最大の祝福を
アズラエル「ねえパパ!」
ミカエル「ん」
アズラエル「パパって 魔 法 少 女 な ん で し ょ ! ? 」
白目ミカエル君「」
アラエル「父上は自分が魔法少女である事を隠しながら悪の怪人と戦ってるんですよね!?」
アズラエル「ねえねえ変身見せて!」
白目ミカエル君「」
パヴェル「……有名人は大変だな」
デスミカエル君「 お 前 の ア ニ メ の せ い だ ろ う が よ い 」
ずっしりと何かがのしかかってくる重さと花のような香りが、意識を夢の中から現実へと引き戻す。
あと3分……いや1分でも起こされるのが遅ければ、きっとあの山のようなフルーツの山は俺のものだったのだろう。熟したマンゴーにバナナにパイナップル、大好物ばかりが積み上げられたフルーツタワー。叶うものならばあれを現実でも拝んでみたいものである。
さて、そんな文字通りの甘い夢を夢と切って捨てつつ、非情極まりない現実へと誘う存在に抗議の意思を抱きながら瞼を開けると、すぐそこにシャーロットの顔があった。
「」
「あ、起きた♪」
無論、前までのロリボディではない。
機械の肉体を選ばず、本来の生身の肉体のまま成長を続けていたらこんな姿になっていたかもしれない……そんな推測データを基にシャーロットが設計、それを生身のパーツに錬金術で置き換える形で現実のものとなった、大人の姿のシャーロット。
180㎝の長身にHカップのバストというソシャゲのキャラか何かなんじゃねーかと突っ込みたくなる豊満極まりないスタイルの美女。それだけでも視線を奪われてしまうというのに、そんな彼女がパジャマ姿で正面のボタンを外し、上着をはだけさせて人の上にのしかかってるとなれば嫌でも目が覚めるというものだ。
押し付けられ、柔らかそうに潰れる胸に一瞬視線を奪われる。
「あは、えっち♪」
「……おはよ」
「ん、おはよ♪」
研究所にいる時の彼女とはまた違う、年下の彼氏を揶揄う大人の余裕を滲ませた声音でそう返すなり、挨拶のついでに唇を奪っていくシャーロット。
でっかい大人のお姉さんに上から圧し掛かられていたので逃げられる筈もなく、なすがままにされてしまう。
隣で寝ていたクラリスがめっちゃこっちを見てた。
あ、終わった。
「みんな俺の事なんだと思ってるんですかね?」
訓練用の標的ドローンに5.56㎜弾を一通り叩き込んで撃墜。煙を吐き出しながら斜めに落ちていくドローンを尻目にベリルのマガジンを取り外してダンプポーチへ。マグポーチから引っ張り出したマガジンを装着、ハンドガード下から左腕を潜らせ、コッキングしやすいように大型化したコッキングレバーを引いて初弾を装填する。
パンパンパン、と単発で射撃、模擬弾入りのグロックで反撃してくるドローンを撃墜していると、ガギン、と硬質な音と共にベリルが沈黙してしまう。
やべ、と小さく呟きながらホルスターから引き抜いたグロック17Lで応戦。射撃してくるドローンを9×19㎜パラベラム弾で粉砕する。
こういう時、無理に弾詰まりの解消や再装填を強行するよりもメインアームからサイドアームに持ち替える方が素早く対応できる。転生前、FPSやってた時に先輩から教えてもらった事だが、やっぱり現実でもその通りだ。
攻撃してくるドローンを黙らせたところで遮蔽物の影に隠れ、コッキングレバーを引いてエジェクション・ポートに噛み込んでいた薬莢を排除。次弾が正常に薬室へ装填された事を確認して遮蔽物の影を飛び出す。
外に出るなりAK-12装備の戦闘人形が攻撃してきたので、磁力防壁で敵の銃弾を受け流しつつベリルのセミオート射撃でヘッドショットを叩き込んでやった。
《朝イチから搾られたのかお前》
「うん」
憐れむような声で言うパヴェルに短く返答しつつ、ハンドストップ付きのM-LOKハンドガードを左手で横から握る”Cクランプ・グリップ”という射撃姿勢で敵を撃つ。旅をしていた頃から多用していたスタイルはすっかり身体に染み込んでいて、どうすれば敵に当たるのか、というのをいちいち頭で考えなくとも身体が勝手にやってくれるレベルにまでなっている。
パパン、と短間隔での射撃で戦闘人形を黙らせつつ銃口に06式小銃擲弾(※自衛隊が採用しているライフルグレネード)を装着。アダプターを噛ませて89式のマズルを装着しているので、俺のベリルは06式小銃擲弾を無改造でそのまま装着し発射できるのである。
引き金を引いた。
薬室を飛び出した5.56㎜弾がライフルグレネードのトラップを強打。運動エネルギーを受け取るなり、発射された弾頭部が通路の先にある錆び付いたドアを派手に吹き飛ばした。
「しかもシャーロットとクラリス」
《1対2は草》
「ホムンクルス兵のスタミナなにあれ」
《性欲の塊みたいな女2人相手にした後よくもまあこんなトレーニングできるもんだ……お前も大概だよミカ》
煙を突き破ってドアの奥の広間へ。
床を踏み締めると同時に、建物の中に訓練終了を告げるブザーが鳴り響いた。
《お疲れさん、訓練終了だ》
「悪いなパヴェル、朝っぱらから付き合わせちゃって」
《気にすんな、仲間だろ》
やだ……カッコいいこの人。
マガジンを外し薬室から5.56㎜弾を排出。同じようにグロックからもマガジンを外してスライドを引き9×19㎜弾を排出、メインアームとサイドアームを無害化してから、広間の奥にある出口から外に出る。
先ほどまで俺がいたのはリュハンシク市の郊外にある旧市街地。そう、いつぞやのアズラエル誘拐未遂事件でエフィムとの戦いの舞台になったあそこである。
既に再開発の計画が立っているのだが、その範囲に含まれていない旧工業地区を自費で購入。パヴェルの協力も受けて改装し、大規模訓練場として使わせてもらっている。市街地戦から屋内でのCQB、長距離射撃の訓練まで幅広くやれるので、俺だけではなく仲間たちも訓練によく利用している場所だ。
《ところでこの訓練場さ》
「うん」
《前々から思ってたんだが、ダンジョンとして一般公開したら面白いんじゃね?》
「え、これを?」
《そうそう》
突然の提案だった。
いや、確かに個人製作のダンジョンを一般公開して参加費で収益を得ているケースも全く聞かない事はないが……。
複数の廃工場を改装してトレーニングコースとして使っているのだが、言われてみれば確かに日替わりでトラップも新しくなるし、武装したドローンや戦闘人形も徘徊しているのでそれなりの難易度もある。
一部を自分のトレーニング用として残し、他はダンジョンに改装して一般公開……アリかもしれない。
「んー……前向きに検討させてくれ」
《ん、了解した》
もしやるなら参加費は全て税収として政策費とか領民への手当てに回したいなぁ……自分の金ならあるし、お隣にでっかいATMあるし。
それにATMに関しては、姉上から『必要な時は依頼するが、それ以外は自分の判断でガンガン盗んでくれて構わない』とお墨付きを頂いているので、自分の資産とか予算不足の補填に有効活用させてもらおうと思っている。
今後、おそらくだがこういう”人工ダンジョン”の需要は高まるだろう。
現時点でのダンジョンとは、『旧人類の遺構』である。旧人類の研究施設とか軍事施設などの設備に魔物が入り込んだり、警備システムが動作しっぱなしで近づけない危険地帯の総称であり、それらは探索が進み危険度が十分に低下、あるいは内部にあるサルベージできそうなものが枯渇すれば指定を解除されて単なる遺跡に成り下がる。
今、世界中に点在しているダンジョンの総数はおよそ1万7千ヵ所。前年比ではおよそ8千ヵ所減、という凄まじいスピードで減少を続けており、加えて世界中で治安が回復傾向にある事もあって将来的に冒険者の仕事は減っていくであろうと見積もられている(そして相対的に傭兵のような仕事が増えていくであろうとも分析されている)。
一世を風靡した花形職業であるだけに人口は多く、ダンジョンや仕事が無くなれば多くの冒険者が路頭に迷う事になるだろう。
そんな彼らに一発逆転のチャンスを与える意味でも、こういう”人工ダンジョン”の準備は意味があるのかもしれない。
言われてみれば確かにそうだ。パヴェルの発案には先見の明がある。
彼らに活躍の舞台を遺す、という意味でも意味があるのだろう。
ダンジョンマスターになってみるのも、悪くないかもしれない。
マグカップにたっぷりと砂糖を入れ、その中に鍋で温めた投入を注ぐ。
スプーンでそっとかき混ぜて砂糖を溶かし、お皿の上に揚げパンを3つほど用意して、それらをテーブルまで運んだ。
”油条”というジョンファの揚げパンだ(全く同じものが中国にも存在する)。サクサクとしていて、それを甘い豆乳に浸けて食べるわけだが、これがまあ美味いのだ。中国では一般的な朝食らしい。
朝から嫁×2に搾られてへろへろだけどオークの肝は食べない。さすがに食傷気味だし、臭みを消すために香辛料をアホみたいに使う上に濃い目の味付けなので朝から食うのはキツいのだ。それに量も多い。
「いただきまーす」
「いただきまース」
ご飯を食べる前に手を合わせる俺の真似をして、小さな手を合わせてから油条に手を付けるウリエル。リーファはというと父親の真似をする愛娘をニコニコしながら見守りつつ、自分の分の油条をさっそく豆乳に浸けて口へと運んでいる。
サクサクした食感と豆乳のまろやかな味わい、それとちょっと多めの砂糖が生み出す甘みで脳が幸せになる。いいよね糖分。朝からこんなの食べてたら一日中幸せになりそうだ。
「父上、ご飯食べたラ鍛錬付き合ってくだサイ」
「ん、いいよ」
イントネーションに特徴のあるイライナ語で言うウリエル。愛娘からの申し出に二つ返事で了承を返しつつ、サクサクと油条を食べ進めていった。
公務で多忙な俺に代わり、ウリエルの面倒を見る事が多かったリーファ。義母のランファさんなんか育児にノリノリで、祖母と母親と娘、親子三代での会話にジョンファ語を多用した結果ウリエルはジョンファ語の方がイライナ語よりも得意という子に育ってしまっている。
それは良い。イライナ人とジョンファ人のハーフ、自身のルーツの2分の1は東の大国ジョンファにあるのだから間違ってはいないし、四千年の永い歴史を経て現代まで続く言葉を学ぶ事には大きな意味がある。
しかし他の兄妹はイライナ語で育っているので、兄妹間で意思の疎通が出来ないのはアカン……という事で、『父親といる時はイライナ語を使う』という家庭内のルールを設けている。まあ、俺も多少訛りはあるがジョンファ語は出来るので意思疎通に問題はない。問題はラファエルなどの他の子供たちとのやりとりだ。
遊ぶ時や勉強する時もお互いの言葉が分からず、身振り手振りで伝えたり、俺が通訳したりとカオスな事になっていた。家庭内で二ヶ国語を使うカオスな家庭、それがリガロフ家である(白目)。
「母上、しばらクお仕事ないデスか?」
「ン、無いヨ」
「じゃあ母上とモ稽古できル?」
「ん、気が済むまで付き合うから安心するネ」
にぱぁ、とウリエルの顔に笑みが咲いた。
母親がそうだからなのだろう、ウリエルの性格には裏表がない。人懐っこくて無邪気で元気いっぱい、絵に描いたような良い子だが鍛錬に関しては人一倍ストイックだ。他の子たちもそうだが、ウリエルも将来が楽しみである。
マグカップの中に残った豆乳を飲み干して、パチパチ弾ける糖分で脳味噌幸せになっていると、コンコン、と部屋をノックする音が聞こえてくる。
ノックの音で来訪者が誰なのか、何となく察しがつくようになった。
何事もよーく観察すると個人の癖が見えてきて、なかなか面白いものである。
それはさておき、この不慣れな感じの不規則な力加減はシャーロットのものだろう……扉の向こうから聴こえた足音も推定体重70㎏前後、彼女の身体的特徴とも合致するので来訪者の正体はシャーロットで間違いないだろう。
「どうぞ」
「失礼するよ」
やっぱりそうだ。
ジョンファ系の装飾や調度品が置かれたリーファの部屋にやってきたのは、やっぱりというかなんというか、大きめの白衣を身に纏ったシャーロット。オーバーサイズのそれのせいで萌え袖と化しており、彼女のトレードマークとなっている。
「ミカ、ちょっとキミに重大発表がある」
「?」
重大発表?
また何か変な発明品でも開発したんだろうか、と思いながらリーファと顔を見合わせていると、シャーロットはやけにニコニコしながらこっちにやってきて耳打ちする。
「―――ボク妊娠した♪」
頭の中が真っ白になった。
「……え、マ?」
「うん。さっきセルフで検査したらそうなってた♪」
ニコニコしながら言うシャーロット。
よく見ると、紅い瞳の周囲には涙の痕があった。
無理もない。彼女は以前から子供を欲しがっていたのだ。
一度は捨てた生身の肉体を取り戻し、そして今度は母親になる事を望んだ。数多の障害を持って生まれ、しかし全てを取り戻した彼女はついに、その身に小さな命を宿したのである。
だから、夫として彼女にかける言葉は決まっていた。
月並みではあるが、しかしそんな事は関係ない。
祝福の意思に安いも高いもないのだ。
「おめでとう、シャーロット!」
「うん……うん……!」
「ええト? どしたのミカ?」
「シャーロット、妊娠したって」
「エエ!?」
「母上?」
「やったヨうーちゃん! うーちゃんお姉さんなるヨ!」
「?」
「兄妹増えるヨ!」
「!?」
口の周りに豆乳をつけたまま、びっくりしたような顔でリーファとシャーロットを交互に見るウリエル。また1人兄妹が増える事に驚きと喜びを隠せないらしい。
ともあれ、おめでとうシャーロット。
じわりと涙を滲ませ始めた彼女と思い切り抱擁を交わしながら、妻を祝福する。
そして願った―――願わくば、彼女に宿った小さな命の将来に幸福が訪れんことを、と。




