタクトだけで連携を取って攻めてくるのだから本当に将来が楽しみになる。
おかげでミカエル君はニッコニコだ。
早くも満足しながら左手のバックラーを振るい、床を蹴る勢いを乗せて突っ込んできたラフィーのレイピアによる刺突を打ち払う。
それに時間差をつけて跳躍、空中で縦回転し勢いをつけたウリエルの苗刀の一撃も大剣で受け止め弾き飛ばし、後方へとジャンプして距離を取る。
同時に突っ込んでこなかったのは、万一俺に回避された場合に同士討ちになるのを防ぐ意味合いもあったのだろう。波状攻撃とする事で相手に素早い対応を強いる心理的効果を狙った……というのはちょっと考えすぎか。
優秀とはいえまだ子供だ。さすがに相手を精神的に揺さぶったりといった心理戦までは頭が回らないらしい。
大人と子供の明確な違いはここだろう。子供は体力と身体能力でゴリ押ししてくるが、大人は相手の手を読んだり揺さぶりをかけたりといった心理戦も挑んでくる。長年の人生経験が、周囲のあらゆるものを武器へと変えるのだ。
「……」
刺突をパリィしたバックラー、それを持つ左手にびりびりと痺れるような手応えが残る。
もう一度述べるが、ラフィーはまだ現時点で7歳である。
しかし母親たるクラリスの遺伝なのだろう、その身体は恐ろしいほど頑丈で力も強く、今の時点でその握力はゴリラ並みだ(断じて悪口ではない)。
そんな馬鹿力を動員して刺突を繰り出してくるのだから、ただの子供の攻撃だから、と甘く見ていては手痛い反撃を喰らう事になる。
だからこっちもそれなりに本気で防いでいるのだが、しかし……。
―――パリィの上からこの衝撃、か。
大人になったらいったいどんな破壊力になるのやら、と期待に胸が膨らむ。
突っ込んでくるラフィーの姿と、母であるクラリスの姿が一瞬だけ重なる。
そういうところはママに似たのか、と嬉しくなる一方で、こうまで分かりやすく正面から突っ込んでくるラフィーの選択に違和感を覚えた。
ウリエルの姿も見えない―――それだけで2人の手を看破するには十分だった。
ノールックで右手の剣槍を後方に付き出すと、ガァン、と苗刀とぶつかり合う硬質な音、それから驚いたようなウリエルの息遣いが返ってきた。
やっぱりそうだ。
真っ向からラフィーが分かりやすく突っ込んで、その隙に後方からウリエルが攻撃するという、長子を陽動とした奇襲攻撃。最も警戒されるであろう存在がラフィーである事をお互いに理解している上で、しっかりと連携が取れていなければ成功する事の無い攻撃だ。
そのまま右手一本でウリエルを押し返しつつ、射程距離まで入ってきたラフィーの刺突を全部紙一重で躱す。身体を捻り、半身にし、あるいは上半身を仰け反らせて攻撃の全てを回避。一瞬でもタイミングが狂えばあの切先に蓮根よろしく穴だらけにされてしまうだろうしちょっと怖いが、全部躱せるという自信はある。
ならば、とフェイントを交えて攻撃してくるラフィー。下段突きと見せかけ、フォークボールよろしく上段への急な軌道変更に一瞬焦る。さすがにこれは躱せずバックラーで打ち払ったが、しかし大きな隙を晒す事となった。
一旦距離を取っていたウリエルが、姿勢を低くしながら突っ込んできたのである。
遠心力を乗せた苗刀の一撃が、ラフィーの攻撃を弾いた事で無防備になった脇腹に迫り―――。
―――しかし、黒い剣槍に阻まれる。
何となくそうだろうな、とは思った。あのウリエルが、相手の隙をむざむざ指を咥えて見ている筈がない。必ず一気呵成に攻め込んでくるであろう、と。
そのまま角度を変えてウリエルの苗刀を滑らせ攻撃を受け流す。ギャギャギャ、と派手に火花が散り、今度はウリエルが隙を晒した。
続けてラフィーの攻撃を躱し、パリィしている内に、今度はセルゲイの「そこまで!」という声が聴こえてきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ今回もダメだったぁ……」
「為什麼我們一起攻擊卻無法命中……?(2人がかりで攻撃してるのに何で攻撃当たらないの……?)」
「フェイントを交えてきたのはびっくりしたが、2人とも攻撃が素直すぎる。もう少しバリエーションを増やして相手に常に選択を強いるんだ。でも連携は見事だった。いいセンスだ」
「「いい……センス……?」」
正直、アイコンタクトだけであそこまで連携取れるの凄いなって思った。俺だってクラリスや他の仲間とそのレベルの連携ができるようになったのは旅が終盤に差し掛かった辺りの事だ。
それをまだ10歳未満の子供がやっているのである。センスの塊、と評価していいだろう。
2人の頭を撫でていると、ポケットの中でスマホが振動を発した。
ん、とポケットからスマホを取り出してみると、画面には見知った電話暗号―――クラリスからだ。
「もしもし?」
《ご主人様、すぐ城に戻ってくださいまし。シャーロットの子が生まれそうですわ!》
「分かった、すぐ行く」
通話を終えるなり、子供たちとセルゲイを連れてすぐに城へと向かう。
新しい命の誕生―――父として、その瞬間に立ち会わなければならない。
おぎゃあ、おぎゃあ、と産声が聴こえてきたのは、医務室に到着してからすぐだった。
ガチャ、と医務室の扉が開き、中からいつもの修道服姿のシスター・イルゼが現れる。その顔には山場を乗り切ったような達成感が宿っているのが分かった。
「どうぞ、あなた。母子共に健康、元気な女の子ですよ」
息を呑み、医務室の中へと足を踏み入れた。
部屋の真ん中にあるベッドの上で寝かされているシャーロット。憔悴してこそいたものの、その顔には確かな達成感が宿っている。
生まれたんだな、と視線で訴えると、彼女は涙を滲ませながら首を縦に振った。
戦闘人形のナースが抱きかかえている赤子へと視線を向ける。羊水で濡れた身体で、まだ目は開いておらず、けれども自分の存在を証明するかのように必死に泣き叫ぶ小さな命。
ナースから新たに誕生した娘を受け取ると、目頭が熱くなるのを確かに感じた。
ああ、生まれてきたんだ―――清潔なタオル越しに感じる確かな体温は、何よりも雄弁に新たな命の存在を注げていた。
生まれてきてくれて、本当にありがとう。
1898年 9月1日 12:00
シャーロット、第一子出産。『サキエル』と命名
イベント『僕の母はアナコンダ』
・イベント発生場所
リュハンシク城、ラフィーの部屋
・イベント発生条件
1897年のうちに授業参観イベントを進める
・イベント対応キャラ
ミカエル
・イベント入手アイテム
くしゃくしゃの書きかけの作文
・アイテム解説
ラフィーの部屋のゴミ箱から発見された、くしゃくしゃの書きかけの作文。来週の授業参観で発表予定の自分の両親についての作文なのだろう。親としては非常に楽しみなのだが、ゴミ箱に捨てられていた失敗作と思われるそれは『僕の母はアナコンダ』という一節で終わっている。
なぜそうなったのかも理解できるが、一番なのはこれが世に出る事がなかった事だろう。ラフィーは公衆の面前で、いったい何をカミングアウトするつもりだったのか。思い当たる節しかないのが悔やまれる。




